私の昔でも語ろうか ②
私は分厚い小説を手にして、席に座っていた。
海外の小説は面白いものばかりで、原文で読むと英語の勉強もできて一石二鳥。私は英和辞典を片手に翻訳しながら小説を読み進めていた。
昼休みが終わるころにはクラスメイトが続々と帰ってくる。
「ちっ、またぼこぼこにされたぜ……。あの女強すぎなんだよ女のくせに……」
「そりゃ蒼眼の死神に勝てるわけねえって。負けたことがねえって話だぜ?」
「あいつに並ぶくらい運動神経もいいやつがいれば戦わせんのによ……。おい、宇多田! なにぼーっとしてやがる! てめえそういうおどおどしたのがむかつくんだよ!」
と、クラス内の暴れん坊の真島という男の人があざを作って帰ってきて、大人しい宇多田という男をいじめていた。宇多田はいじめられっ子で、毎日つらそうにしている。
その後ろには金髪の不良少女が気怠そうに教室に入ってくる。喧嘩なんて馬鹿なことをする人がいたものだ。
喧嘩なんてろくなものじゃない。野蛮すぎる。
私は不良少年少女たちにあきれ果てていると、チャイムが鳴る。
次の時間は体育で、私たちは更衣室、男子は教室で着替える。ジャージを手に持ち、私たちは更衣室に向かうのだった。
更衣室でパッパッと着替えて、体育館に向かうと、体育の教師がすでに待ち構えている。
「今日はバスケをしよう! チーム決めは先生のほうでしたぞ! まずは女子チームからやろう! チームは先生で決める! じゃあ、市ノ瀬、和平! 前に来なさい!」
不良少女と私が前に呼ばれる。
「この二人はこの学年の運動神経トップツーだ! この二人を軸にチームを作ったぞ!」
「トップツー……あいつだな」
放課後になり、私は帰ろうとすると、いじめっ子の真島が私の前をふさぐ。
「てめえ、ちょっと面貸せよ」
「嫌ですけど」
「拒否権はねえんだよ! こい!」
と、真島は私の制服をがしっと力強くつかむ。
引きはがそうと力を籠めるが、やはり男性には力でかなわず、私はそのままついていくことにした。
暴力を振るわれるぐらいならついていって従順にしていたほうがまだ怪我がなくて済むだろう。
「てめえ、市ノ瀬と喧嘩しろ」
「は? なんで私が喧嘩なんて……」
「お前が運動神経いいからだ。恨むんなら自分の才能を恨みやがれ」
「嫌です」
「拒否権はねえって言っただろうが! てめえが喧嘩しねえと……てめえも宇多田同様にいじめてやるぜ?」
「…………」
いじめられるのは、嫌だ。
真島は暴力でクラスを掌握している。真島に逆らったらいじめられるのだとクラスの誰もが理解している。
宇多田が標的となっていて、私はそれも助けずに見て見ぬふりをしていた。私に災難が巻き込むのはごめんだから。
でも、断ったら私が標的にされる。なら……一回ぼこぼこにされたほうがまだ傷は浅くて済むだろう。合理的な選択を取る必要がある。
「わかりました」
「それでいい。てめえは従順でいいやつだな。気に入ったぜ」
「市ノ瀬さんはどこですか」
「こっちだ。呼び出してある」
というので、私は真島についていった。
真島についていった先に、市ノ瀬 花音が待ち構えている。
「真島! てめえ懲りねえなぁ! まだ私にぼこされに来たのかよ! 勝てねえっていい加減理解しやがれってんだボケ!」
「今回は俺じゃねえよ。俺はこいつに頼まれたんだ。俺がぼこされたのを知って私が出てくるって言ってきかねえんだ。こいつと喧嘩してくれよ」
「てめえは……和平か。おとなしそうなてめえが何で……」
「いいから始めましょう」
私は喧嘩したことない。構えも何もかもわからない。
が、とりあえずこぶしを構えると、目の前には市ノ瀬さんのこぶしが迫っていた。顔面にもろに当たり、鼻血が噴き出る。
「……よっわ」
「…………」
あれ、なんだろう。
痛い。痛くて苦しい。はずなのに……。なんか、ちょっと、ちょっと興奮している気がする。いや、殴られて興奮するなんて変態だ。
私は立ち上がり、殴りかかった。
「でやああああ!」
「運動神経はいいが……喧嘩に関しちゃてめえ素人だな。ほんとにお前が喧嘩しようって言ったのか?」
と、かわされて今度は足払いで転ばせられて、おなかにエルボー。
苦しい、息ができない……! でも、なんか、嬉しい。
「なん……で……」
消え入りそうな声で、私は自分を確認してみる。
手には血がついており、砂で切ったのであろう傷がたくさんついている。制服も泥で汚れている。私自身もたくさん傷ついて、痛くてとても苦しい。けど、不思議と辛くない。それどころか、欲しているような気がする。
「……もし、かし、て」
私はもしかして。
殴られて喜ぶ変態だったのだろうか。
「と、とどめを……」
「さしてほしいのか? わかったぜ。顔面の形がなくなるまでぼこぼこにしたらぁ!」
「そう……じゃない、けど……」
たくさん、市ノ瀬さんがぶん殴ってくる。
痛い、けど、気持ちいい……。ここまで来たら自覚しないといけないだろう。私は殴られて喜ぶ変態さんだってことを……。
「も、もっとください……」
「ならお望みどおりになぁ!」
私の意識はそこで途切れたのだった。




