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帝国海軍の猫大佐  作者: 鏡野ゆう
第六部 猫神様も国際交流

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第七十三話 張り合うポイントが違う件

 艦橋に押しかけている猫神達は、誰かが艦から外に出るのを待ちかまえているらしい。藤原(ふじわら)三佐が外に出ようとすると、いっせいにそちらに顔を向ける。そしてさっきの白い猫神が、さっそく頭に飛び乗った。さらには別の猫神が、左肩に飛び乗る。だが三佐はまったく動じていない。


―― うわっ、微動だにしない。さすがリアルで猫を飼っているだけある ――


 きっと三佐は自宅でも、あんなふうなんだろうなと想像する。そして大友(おおとも)一佐が艦長席に落ち着くと、その膝に猫大佐が飛び乗った。珍しいこともあるもんだ。普段はあんなふうに、誰かの膝に乗ることなんてしないのに。


―― あ、もしかしたら、よその猫神が艦長の膝に乗ることを防ぐためとか? ――


 猫は意外と独占欲が強いというか嫉妬深いというか、そういう性格だと比良(ひら)が言っていたような気がする。


―― だけどここ、護衛艦の艦橋内だよなあ…… ――


 ついさっきまで、窓にかじりついてお客の(ふね)を見ていたのに、もう興味をなくしてしまったのか、猫神達は思い思いの場所でくつろいでいる。どう考えても今のここは、猫カフェだ。とても自衛艦の艦橋とは思えない。


―― なんで自分の艦に帰らないんだよ。なんでここでくつろいでるんだよ……仕事しろよ仕事!! 猫神は(ふね)を守ってなんぼなんだろ?! ――


 そんな俺の心の叫びが聞こえたのか、猫神達はいっせいにあくびをした。


―― まったく、これだから猫ってやつは…… ――


 それからしばらくして、一佐と三佐は俺達に艦橋を任せ、下へとおりていった。恐らくみむろにやってくる、総監部のお偉いさん達を出迎える準備をするのだろう。大佐は不機嫌そうな顔をしつつ、艦長席に陣どったままだ。


―― この状態の艦橋に偉い人が来るのかよ……大丈夫なのか? こんな猫カフェ状態で…… ――


 艦長の管理責任が問われるのでは?と心配になったが、考えてみたら猫神のほうが俺達より立場は上のはず。だとしたら、この状況は艦長責任ではなく、ある意味、上官命令に近いものなのかもしれない。どこから見ても猫カフェ状態だけど。


―― 我ながら笑っちゃう屁理屈(へりくつ)だよな…… ――


 心の中でそんなことを考えながら前を向く。


「あ……」


 正面に目を向けたところで、あっちの艦橋の乗員と目があった。別に盗み見をしていたわけじゃないが、あわてて目をそらす。


「こういう場合って、どうしたら良いんですかね、先輩」


 横にいた紀野(きの)三曹に声をかけた。


「どうって?」

「向かい合ってる艦橋の中の人と、目が合った場合ですよ。笑顔で手を振ったほうが良いんですかね?」

「特にリアクションは必要ないと思うぞ? 今はあっちも勤務時間なんだ、無視で良いだろ無視で」


 気のない返事が返ってくる。


「えー、そうなんですか?」

「だって面倒くさいじゃないか。演習をしているわけでもないし。あっちだってそんなこと期待してないと思うぞ?」

「友好とかそういうのも大切でしょ? 相手がどんな人達なのか、気になるじゃないですか」

「そりゃまあな。でも俺が気になるのはそっちより、船体の(さび)だな」

「あー、俺もそれ思ってた」


 紀野先輩の言葉に、他の先輩達が反応する。その言葉に改めて停泊している戦艦に目を向けた。たしかにあっちこっちに(さび)が浮いている。それなりに古いタイプの(ふね)らしいので、そういう状態が普通なんだろうと思っていたが、先輩達はそこが気になるらしい。


