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帝国海軍の猫大佐  作者: 鏡野ゆう
第六部 猫神様も国際交流

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第七十二話 ギャラリーは人間だけではない

「結局は皆、見たいってことなんだろうな、あっちの(ふね)を」

「おかげで艦橋が大混雑ですよ。いっそのこと見せてくれって、あっちに頼めば良いのに」


 俺と紀野(きの)先輩はそんなことを話しながら、艦橋へと続く階段を上がった。


「おわっ?!」


 そして艦橋の中が見える場所まで上がった時、目の前にとんでもない光景が広がっていたので、思わず動きを止めた。動きが急だったせいか、後から上がってきた先輩が俺に衝突する。そしてその先輩に、さらに後ろにいた先輩が衝突した。


「おい波多野(はたの)、いきなり止まるな。玉突き事故が起きてるぞ? 後ろがつまっているんだから、さっさと前に進め。艦長にケツを向けたまま立ち止まるな」

「あ、すみません!」


 最後尾にいる藤原(ふじわら)三佐の声がしたので、あわてて階段を上りきった。


―― これ、比良(ひら)が見たら、ニヤニヤしながら気絶するんじゃ……? ――


 艦橋内は、ここは猫カフェか?!とツッコミを入れるほど、猫達があふれかえっていた。もちろんただの猫ではなく、この基地に所属している艦艇の猫神達だ。たまに見かけることはあったが、こんなふうに大集合しているのを見るのは初めてだった。


―― もしかして会議でもしてたのか? たしか猫って会議するんだよな? ――


 最後に上がってきたと大友(おおとも)一佐と三佐は、その様子に驚いた顔もせず、それぞれの定位置に落ち着く。


―― えー……まったく無反応ってどうなんだよ……やっぱり猫神の定例会議でよくあることなのか? ――


 一佐と三佐にとっては珍しくない光景なのか?と俺がモヤモヤしている前で、よその艦艇の猫神達は、それぞれ一佐と三佐に挨拶をし始めた。


『今日はしばらく、こちらにご厄介になるぞ』

『なにやら珍しい客人が来ると聞きましてな。吾輩(わがはい)らもサバトラ殿の許可を得て、見物させてもらいに来ましたぞ』


 なるほど。客人が気になるのは人間だけでなく、猫神達もらしい。ということは、もしかしたら艦内神社の神様達も、どこかで見物しているかもしれない。一佐と三佐は他の乗員達がいるせいか無反応だったが、猫神達はそんなことは気にせず、次々と挨拶をしていった。


―― 航海長が言っていた静粛(せいしゅく)にって、こっちのせいだったりしてな ――


 もっと猫神達を観察していたいが、今は勤務時間だ。双眼鏡を手にすると、猫達の邪魔にならない場所に立つ。下の甲板をのぞけば、単装砲(たんそうほう)の上に候補生達が陣取っていた。しかも、そこにいるのは三匹だけじゃない。


―― 小さいのがめっちゃいる…… ――


 どうやら候補生がいるのは、みむろだけではなかったようだ。小さな候補生達を気にしつつ、海上の先に双眼鏡を向けた。湾へと続く海路上に、二隻の艦影が見えた。


「艦長、お客さんの(ふね)ってあれでしょうか」


 二隻のうちの一隻は海保の巡視船だ。その巡視船に先導されている見慣れない艦影。どうやらあれがお客さんらしい。俺の言葉に真っ先に反応したのは、艦長ではなく猫神達だった。あっという間に窓辺に集まると、尻尾を立てて大合唱を始めた。


―― 皆さん、静粛(せいしゅく)に! 静粛(せいしゅく)に――!! ――


 興奮気味のニャーニャー大合唱に、思わずそう叫びそうになる。それでも一佐と三佐はどこ吹く風だ。大音量の大合唱なんてまるで聴こえていないかのように、涼しい顔をしている。さすが幹部。俺には真似(まね)できそうにない。


