何で死なないの?
服が破け、私の足からは血が流れて居た。
体の節々が痛い。それに、少し頭がぼーっとする。私の意識が飛びそうだった。サイレンの音が鳴り響く。
「通してくれ! 僕はそいつの夫だ!」
「ぜ、の……」
「大丈夫か! じゅんぺー! なにがあった!?」
ゼノが私の体を揺らす。
「トラックにひきずられ、て……」
「よく潰れてないなお前……。で、どうだ?」
「さいっこうです……」
先ほど、猫を追いかけていたらトラックにぶち当たった。
ものすごく痛い。服がタイヤに引っかかり数m引きずられて、トラックがやっと止まった。私は服を引きちぎり、血を垂らしながら立ち上がる。
私がトラックにひかれていた状況を見ていた女子小学生はぬいぐるみを地面に落としていた。
「あー、せっかくの服が台無しだよ。体は丈夫なほうだから骨とかは大丈夫だと思うけど……。この痛みと、破けた服でエロくなったことによる恥辱。たまんねぇーーーーーーー!」
「君は変わらないな……。ほら、救急車も来たから病院に向かうぞ」
「うっす」
私は自分の足で救急車に乗り込んだ。
救急隊員の人も、報告を受けてきた警察の人も、トラックを運転していた運転手の人もみんな驚いた顔で私を見ている。
なめんな。マゾヒストの私がトラックに轢かれたぐらいで死ぬと思うな(普通は死ぬ。もしくは自力で立てない)
私はそのまま病院に連れていかれて検査を受けた。
検査結果はねん挫と骨にひびが入っていた。動くと痛いと医師の人が言っていたので、とりあえず狂喜乱舞しそうになった心を抑え込んで、ギプスを足に巻いて帰宅する。
松葉づえなんて久しぶりだし、なんなら痛みを感じるためにダンシングしたいというのが本音だけど、ゼノにとっては早く治してほしいだろうからやめておく。
「君、あれで死なないのはなかなかの奇跡だよ」
「悪運だけは強いからねぇ」
私がそう言っていると、玄関のチャイムが鳴った。
松葉杖をつきながらモニターを見ると、妹が立っていた。
「おろ、どうしたの京……。ってか刑務所にいたんじゃないの?」
「仮釈放。模範囚だったからね……。それよりお姉ちゃんどうしたのその怪我……」
「つい数時間前にトラックに轢かれただけだが?」
「お姉ちゃん……。一度刺し殺そうとした私が言うのもなんだけどなんで死なないの?」
「マゾヒストだからさ……」
「それは理由になってないと思うが」
京はどうやら模範囚だったようで仮釈放となったらしい。
今は保護観察所とかに定期的に電話をして、社会で刑罰を受けていくのだとか。私との関係や、本人の再犯の意思がないことが伝わったらしい。
それで、挨拶に来たって言ってる。
「とりあえず家事とかできる? お姉ちゃん出来ないなら私やってあげようか?」
「いや……。なんかそれはちょっと」
「もう毒とか盛ったりしないよ……。さすがにもうしないって! 反省してるし、入れるとしてもプロテインだよ!」
「筋骨隆々にさせたいのかおどれは」
「筋肉って大事! ほら、お姉ちゃん私ムキムキになったよ!」
「お前刑務所でなに筋トレしてんだ」
「この筋肉で刑務作業してるときにたびたび物壊しちゃって。私の抑えられない力が暴走してるんだよね」
「漫画的表現で言うのもどうかと思うが……」
妹が刑務所に入って変わってしまった。
筋肉上昇志向になってしまったようだ。いいのか悪いのか。いや、もう殺意がないという時点ではいいことなのかもしれないけど。
「ほら、これなら料理に入れていいでしょ? プロテインココア味!」
「ココアが大体の料理の味ぶち壊しそうだけどなぁ」
それは料理に対しての殺人じゃないですか。
「というか京。まずはゼノに挨拶しなよ。私の夫に」
「あ、そうだね。すいません。改めて、和平 京です。元殺人未遂犯です」
「それを自己紹介にするのか? 僕にはそういう偏見はないが自分で言うのもどうかと思うが。まぁいい。僕は瀬野 和人。漫画家をしている」
「知ってます! 連載開始から読んでました!」
「ました、か」
「刑務所ではさすがに週刊誌が出ないので」
「……それはそうか。ならましたで合っているな」
こいつどこを目指してるんだよ。ギャグセンスが高すぎる。
「で、挨拶だけじゃないでしょ京」
「あ、わかっちゃった?」
京はこほんと咳払い。
「お姉ちゃん! 仕事の斡旋とか頼めない!?」
「やっぱそれか」
そういえばそういうこと言ってましたもんね。




