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帝国海軍の猫大佐  作者: 鏡野ゆう
第六部 猫神様も国際交流

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第七十七話 不思議な夜の交流会 2

「人間の歓迎会とか宴会だと、酒とか食い物がでるじゃん? 猫の場合ってなにもないのかな。たとえば、狩りで捕まえた獲物を持ち寄るとかさ」


 野良猫だと、ネズミとかスズメとか持ち寄りそうだ。それはそれで怖いし、あまり想像したくない。


「そういう話は聞いたことないですけど、猫神様の場合だと、どうなんでしょうね」

「日本昔話的なシーンが見られるのかな。マタタビ酒的な」


 だが目の前の猫達を見る限り、一か所に猫がたくさんいるだけで、特に酒盛りはしていないように見える。なにをしているのか俺にはわからないが、ちょっと残念な気がした。


「でも、こんなに大きな規模の猫会議を見れて良かったです。ここは基地内だし、猫さん達が車にひかれる心配もありませんから」

横須賀(よこすか)の時より多いのはすごいよな。やっぱりお客さんが来たからかな」

「そうかもしれないですね」


 そのまま見ていると、あの仙人猫が集団の真ん中に移動する。そして、ひときわ大きな声でニャーンと鳴いた。するとその場にいた猫達がいっせいに声をあげる。


「大合唱ですね」

「めちゃくちゃ騒がしいな。そういやお客の(ふね)が入港してきた時も、艦橋であんな感じの大合唱してた。ここが住宅地と離れた場所で良かったな。そうじゃなかったら、近所からクレームきまくりだ」


 その大合唱は十分ぐらい続いた。やがてそれが終わると、人影がどこからともなく現われた。その人影は、猫達の間に皿のようなものを置いていく。そしてその皿に、後から現われた人影が液体のようにものを注いでいる。


「まさかのマタタビ酒?」

「ここからだとよく見えませんけど、ミルクではなさそうですねえ。双眼鏡をもってこれば良かったな」


 それを猫達が飲み始めた。まさに宴会だ。猫達はしばらく皿に顔を突っ込んでいたが、やがて飲み終えると次々とその場を離れていく。へろへろになっていないところを見ると、マタタビ酒ではなさそうだ。そしてその場にいるのは、猫神と思われる猫達だけになった。


