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帝国海軍の猫大佐  作者: 鏡野ゆう
第五部 招かざるモノ

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第七十話 ちょっと大きくなりました

 気がつけば出港して一ヶ月が経とうとしていた。


 その間に某国から発射されたミサイルは2発。2発目とも最初と同じで、普段とは違う方角に飛んでいった。下っ端の俺達の間では、とうとうヘタレたのか?ともっぱらの噂だったが、こっちの展開状況を見てヘタレてくれるなら、それに越したことはないなと、艦長達は言っている。まあとにかく、静かにしていてほしいというのが、俺達の本音だ。


「けっこう動いてないようで動いてるよな、俺達。……?」


 その日、海図に今日までのみむろの航路を書き記していると、候補生達がやってきた。


『つまんないですー!』

『カモメさんたちいなくなったー!』

波多野(はたの)さんあそんで――!』


 そう言いながら、三匹は猫じゃらしを俺の前に置いた。あの黒い物体も消えてしまったし、偵察をしているカモメ達も最近は立ち寄らない。遊び相手がおらず、退屈しきっているようだ。だからといって、勤務中の俺のところに来るなって話なんだが。


「誰か休憩中の幹部はいないのか? 俺は仕事中なんだけどな」


 だが、そんなことであきらめる三匹ではない。


『あそんでくださーい!』

『あそんでーー!』

『あーそーんーで――!!』


「お前達、いくらそっち系の危機が去ったとは言え、緊張感なさすぎだぞ?」


『あーそーんーでー!』

『あそんでーー!』

『あそぼ――!!』


 大合唱しながら、海図の上でクネクネと体をくねらせる。比良(ひら)によると、飼い主が新聞紙をひろげると、猫は必ず上に乗って読むのを邪魔するらしい。まさに俺は今、地図を見るのを三匹に邪魔されている。


「だからー……仕事してない幹部のところに行けよ。今なら誰かいるだろ」


『みんな寝てますー!』

『起きてくれないー!』

『毛布から出てこない――!』


「仕事してない人間にとって、今は夜時間だもんなあ……」


 俺でも絶対に起きないからな。当然と言えば当然だ。不満げな鳴き声をあげながら、三人は海図の上でじゃれ合い始める。


「なあ、非常に邪魔なんだが」


 俺のボヤキは無視された。そんな三匹をながめていると、あることに気がついた。


「……お前達、ちょっと大きくなったか?」


 前にここで転がっていた時は、もっと地図が見えていた気がする。


『ちょっと大きくなりました!』

『いっぱい黒いの捕まえたから!』

『大尉が成長したって言ってましたー!』


「やっぱり」


 目の錯覚でも記憶違いでもなく、候補生達は間違いなく大きくなったのだ。


「ってことは、独り立ちする日も近いってわけだな」


 俺がそう言うと、三匹はピタッと動きを止めて俺を見る。


『イヤですー!』

『ぼくもイヤー!』

『ずっとここにいます――!』


「それはダメだろ。お前達は候補生なんだから、最終目的は立派な猫神になることだろ?」


『いーやー!』

『ミルクのめなくなるのイヤー!』

『ミルクないなら他の船にいきたくない――!』


「そこなのかよ……」


『お前達が甘やかすからだ』


 大佐が壁の向こうから出てきて地図の上に乗る。三匹が四匹になり、ますます地図が見えにくい状態になった。


「俺の仕事の邪魔なんだけどな……」

『本来ならもう少し早く大人になるはずなのに、こやつらはまったく成長をしていない。これは意図的に成長を止めているとしか思えん。そしてその原因は波多野、お前達だ』


 俺のもんくを無視して大佐の小言(こごと)が始まった。


「えー、俺達のせいかよー……牛乳は護衛をしてもらったお礼だし、神様に対するお供えの意図もあるんだぞ?」

『それが甘やかしというのだ』


 大佐は体をのばし、前足で俺の鼻を猫パンチした。


「大佐だって牛乳は飲んでるじゃないか。こいつらがいなくなったら、大佐だって飲めなくなるんだぞ?」

吾輩(わがはい)は牛乳なんぞなくても一向に困らん。だいたい吾輩(わがはい)たちに食べもの飲みものは不要なのだ』


 さらに猫パンチが俺の鼻にヒットする。


「それと、こいつらがいなくなったら寂しくなるぞ」

『だからそれが間違っているというのだ。こやつらは猫神になるために、ここで修行しているのだ。家猫のまねごとをするためにいるのではない』


 そして三発目の猫パンチが炸裂(さくれつ)した。


「家猫のまねごとって……。そういう大佐だって、じゅうぶんに家猫っぽいことしてるけどな……」

『なにか言ったか!』


 大佐が前足をふりあげる。やばい、今度は爪が出ている。


「いいえー、なにも言ってないっすよー」


 艦橋にいる幹部、はっきり言えば艦長と航海長なんだが、さっきから前を向いたまま微動だにしない。だが肩が小刻みに震えているのが丸わかりだ。


―― まったく。部下が困ってたら助けるとかしないか、普通。ま、その薄情さもいまさらだけどさ ――


 猫パンチと遊んで攻撃をうけながら、この三匹がいなくなったら寂しいだろうなとは思った。もちろん俺と比良(ひら)だけではなく、他の幹部達や猫大佐、お世話係の相波(あいば)大尉も含まれる。



