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帝国海軍の猫大佐  作者: 鏡野ゆう
第三部 夏の小話

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43/80

ちょっと気になる白いヤツ

「おはようございます!」

「おはよう。ところで波多野(はたの)、昨日は警備犬に不審者あつかいされたんだって?」


 次の日、舷門(げんもん)当番をしていた先輩が、ニヤニヤしながら俺に話しかけてきた。


―― まったく誰だよ、話を広めたのは ――


 こっそりと溜め息をつく。


「別に不審者あつかいなんて、されてませんよ」

「そうなのか? けっこう大きな声で吠えられたって話じゃないか」

「ゴローがほえたのは事実ですが、俺にほえたわけじゃありませんよ」


 少なくとも、俺を見てほえていたわけじゃない。じゃあ一体、なにに向かってほえていたんだって話になるんだが、そこはあえて考えないようにしてる。


「じゃあ、なにに吠えたんだよ」

「知りませんよ。ここでたまに先輩達の昼飯をかっさらっていく、悪徳トンビでも来てたんじゃないっすかね。俺は見てないので知りませんけど」

「あんな時間にトンビがくるかよー」

「だから知りませんけどって、言ったじゃないですか」


 とにかく俺は、そのへんのことは考えないようにしている!


「やっぱりお前が吠えられたんじゃないか」

「ちーがーいーまーすー! 俺とゴローはラブラブなんですよ。俺を不審者あつかいなんて、100%ありえません」

「警備犬とラブラブとか」

「ええ。それがなにか?」


 真顔で先輩の顔を見つめる。


「……いや、ない」

「じゃあ、そろそろ時間なので!」

「お、おう。今日もがんばれ」


 俺はそのまま、自分の部屋へと向かった。そして荷物を置くと、腕時計を見ながら甲板へと急ぐ。途中で比良(ひら)と一緒になった。


「あ、波多野さん、おはようございます」

「おはよう」

「そう言えば聞きましたか?」


 比良が声をひそめる。


「なにを?」

「昨日、出たらしいですよ?」

「なにが?」

「幽霊っぽいものです」

「幽霊……」

「っぽいもの、です」


 なんとも反応に困る言い方だ。それは幽霊なのか? それとも幽霊じゃないのか? 一体どっちなんだ?


「ぽいものってなんだよ、ぽいものって。それって一体どっちなんだ?」

「今は時間がないので、またあとで詳しく話しますね」


 十秒前の合図が流れたので、自衛艦旗の掲揚(けいよう)のための列に加わった。


「話さなくてもいいけどな」

「昼休み、俺が話すのを忘れてたら言ってくださいね」

「忘れてくれよ~~」

「イヤです」

「聞きたくねえ……」

「聞いてください」


 まったく。昨日のゴローのこともあるし、イヤな予感しかしないんだけどな……。



+++++



 そして昼飯の時間、比良はウキウキした顔で俺のところにやってきた。


「なんだよ、忘れてたんじゃないのか?」

「こんな面白いこと、忘れるわけがないじゃないですか」

「忘れろよーってか、忘れてくれよー、そんな話、面白くねーよー」

「イヤです」


 トレーを手に、カウンターに食事をとりにいく。その間も比良はウキウキしっぱなしだ。本当にかんべんしてほしい。


「俺がその手の話、苦手だって知ってるよな?」

「そのわりに、猫神様とは仲良くしてるじゃないですか。お世話係の人とも」


 他の隊員が列になっているので、比良はコソコソと言い返してきた。


「それとこれとは別だろ。いや、絶対に別の存在だろ?」

「俺からしたら、同じですよ」

「ぜんぜん違うだろー?」


 そりゃあ、相波(あいば)大尉に関して言えば、間違いなく幽霊ではあるんだが。話を聞きたくない俺をテーブルに追い立てた比良は、俺の前に座ると手を合わせて「いただきます」と言った。まずは食ってからということらしい。


「はー……もっと聞きたいやつに話してやれば良いのに」


 俺も手を合わせ「いただきます」と言ってハシを手にする。


「そう考えた時に真っ先に浮かんだのが、波多野さんだったんですよ」

「なんで俺」

「俺からしたら、波多野さんは他の誰よりも、あっちの世界に一番近い位置にいますからね」


 比良はニコニコしながらそう言った。


「縁起が悪い言い方はよせよ。まるで俺が半分、あの世の住人みたいじゃないか」

「そこまでは言いませんけど」

「じゃあ、どこまでだよ」


 そんなことを言い合いながら、フライを口にほうり込む。口の中に食い物がある時だけは、お互いにどちらも静かだ。ここに来てから、食うかしゃべるかどちらかにしろと言われ続け、いつの間にかそれが習慣づいていた。