「まさかの二次会突入の可能性ありなのか?」


 再び人影が現われた。最初に出された皿を回収し、次に猫神達の前に新しい皿を置く。


「まじで二次会か」

波多野(はたの)さん、もしかしてあの人達って、お世話係さん達では? 相波(あいば)大尉の姿は見えませんけど」

「あー、それでぼんやりして見えるのか。外灯のせいだと思ってた」


 人影が(にじ)んでいるように見えたのは気のせいではなく、あの人達が人ではなく幽霊だったからのようだ。


「いろいろとやることがあるんですね」

「ま、お世話係だもんな」


 注がれたものを猫神達が飲み始めた。するとしばらくして、猫神達がにゃーにゃ―と騒ぎ始める。


「……なあ比良(ひら)。あれ、まさかと思うけど、まじでマタタビ酒じゃないのか?」

「たしかに。猫神様達、酔っぱらってるみたいに騒いでるし」

「へえ……猫神は酒を飲んでもOKなのか」

「神様ですからねー」


 ながめていると、さらに別の人影が現われた。さっきの人影とは服装が違うように見える。その人影は皿に再び液体を注いでいた。


「もしかしてあれ、お客さんのほうのお世話係なんじゃ? さっきとは服装が違うし」

「なるほど。ってことは、返礼の飲み物ってことですかね」

「マジで宴会なのか、あれ」


 しばらく見ていたが、どうやら当分あの騒ぎは終わりそうにない。さて、どうしたものか。


「あの、航海長、もう帰りませんか? あれ、下手したら夜明けまでやってそうだし」

「ん? もう良いのか? 見たかったんだろ?」

「見たがっていたのは比良のほうですよ。だってあれ、俺達は参加できないんでしょ? だったらもう帰って寝ます。明日も早いし」

「比良、猫会議は堪能したか?」

「はい! 参加できなくても、たくさん猫さんを見られただけでも幸せです!」

「だったら解散するか。もうこんな時間だしな」


 腕時計を見ながら山部(やまべ)一尉が言った。気がつけば日付が変わろうとしていた。


「副長、自分は車で来ているので送りますよ」

「助かる。お前達は自転車だったな。気をつけて帰れよ? 中島(なかじま)、お前もな」

「はい!」

栗原(くりはら)三佐、一緒に乗って帰りますか? たしか副長と同じ棟ですよね?」

「それはありがたい、助かる」


 それぞれ帰宅の算段をつけ、ここで解散することになった。幹部三人は駐車場へ、俺達は駐輪場へと向かう。


「先に風呂に入っておいて良かったな」

「それ言えてますね」

「中島は?」

「俺は明日は休みだから」

「おお、それはうらやましい。ゆっくり休めよな」


 中島は俺達に「じゃあ」と言って自転車に乗って走り去った。


「さて、じゃあ俺達も安全運転で帰ろう。帰りも俺が先頭でOK?」

「それでお願いします」

「了解した」


 ゲートまで自転車を押していく途中、後ろから俺達を呼ぶ声がする。ん?と立ち止まって振り返った。


『波多野さーん、まってー!』

『比良さーん、まってー!』

『待って待って――!!』


 走ってきたのは候補生達だ。俺達のそばまでやってくると、そのまま頭と肩の上に飛び乗った。


「おいおい、お前達、歓迎会は良いのか?」


『夜は危ないですから!』

『僕達の任務は、波多野さんと比良さんの護衛なので!』

『一緒に帰りますー!!』


「そうなのか。任務ご苦労さん」


『はーい!』

『帰りましょー!』

『出発――!』


 俺達は候補生達の号令に従いゲートを出た。そして自転車にまたがる。


「比良、顔がにやけてるぞ」

「え、だって今夜は候補生さん達はいないと思っていたので」

「忘れられてなくて良かったな」


 俺がそう言うと、比良はうれしそうにニヤついた。自転車で走りながらいくつか疑問が頭に浮かんだので、無駄かもしれないと思いつつ、候補生達に質問してみることにする。


「ところでさ、さっき大佐達が飲んでいたのってなんだ? 酒? ただの水?」


『僕達は飲んでないからわからないですー』

『候補生は飲んじゃダメって言われました!』

『僕、お酒よりミルクが良いですー!』


 一匹がミルクのことを口にしたせいで、他の二匹も騒ぎだした。


「おいおい、耳元で騒ぐなって。気が散って危ないから」


『ミルク――!!』

『ミルクが飲みたいです――!』

『比良さん、ミルクありますかー?』

『波多野さん、ミルクある――?』


「どっちにもあるから心配するなって」


 帰ったら牛乳の催促でやかましくなりそうだ。やれやれ、今夜は静かにすごせると思ったのに。そんなことをぼやきながら、来た道と同じ道を走る。ブロック塀には行きと同じように、野良猫達の姿があった。すれ違いざま、候補生達がニャーンと鳴くと、それに応えるように野良猫が鳴き、またブロック塀の向こうへと姿を消していく。


