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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
五章『和のベンチャー』

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3話:後半 量を増やすには質が重要

 努力を否定して成果だけを求めるような俺の台詞に、場が静まりかえった。


「本性現したわね。ナタリー、こんなの絶対サインしちゃダメよ」

「じゃあ聞こう。努力のどこが尊いんだ」

「私はナタリーが努力していることをずっと見てきたんだから。ナタリーの努力はいつか実るわよ」

「なるほど、彼女の努力でいつか豆のジャムは成功するかもしれない。彼女はいずれ成果を出すかもしれないな」

「そ、そうよ。私はそう信じてるわ」


 まあ、俺も信じてるんだけどね。ある意味での答えを知っている分、俺よりもヴィナルディアの方が立派だ。だけど、この際それは関係ない。


「で、そのとき俺と、君と、彼女はどこにいる?」

「何言ってるのか分らないわよ!」

「ナタリーの努力が実って成果を生み出した時、俺たち三人はそれぞれどこにいるかって話だ」


 俺がそう言うとリルカとベルミニが納得したような顔になった。


「だから……訳が分らない……」

「じゃあ言おう。ナタリーの努力が実ってジャムが完成して、ジャムが多くのお金を稼げるようになったとしよう。その時、ナタリーはそこにいる。本人だからな。君もおそらくそばにいる可能性が高い。だが、俺は?」


 ヴィナルディアの言っていることは正しい。例え一時的に失敗しても、努力を続ければそれを糧に成功にたどり着けるかもしれない。もちろん保証は無いが、世界にそのレベルの保証はもともと無いのでそれでいいのだ。


 だが、自分の努力が裏切らないのは究極的には自分だけだ。


 だから自分の努力の価値を自分で認めるのは良い。いや、認めるべきだとすら言える。だが、他人と共有出来るのはあくまで現時点の成果だ。だから、それを他人に共有しろと要求することは出来ない。これは、その努力が本物であり、かつ最終的に成功するという蜂蜜ほどは甘くないかもしれないが、現時点のナタリーのジャムよりもずっと甘い仮定を置いた絵の話だ。


「赤の他人である俺は事情が違う。だから、努力は尊いけどそれを人に押しつけることは出来ない」


 もちろん極論だ。今日俺の目の前で実った努力は、十年前他の誰かが応援した努力かもしれない。ドレファノとか……。ならば、俺が十年後彼女の隣にいる事業家のために今日の努力を応援するのも、全く理屈に合わないわけじゃ無い。


 だが、今はそういう話じゃない。ヴィナルディアが自分と友人と他人というそれぞれ異なる立場を混同しているのが問題なのだ。


「そ、それは…………」


 ヴィナルディアが顔を伏せた。


「ヴィンダーは言い方がね」「……うん」


 リルカとベルミニが言った。


 そして、ナタリーの手がペンを取った。


「ちょっと、ねえ、こいつは、でも……」

「ううん。私はこの人を信じる。この人一度も私にはジャムをアンコっていわなかった。それに、私のジャムを食べてくれた時の顔をやっぱり信じたいの。もちろん、これまでずっと協力してくれたヴィナがどうしてもダメなら、あきらめるけど」

「……一つだけ聞きたいことがあるわ」


 ヴィナルディアは俺ではなくリルカとベルミニを見た。


「ナタリーのジャムを食べた時に、貴方たちもあんまりいい顔をしなかった。銀商会の一家ってことは相当忙しいわよね。どうして、貴方たちはこの男の仕事に関わるの」

「そりゃ、まあ。ヴィンダーは自分の損になることはしないけど、自分だけが得なこともしないから。それに私たちも助けられたことがあるって言うか……ね」


「私はナタリーさんのジャムに可能性を感じてるって言うのもあるけど。…………ヴィンダーくんは動いた時の影響が大きすぎるから。ヴィンダーくんが豆に手を出す。残念ながら関わらない選択肢が思い浮かばないの。おかげで心労もすごいんだけど」