―― しかし比良(ひら)のやつ、この状態の艦橋に来たら、気絶どころか昇天するんじゃね? ――


 あいつが艦橋に上がってくるのは、昼飯を食べた後だ。きっと驚くだろうな。どんな反応をするか楽しみだ。そんなことを考えつつ、双眼鏡での監視を継続する。


「うっわー、めっちゃ重たそうな巡洋艦ですね。ここから見ても分かりますよ、対艦ミサイル、めっちゃ積んでるじゃないですか。まるでハリネズミみたいだ」


 監視任務を最大限に利用して、相手の(ふね)の観察をさせてもらう。


「昨今は対艦より対空が重視されがちだが、昔ながらの対艦装備を載せているのが、あの国の特徴だな。もちろん対空装備も、新しいものを搭載しているという話だが」

「まあ相手を威圧するには、見た目にもわかりやすい重装備のほうが、断然、効果がありますよね」


 一佐と三佐が楽しそうに話している。


「威圧する相手って、もしかして俺達ですか?」

「まあそうとも言うな。しかしだ。いかにも戦う(ふね)という感じはなかなか良いな」

「ですねえ。まさにあれは海軍ヲタのロマンの塊だと思いますよ」


 二人とも、今が勤務中だということをすっかり忘れているようだ。


「あの、あまりジロジロ見ないほうが良いんじゃないですか?」

「我々はジロジロなんて見てないぞ。なあ、藤原(ふじわら)?」

「ええ、軍艦なんて見ていません」


 まったく説得力がない。そうこうしているうちにタグボートがお客さんを迎えに出た。


「あれはあれで緊張するだろうなあ……」


 それはきっと、甲板に出ているあちらの乗員達にも言えることだろう。


―― あ…… ――


 双眼鏡を艦橋に向けると、そこには人だけではなくモフモフした大きな猫が見えた。なんというか、こちらの猫神とサイズが違う。


―― でっけー……国土がでかいと、猫神も大きいのか? それとも(ふね)が重装備になるほど、猫神も大きくなるのか? ――


 あちらの猫神が尻尾を振っているのが見える。それと同時に、艦橋内にいる猫神達が鳴き声をあげた。これは歓迎しているのか、それとも威嚇(いかく)しているのか。比良なら分かるんだろうが、猫歴が短い俺にはさっぱり分からない。


 俺達と猫神達が見守る中、タグボートに押されたその(ふね)は無事に接岸をした。(ふね)から投げられた(もやい)を、港で待機していた海自隊員が受け取りボラードに結びつける。しばらくして係留作業が完了した。


 停泊した(ふね)の前には、いつの間にか音楽隊と総監部の偉い人達が集まっていた。歓迎式典が行われるのだ。


「あー、あんなところに航海長が。艦長、当艦の航海長、山部(やまべ)一尉を発見」


 俺の指摘に、一佐と三佐が下をのぞき込む。一尉は歓迎式典の一団とは少し離れた場所、無関係者とは言わないが、歓迎式典の一員ではないという、絶妙な場所に立っていた。俺達の視線に気がついたのか、こっちを見上げて軽く敬礼をする。


「なにをしてるんだ、あいつ。さっきまで半分寝ながら艦内を歩いてたのに」

「まあ気持ちは分らんでもないが」


 俺達がこそこそと見下ろしている間、滞りなく歓迎式典は行われた。


「あの(ふね)、他の港にも寄港するんですか?」

「いや。日本ではここだけだ。そのせいで、こっちの総監部は問い合わせが殺到して大変らしい」

「テレビの取材ってことですか?」


 今も、取材をしているらしいカメラを担いだ人間が見える。恐らく地元のテレビ局だ。


「いや。どちらかというと各総監部からだな。見たいのはどこも同じってことだ」


 一佐がおかしそうに笑った。


「まさか押しかけてくるってことはないですよね?」

「さて、どうだろうな。今のところ、そんな話は聞いていないが」


 うちの乗員と基地所属艦艇の幹部、さらに総監部のお偉い人達。それだけでも大変なのに、さらに訪問者が増えるとか考えたくもない。まてよ? それって人間だけですむ話なのか? 下手したら全国の護衛艦の猫神達が、ここに押しかけてくる可能性もなきにしもあらず?