「あれは一度きれいに(さび)を落として、ペンキを塗りなおさないとダメだと思うな。古い戦艦だからしかたないのかもしれないけど、あのままだとそのうち、上のほうとかボロボロになるぞ」

「全部を塗りなおしたら、見栄えもかなり良くなると思うけどな。作業してる時間がとれないのかねえ」

「今なら時間とりたい放題じゃ? 接岸してる間に作業しないかなあ。俺達と同じようにするのか、知りたいよな」

「しないと思うぞ? ここは自分の国じゃないしさ。そんなことしたら、我が国の沽券(こけん)にかかわる!とか言いそうじゃないか、あっちの人らって」


 「あ~~、あの国なら言いそうだよね~~」と一斉に声があがった。猫神が見えるせいでそっちばかりが気になっているが、本来なら護衛艦乗りとしては、そういうことが気になるのが普通だよな。


「……?」


 さっき目があった乗員の横に、灰色のフサフサした大きな猫がやってくるのが見えた。あちらの戦艦の猫神だ。


―― やっぱり、でっけー…… ――


 フサフサの猫神は、その乗員に頭を擦りつけた。乗員のほうもさりげなく撫でている。そしてその顔は何故かドヤ顔だ。


―― あ、もしかしてこっちに猫神がいないと思ってるのか? うちの猫神だって、なかなかなんだぞ。偉そうだけど ――


 さりげなく艦長席のほうへカニ歩きで移動すると、大佐を抱っこして窓際につれていく。


『何をするのだ、吾輩(わがはい)の昼寝の邪魔をするな』

「あっちがドヤ顔で猫神を見せつけてくるんだ。こっちだって受けて立たなきゃ、護衛艦乗りとしてはダメだろ」

『くだらん』


 大佐はため息をつくと、その場で香箱座(こうばこずわ)りをした。だが、こうやって見比べると大きさがまるで違う。その点だけで言えば、みむろは間違いなくあっちに負けている。それはあっちの乗員も同感だったのか、ドヤ顔のままだ。少し、いや、かなりムカついた。