 リルカとシェリーが一言多い意見を告げた。ヴィナルディアは二人の顔をじっと見た。二人は、その視線を静かに受け止めている。ヴィナルディアは一度唇を噛んだ。


「…………分った。でも私は油断しないから」

「ああ、もちろんそれでいいよ」


 俺と彼女の立場が違うように、彼女と俺の立場も違う。当然そうあるべきだ。


 それにしても、ちょっと心が痛い。俺の場合は今の努力だの成果だの云々の前で、現代知識ってずるを持ってるからなんだよな。


「ヴィンダーの身もふたもない話はともかく。改めて食べても、うーん。シェリーは嫌いじゃ無いのよね」

「うん、豆の風味と甘さが合うんだって、ちょっと意外だった」

「うーん。野菜のことについてはシェリーを信じたいけど」


 一応話が付いたので、俺たちは改めて餡子トーストとでも言うべき者を試食した。


「豆の可能性を信じたいって言うのもあるから、ちょっと割り引いてね」


 二度目の試食も結果は同じだ。どうして分らないんだという気持ちがわいてくる。餡子は日本の誇る味なんだぞ。ま、まあ、改めて食べると確かにパンの雑味とぶつかってるし、甘さも足りないけど。


 そうか、プルラの言葉はちゃんとした評価だったんだ。日本の食パンと違って、黒パンは酸味や雑味が強い。俺みたいに、餡子そのものに心奪われないとそれが気になるかもしれない。


「じゃあ、あれ用意出来るかな」


 俺はシェリーに頼んだ。


◇◇


 テーブルには最高等級の小麦粉で焼き上げた白パンが用意された。見本市で松に使ったのと同等の物だ。そして、乳製品を扱うリルカ店のバターもちろんある。


 俺はパンを炙り、バターを塗る。そして、その上に餡子を塗りつけた。名古屋名物、小倉トーストの完成だ。リルカとシェリーに加えて、ナタリーも恐る恐る口にした。


「ほら、パンの味が素直だと餡子と合うじゃないか」


 俺は言った。本当は団子みたいにもっと味が薄い土台の方が良いが、十分旨い。


「はい。確かに普通のパンと全然違います。こんな良いパンは……昔でも使えませんでした」


 ナタリーが言った。


「……」


 ヴィナルディアは悔しそうに頬ばっている。


「確かに、だいぶ食べやすくなったわね。なるほど、果物とは違う風味が珍しいかも。でも、悪いけどこのパンならバターだけの方がおいしい。イチゴのジャムなんて塗ったら最高だし、蜂蜜、いっそフレンチトーストにしたら」

「リルカ脱線してる。でも、確かにさっきとだいぶ違う」


 やはり土台が良くなれば餡子の魅力はわかりやすくなる。やはり贅沢を言えば団子が欲しいがな。いや、土台が良くなったからこそ、別の問題が出てきた。


「えっと――」


 コンコン


 俺が次の問題を指摘しようとしたら、ドアがノックされた。


「ちょっと休憩しましょう」


 シェリーがメイドからティーセットを受け取ると俺たちの前に並べた。


「ベルミニ自慢のハーブティーだね」

「へえ、お茶も扱ってるのか」

「紅茶みたいな発酵して作るのは違うけど、ハーブは野菜だから」


 なるほどそういう区分なのか。じゃあ……。いや、餡子以上にリスキーな物に手を出す余裕はない。パンとの相性も難しいし。


「それで、アンコ大絶賛のヴィンダーの方針は?」


 カップを置くとリルカが聞いてきた。


「ああ、一番の問題は餡子そのものだな」

「ちょっと、ナタリーのこと馬鹿にしてるの」

「いや、そうじゃ無いんだ。初心者向けじゃないってことだ。ヴィナルディアさん」

「なによ」

「一番最初に餡子を食べた時どう思った?」

「……そ、そのときは、今ほどその……」

「くすっ。こんな変なの二度と食べたくないって言ってたじゃない」


 ナタリーの作ったのは粒あんだ。粒あんは最中の中身としてはよいし、豆の風味がより残っているのが好きな人間にはたまらない。けど、初心者にはハードルが高い。子供は漉し餡の方を好む。カルチャーギャップがあるならなおさらだ。