「……それで? どんなのを見たんだよ。比良も見たのか?」

「俺も当直でなかったから見てないんですよ。俺も今朝、話を聞かされたクチです」


 あとはパックの牛乳を飲むだけになったところで、比良に声をかけた。結局、好奇心に負けて聞くハメになるんだよな、これが。


「先輩が言うには、いつも波多野さんがゴロー二曹と走り回っているあたりを、白い三角錐(さんかくすい)みたいなのが、たくさんウロウロしていたみたいですよ?」

「おい。なんでそこで、俺を話にからめるんだよ」

「え? だってそのほうがわかりやすいじゃないですか、場所が」


 そう言われて、まあそうかもれないと口をつぐんだ。


「それにしても三角錐(さんかくすい)ってなんだよ、チェスのお化けか?」


 俺の頭に浮かんだのは、チェスのポーンだった。それのでかいヤツがウロウロしていたってことなのか? しかも、たくさん?


「どうなんでしょう。俺も先輩からは、白い三角錐(さんかくすい)みたいなヤツとしか聞いていないもので」

「そこはちゃんと聞いておかないと」


 怖いなりにも色々と気になるじゃないか。そうつぶやいた俺を無視して、比良は話を続ける。


「それでですね、不思議なことにそれ、(ふね)には入ってこれないらしいです。見えない壁に、(はじ)かれているみたいだったって話でした。もしかしたら、猫神様と艦内神社のおかげかもしれませんね」

「てか、入ろうとしてたのかよ」


 ダメだ、やっぱり聞きたくなくなってきた。


「で、それでなんですけど」

「まだあるのかよ……」

「ここからが肝心(かんじん)なんですよ。そいつら、明け方近くになっても消えなかったそうなんです。もしかしたら、明るいから見えないだけで、今も下でウロウロしてるんじゃないかって先輩が」

「やーめーろー……」


 明るい今も見えないだけで、その白い幽霊もどきが外をウロウロしてるだなんて、考えただけでも恐ろしい。そいつらが(ふね)に乗り込めないらしいというのが、せめてもの救いだ。


「なかなかすごいですよね」

「すごいどころか怖いだろ」


 やっぱり聞くんじゃなかった。気がつかなかっただけで、そいつらがウロウロしている中を歩いてきたのか、俺は。


―― やっぱり聞くんじゃなかった…… ――


「なんだ、お前達。今、噂でもちきりの、白いヤツの話をしていたのか?」


 牛乳を飲んでいると、先任伍長の清原(きよはら)曹長がニヤニヤしながら、俺達に声をかけてきた。


「そんなところです。清原曹長は見たんですか?」

「おう、昨日は運よく当直でな。しっかり見たぞ」

「運が良いことになるんだ……」


 どう見ても、曹長は喜んでいる。


伊勢(いせ)も見たと言ってたな。なかなか面白いものを見たと喜んでいたぞ?」

「喜ぶようなことなんだ……」

「そうなんですか。うらやましいです。自分も見たかったです」

「うらやましいのかよ……」


 俺にはまったく理解できない思考だ。


「また副長が残念がるな。俺が休みの時に出やがってって」

「残念がるんですか……」


 そう言えば前に、副長自身がそんなことを言っていたような気がする。どうしてここの人達は、その手の存在に平然としていられるのか、まったく理解できない。


「これまでのパターンだと、副長が戻ってきたら出なくなるぞ」

「……副長、早く戻ってこないっすかね」


 心の底から、一日も早い藤原(ふじわら)三佐の休暇あけを願った。


「え、そうなんですか? じゃあ次の当直の時には、なんとしてでも見ないと!」

「見たいのかよ……」

「見たいですよ。波多野さんだって見たいでしょ?」

「見たくねーよ。だってそれ、安全なヤツかどうか、わからないじゃないか」


 ハワイに向かう途中で、俺達が遭遇したヤツみたいなのだったらどうするんだ。(ふね)に入ろうとして(はじ)かれるってことは、猫大佐や艦内神社の神様達が入れたらダメだと判断したわけだろ? どう考えても、良くないヤツに決まっている。


「でも(ふね)にいれば安全じゃないですか」

「帰宅する時はどうするんだよ……」


 比良はそのへんのことを深く考えていないようだが、俺は今から下艦する時間がくるのが憂鬱(ゆううつ)だ。


「ちなみに、副長の休暇はあと二日だ」


 清原曹長が言った。


「明日が当直です。なんとか見れそうです、俺」

「うわー……俺も明日が当直だ。見たくねえ……」


 できるだけ艦内にいよう。桟橋から向こう側に行かなければ安全だとしても、やはり見たくない。


―― 一応、大佐と相波大尉に相談しておくか…… ――


 もしかしたら、白いヤツを見なくても済む方法を考えてくれるかもしれない。


―― ま、大佐は小心者めとかなんとか言って、俺のことを小馬鹿にしそうだけどな…… ――


 まずは艦内神社で念入りにおがんでおこう。まずはそこからだ。

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