+++++



「二ヶ月ぶりの陸地だぁぁぁぁ」


 さらにそれから二週間後。みむろは母港に帰港した。本来なら三か月程度の展開になる予定だったのだが、れいの黒い(かたまり)と遭遇した乗員達の心理的負担のこともあり、任務交代の時期が繰り上がったのだ。今あの海域では、別の護衛艦と巡視船が展開している。


「揺れてない地面、最高~~!」

「地面が硬い~~!」


 そんなわけで俺達は、久し振りに大地に立っている。実のところまだ勤務中で自宅には戻れない。十分ほど地面の感触を楽しんで、再び艦内に戻らなくてはならないのだ。今こうやって外に出てこられたのは、艦長の優しさ、大佐いわく甘やかしだった。


「そう言えば、副長が言ってましたよ。伝説の二ヶ月まであと三日足りなかったって」


 同じように地面を楽しんでいた比良が教えてくれた。


「あと三日で記録更新だったのか」

「記録が破れなくて、残念がっている幹部もいたとか」

「まあ気持ちはわからないでもないな。早く戻れて嬉しいけど」


 もしかしたら黒い(かたまり)の件がなかったら、記録を更新していたかもしれないなと思った。


「さてと、とりあえず仕事に戻るかー」

「ですねー」


 まだ十分経っていなかったが、順番待ちをしている先輩達と早めに交替しようと桟橋に向かう。そんな俺達の背後で、犬の吠える声が響き渡った。ふりかえると、茶色い(かたまり)が俺めがけて突進してくる。


「?!」


 まさか黒いヤツの仲間か?!と身がまえたのと同時に、その(かたまり)が勢いよくぶつかってきて、その場でひっくり返った。


「このパターン、もう何度目だ?」


 ベロンベロンと顔をなめられながら空を見あげる。


「まったくゴロー!! 波多野さんのこととなると、本当にみさかいがなくなるんだから!! 警備犬として失格だよ?!」


 走ってくる足音がして、壬生(みぶ)三曹の声がした。


「すみません、波多野さん!! こら! 離れなさい!!」


 三曹はかなり強くハーネスを引っ張ったが、ゴローは俺から離れようとしない。


「いやまあ、帰ったとたんにこれだけ歓迎されるのはうれしいので、お気になさらず」


 ベロベロされながら言った。


「気にしますよ! 警備犬としての資質が問われちゃいます!」

「だってさ、ゴロー。お前が良い子にしないと、壬生海曹もハンドラーとしての責任を問われちゃうんだぞ?」


 気がすんだのか俺の言葉を理解したのか、ゴローは俺の顔をなめるのをやめ、おとなしく離れるとその場でお座りをする。


「もー……私より波多野さんのほうが、ゴローのハンドラーとして優秀なのでは?」

「いやいや。俺は遊び相手としか見られてないですし。ゴローが賢いのは壬生海曹の教育の賜物(たまもの)ですよ。壬生海曹を困らせたらダメだって、ちゃんとわかってますし」

「だったら最初から、おとなしくしてくれれば良いのに……」


 三曹は「はぁぁぁぁ」と大きなため息をついた。その横でゴローは、しっぽをふりながら三曹のことを見あげている。


「みむろ、今日が帰港の日だったんですね。お疲れさまでした」

「ありがとうございます。まだ勤務時間が残っているので、自宅で一息つけるのはもう少し先なんですけどね」


 れいの黒い物体の話、どうやら三曹たちの耳には入っていないようだ。


「今はちょっとした休憩時間なんですが、ゴローに会えて良かったです。ああ、もちろん壬生海曹にもです!」

「急に走り出しちゃって、本当にあせりましたよ」

「実のところ、顔を忘れられて襲いかかってきたのかと、一瞬だけ思いました」


 本当のところは、黒いヤツの仲間が襲ってきたのかと思ったわけだが、そこは壬生海曹とゴローには秘密だ。


「思いっ切りタックルしちゃいましたからね。いまさらですけど大丈夫ですか? 痛いところはありませんか?」

「おかげさまで大丈夫です……あの、ところで」

「なんでしょう」


 三曹が首をかしげる。


「もしかしてゴロー、大きくなりました?」

「あ、わかりました? 成長したってのもあるんですけど、トレーニングをしてかなり筋肉がついたんですよ?」


 そう言ってから三曹は、あわてた様子で俺の横にひざをついた。


「もしかして痛かったですか?! ゴロー、波多野さんは犯人役じゃないんだから、あまり強く体当たりするのはダメだよ? 怪我したら大変でしょ?」


 ゴローはクーンと鳴くと、申し訳なさそうな目つきで俺を見た。


「いやまあ、もう慣れましたけどね」

「油断すると大ケガをしますよ。後ろにひっくり返った時に頭を打ったら、それこそ一大事(いちだいじ)ですから!」


 俺は三曹の手をかりて立ち上がる。


「じゃあ俺は(ふね)にもどります」

「あと少し、がんばってくださいね」

「はい。では失礼します! ゴロー、またな!」

「ワンッ!!」


 桟橋(さんばし)をわたると、山部(やまべ)一尉がニヤニヤしながら立っていた。


「なんすか、航海長」


 なにか言いたげな一尉の顔をまっすぐ見る。


「いや、別に。相変わらず仲がよろしいことでと感心してたんだよ」

「は?」

「お前とゴロー二曹だよ。あまりイチャコラすると、壬生海曹にヤキモチを焼かれるぞー?」

「は? 焼かれてないし!」


 思わず素に戻って言い返してしまった。


 出港してから二ヶ月。そんなわけで色々と濃い経験もあったが、みむろの領海警備の任務は無事に終了した。

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