―― それはそれで比良が喜びそうだけど、カオスだよなあ……今の状態でも十分にカオスだけど ――


 今の艦橋だって、見える人間からしたら十分に、猫カフェ状態なのだ。そのへんのことはあとで、お世話係の相波(あいば)大尉にそれとなく確認しておこう。そんなことを考えつつ、双眼鏡を持ったまま艦橋の横から外に出る。


「!!」


 後ろからいきなり、なにかが頭の上に飛んできた。


『おお、ここはまた良きながめ。良きかな良きかな』


 チラリと視線だけを上に向けると、なにやら白いフサフサしたものがフラフラと動き、それが顔の前に移動して鼻をくすぐる。


「へーーっくしょい!!」


 鼻がムズムズして特大のクシャミが出た。完全にノーガードだったため、周囲に俺のクシャミが響き渡る。下にいた人達がこっちを見上げた。


「うっわ、はずかしっ」

「「「波~多~野~~」」」


 艦橋の先輩達もだが、きっと下の人達からも、空気の読めない隊員と思われたに違いない。クシャミが出たのは俺のせいじゃないのに。さりげなく、目の前でヒラヒラしている尻尾を横に払った。だが、尻尾はすぐに目の前に戻ってくる。


「猫神のくせに、船乗りの仕事の邪魔をするって一体どういうつもりだよ……」


 ブツブツいいながら双眼鏡をかまえる。だが片方の視界は、完全に尻尾でふさがれていた。


「すっげー邪魔なんですけど!」


 双眼鏡の片目をふさいでいる尻尾を払う。大佐の尻尾と違ってかなりの質量だ。しかも移動する気配がまったくない。俺がここに立っている間、ずっと頭の上に居座るつもりなのか?


―― まったくもー……猫神ってのは、俺達の邪魔をするのも仕事なのか? ――


 心の中で愚痴りながら湾内を見渡す。客人の(ふね)をエスコートした海保の巡視船は、つかずはなれずの距離を保ったまま沖で停泊している。どうやらあちらは客人が出港するまで、その場所で警備体制にはいるようだ。


「さて、東西南北、前後左右、異常なし!」


 声をあげながら指さし確認をし終えると艦橋に戻る。


『なんじゃ、もう終わりか。つまらんのう。もっと外におれば良かろうに』

『そこもとが乗っているせいだと思いますぞ?』

『なんと。吾輩(わがはい)のせいだと申すか』

『それ以外の理由がありますかな?』

『それはすまんかったの、お若いの』


 フサフサの主はそう言うと、足元に飛びおりる。真っ白で毛の長い猫だ。比良だったらきっと、なんという品種の猫か分かるんだろうが、俺にはまったく分からなかった。だがその長い毛と口調のせいで、なんとなく仙人のような雰囲気をかもしだしている。


―― 見た目は大佐よりもずっと神様っぽいな、この猫神。やってることは候補生達と同じだけど ――


 ちらりと大佐のほうに視線を向ける。艦長席前の窓のところで、こっちに尻を向けて香箱座(こうばこずわ)りをしている。普段なら、候補生達が同じことをすれば口うるさく指導する大佐なのに、今日は珍しく静かだ。静かというか、あえてこっちを見ていないというか。たまに耳がこっちを向くので、まったくの無視というわけでもないようなんだが。


―― あー……もしかしてこっちの猫神達は、大佐より年季がはいった猫神なのかな。さすがに年上の神様には大佐も頭があがらないのか…… ――


 普段は俺や比良を相手に傍若無人(ぼうじゃくぶじん)にふるまっている大佐にも、同じ猫神に対しては、それなりに年功序列(ねんこうじょれつ)意識があるのかもしれない。

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