「一般受けするには甘さも足りないな」


 もう一つは甘さだ。最初は懐かしさが勝っていたが、何度も食べるとやはり現代日本のよりは甘さが足りない。上質と言っても団子に比べれば味の濃いパンではなおさらだ。これもプルラの指摘が正しいってことだ。


「これに入ってる砂糖だけど、普通の物だよね」

「は、はい。費用もですけど、これ以上入れるのは……」


 こっちの砂糖は黒砂糖だ。つまり、サトウキビの液を煮詰めて中和しただけの含蜜糖。黒砂糖は白砂糖が圧倒的主流の現代地球ですら、その風味が和菓子に使われるくらいだ。俺も嫌いじゃない。だが、この場合は餡子の繊細な味とぶつかる。


「まずは砂糖の改良だな」

「はあ、砂糖は砂糖でしょ」


 白砂糖を買ってくれば済むのであれば楽だが、こちらにはない。ないものは作るしかない。要するに、砂糖そのものと不純物を分離すればいいわけだが。問題はこちらの技術でどうやって砂糖の精製をするかだ。


 そうだな和菓子の話だし、あれを参考にするしかないか。季節的にはベストだ。


「結構大変な作業になるけど、大丈夫?」

「餡子をおいしくする為なら頑張ります」

「ヴィナルディアさんにも協力して欲しいことがあるんだけど。君の専門だから」


 俺を睨むヴィナルディアに、いくつかの商品の調達を頼んだ。


 やっぱり餡子の質を高めることが一番の王道だ。それさえ出来れば、この世界にも受け入れられるはずだ。和の味は、ワールドワイド。いや、インターナショナル、いやインターユニバース、で有効なはずだ。絶対に。


◇◇


「そういえば、帝国との交易だけど、本格的に動き出したみたいね」


 お代わりしたハーブティーのカップから口を離して、リルカが言った。方針が決まったおかげで、だいぶ空気が緩んでいる。


「らしいな。ジャン先輩からやっと木材が届くって連絡もらった。一本だけだけど」

「木材なんて、蜂蜜屋が何に使うのよ」

「ああ、別の仕事だ。……館長とも相談しないとな」

「ごまかしてるんじゃないでしょうね」

「ヴィンダーは大賢者フルシー様とも親しいから。秘書のミーアと一緒に賢者様の魔獣氾濫の予測を手伝ったって話聞いてない?」


 リルカが言った。ちょびちょびとお茶を飲んでいたナタリーが驚いてカップを下ろして、ヴィナルディアは困惑の顔になった。


「そんなのただの噂じゃ…………。いったい何が本業なのよ」

「本当は商売だけやってたいんだよ。だから今やってることが本業だ」


 俺が言った。騎士団のドラゴン退治に付き合うとかよりずっとこっちが良い。


「……改良馬車はどうするの。ウチにまで伝で早く手に入らないかって、引き合いがあるんだけど」


 シェリーが余計なことを言ったので、ヴィナルディアの顔がさらに引き攣った。


「えっとベルミニさん。そういうことなら、ちょっとお願いがあるんだけど、それ次第かな」


 こうなったらさっき思いついたこともついでに頼んでおこう。


「……言うんじゃなかった」

「ホームだとちょっと気が大きくなるもんねシェリーは」


 顔を伏せたシェリーの背中をリルカがさすった。


「いや、そこまで変なことじゃないって」


 俺はカップを取って喉を潤した。こっちの世界でも存在してくれてると良いんだけど。

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