「あいさつか?」


『そうでーす!』

『あと、お礼もしてまーす!』

『こんばんはー、ありがとー、でーす!』


 こんばんははともかく、ありがとうとは一体どういうことなんだ?と首をかしげた。


「お礼って?」


『夜は危ないので見守りをするです!』

『波多野さんと比良さんは人間なので!』

『人間には勝てないのがいるので!』


「ちょっと待った!」


 信号のない交差点で急ブレーキをかける。後ろの比良もあわててブレーキをかけた。


「波多野さん、いきなりブレーキをかけたら危ないですよ。ぶつかったらどうするんですか」

「それどころじゃないって比良。今の聞いたか?」

「今のってどの部分ですか?」

「人間には勝てないのがいるってとこ!」

「ああ、たしかにそう言いましたね。それってどういう意味?」


 比良は頭の上に乗っている候補生に質問をする。


『夜は危ないのがいっぱ出てくるです!』

『波多野さんも比良さんも、僕達が見えるから同じようにあっちからも見えるです!』

『見つかりやすいから遅い時間は危険です――!』

『『『だから僕達が護衛するんです~~!!』』』


 何気にとんでもないことを言っているのでは?


「待て待て。それってどういうことだよ。野良猫に挨拶するのと何の関係が?」


『野良猫さん達も見守り隊ですー!』

『僕達がいない時に、波多野さんと比良さんを見守ってましたー!』

『見守り隊いっぱ~い!』


 アパートから基地に向かっている時、たくさんの野良猫達を見かけたことを思い出した。


「つまり、野良猫達は俺達が走るルート上で警戒任務についてたってことなのか?」

『『『そうで――す!!』』』


 なんとまあと驚きながら自転車を再び走らせる。たんに地域猫がたくさんいるなと思っていたのだが、実はそうではなかったらしい。


「見えるのは俺達だけじゃないだろ? 他の(ふね)にいる隊員はどうなんだよ。あと、幹部は?」


『ちゃんと見守ってます――!』

『僕達は波多野さんと比良さんだけ――!』

『幹部さんは問題なし――!』


 どういう理屈かよくわからないが、艦長達も中島のような他の海士長達も心配ないらしい。それを聞いてとりあえず安心した。


「安心したら腹減った」


 普段は寝る前に間食するなんてことはしないのだが、こんな時間に自転車で走っているからだろう。


「なあ比良、コンビニに寄り道しないか?」

「いいですよ。あ、猫さん達の見守り隊は問題ないのかな」


『『『問題ないで――す!!』』』


 そう言って、候補生達は一斉ににゃーんと声をあげる。遠くで猫が鳴く声が聞こえたような気がした。


「今のがルート変更の合図かな」

「みたいですね」


 笑いながら次の角を曲がり、コンビニへと向かう。そこは基地の近くにあるコンビニとは別の、俺達が休みの時によく利用する店だ。


「腹が減ったと言っても、そこまでがっつり食べたいわけじゃないんだよなー……」

「どうせすぐに寝ちゃうんですし、プリンとかヨーグルトが良いんじゃないですか?」

「んー、そうだよなあ」


『波多野さん、生クリームいっぱいのシュークリーム食べたいです!』

『生クリームのロールケーキー?』

『鮭おにぎり~~!!』


 他の人間に見えないのをいいことに、候補生達も一緒に店内についてきた。そしてあれこれ自分達が食べられそうなものを催促する。


「生クリームとか鮭とか、部分的に食べたいだけだよな、お前達」


『あ、僕達のごはんありました!』

『カリカリじゃないやつー!』

『やわらかいのー!』


 最近のコンビニはペットフードも置かれている。そしてそれを見つけた候補生達が騒ぎ出した。よく見れば、比良のとこの冷蔵庫にあったものと同じやつだ。これが猫の餌であると認識しているということは、だ。


「おい、ひ~ら~?」

「え? たまには良いじゃないですか。僕達の護衛をしてくれているわけですし」


 ニコニコしながら、俺にウエットタイプの餌を手渡した。


「言っちゃあなんだけど、たまじゃないよな? そのうち大佐にバレてどやされるぞ?」

「黙っていれば問題ないですよ」

「そういう問題かよ……」

「良いじゃないですか。猫ちゃんとは仲良くが、海自のモットーなんですから」

「それ、なんか違うと思う」


 断じて違うと思うぞ、比良。

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