「大きさで負けてるんだけどな。なあ、大佐は大きな猫に変身できないのか?」

『お前は吾輩(わがはい)をなんだと思っているのだ』

「神様なんだろ? そういうの得意そうじゃないか」


 俺がそう言うと、大佐は片目を開け俺を見た。その顔はあきらかに俺を馬鹿にしている。


「大きさで負けてるんだぞ? 大佐は悔しくないのかよ」

『戦艦の強さは大きさで決まるのか? そうではあるまい。猫神も同じことだ。人間の尺度で吾輩(わがはい)達を判断するな』

「あ、だったら」

『まったく。こちらの話を聞く耳もないのか、馬鹿者め』


―― おーい、候補生、全員集合~~!! ――


 俺の呼びかけに三匹が飛んできた。


波多野(はたの)さん、僕たちを呼びましたかー?』

『なにかありましたかー?』

『もうミルクの時間――?』


 大佐が鼻を鳴らす。


『なにを考えているのだ、お前は』

「大きさで負けてるんだ。ここは数で押し切らないと」

『くだらん対抗心で吾輩(わがはい)の昼寝の邪魔をするな』


「お前達、ここで日光浴してろ」

『『『ミルクじゃないの――?』』』


 がっかりした声をあげながらも、日当たりの良い場所なので、三匹は思い思いの格好で落ち着いた。


―― どや~~、うちには候補生が三匹もいるんだ。つまりみむろには今、四匹の猫神様がいるんだぜ!! ――


 たぶんその時の俺は、相手に負けないぐらいのドヤ顔をしてみせたんだと思う。あっちがものすーく悔しそうな顔をしたのを見て、かなりスカッとした。


「よっしゃ、勝った!」

「なにが勝ったって? まさかジャンケンでもしてるんじゃないだろな?」

「してませんよ、そんなこと。先輩の空耳です」

「だと良いんだけどな~~」


 ちなみに数の問題で言うなら、あっちこっちにゴロゴロしている猫神達をここに集めれば無敵状態だ。


―― ま、そこまでして相手をオーバーキルすることもないよな。あっちが変な勝負を挑んでこない限りは ――


 相手を負かして気分が良かったので、ここまでにしておくことにした。



+++



「で。猫神様はいましたか?」


 昼飯の時間になると、待ちかまえていた比良(ひら)に早々につかまった。


「真っ先にその質問かよ、比良」

「当然ですよ。で、どうでした?」

「いたいた。あっちの(ふね)の艦橋に、偉そうに居座ってた」

「どんな猫でした?」


 トレーを持って並んでいる間も、比良の質問は終わらない。


「めっちゃでかいやつ。灰色っぽい毛のモフモフしたやつだったな。あれはなんていう猫なんだろうな?」


 俺の言葉に首をかしげて考える。


長毛(ちょうもう)で大きいなら、メインクーンかラグドールですかね。あ、でもあちらは寒い国だから、ノルウェージャンフォレストキャットの可能性もありかも」


 どうして比良は、舌も噛まずにそんな長ったらしい名前を言えるのか、不思議でならない。


「どの名前を聞いても俺にはピンとこないけど、比良なら見たら分かるんじゃね?」

「艦橋に行く時間が楽しみです。俺が行く時間もちゃんといてくれれば良いけど」

「そこは大丈夫だと思うけどな」

「でもここは外国の港ですし、大佐と相波(あいば)大尉みたいに、艦内パトロールの可能性もありでしょ?」

「そりゃまあ?」


 うなづきながらトレーにフルーツと牛乳をとった。まあ今の艦橋の状態だと、お客の猫神が見れなくても問題ないと思う。もしかしたら比良の場合、猫カフェ状態の艦橋のせいで、それどころじゃなくなるかもしれない。


「なにをニヤニヤしてるんですか、波多野さん」

「え? 猫神も国際交流するのかなとかさ。夜中に下で猫会議とか猫宴会とかあるのかなとか、そんなこと考えてた」


 とたんに比良の顔がにやけた。


「おい比良、顔が大変なことになってる。これはあくまでも俺の想像なんだからな。確定情報じゃないぞ?」

「わかってますよ。ただ、想像したら顔がにやけただけです。早く時間にならないかなあ」

「比良、顔、顔。顔を元に戻せって」


 俺が注意すると顔を引き締める。


「ちなみに何時ごろに艦橋に上がってこれそうなんだ?」

「俺は三時の予定です」

「そっか。じゃあ、比良が来るの、上で待ってるよ」


 そう言ってからいつもの席に座ると、いただきますをしてから食事を始めた。


「あ、猫神様に牛乳の差し入れとか、しなくて良いんですかね? お近づきの印に」

「そういうのは猫神同士でやるんじゃ? それか幹部同士でとか。俺達が口をはさむと大佐にしばかれるかも」

「まあ、たしかにそうですね。それにお世話係の大尉もいますし、俺達があれこれ言わないほうが良いのかな」


 比良は納得すると食べ始める。半分ほど食べてから、トレーを見下ろしながら考えた。猫神のことはともかくとして、あっちではどんな食事が出るんだろう。俺的には(さび)よりもそっちのほうが気になった。


「あっちの(ふね)でも今は食事時間だよな。どんなものを食べてるんだろうな、あっちの人達って」

「こっちと同じようなものと考えると、あっちの国でよく食べているものなんでしょうね。どんな料理か、いまいちピンときませんけど」

「だよなあ」


 今回のお客の国での食事。言われてパッと浮かぶものは、それこそ一つか二つぐらいだ。あと強烈な酒とか。


「意外と知ってるようで知らないよな、あの国のことって」

「俺達にとっては近くて遠い国ですね。帰ったら調べてみないと」


 近くて遠い国。まさにその言葉通りだ。

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