5話:中編 最高の黒を求めて
「…………」「…………」
どうしたものか、ぶすっとした顔を並べている二人の後輩を前にプルラは参っていた。理由はわかっている。昨日の夕方、ダルガン達が帰り際にシェリーと鉢合わせたのだ。
「プルラ先輩は知ってたんですか」
「アイスクリームで口説いたって話ですけど……」
リルカとシェリーの視線がプルラに突き刺さる。
「い、いやね、……姿を見たのは先日が初めてだよ」
如何に女性が甘いお菓子が好きでも、恋の話には勝てない。それは解っていても、せっかくのアイスクリームが溶けてしまわないか、彼は気が気でない。
「十九歳だって」
「結婚には早いよね……」
リルカとシェリーが言った。
「いや、十九歳は別に…………何でもない」
学院に通うような層なら、平民でも結婚が卒業後の十九歳になることは珍しくないが、そうじゃなければ15、16でということもある。もちろん、そんなことは口に出せないのだ。
「……あの災厄があったからね。君たちの代はそれどころじゃなかった人達もいるよね」
なんで自分がと思いながら、彼はそんなフォローまで口にした。
「お菓子で口説くと言えば、ヴィンダーが面白いことを言っていたな」
プルラは女性陣の興味をチョコレートに戻そうと、後輩の言っていた女性の方からチョコレートを贈る日を作るというアイデアを口にした。チョコレートの売り方の話をしていて出たのだ。
「私はチョコレートを贈れるだけの財力がありますが、どうですか? ってことですか!!」
「……ありえない。むしろ逆効果でしょ」
二人は一瞬で切り捨てた。目つきが怖い。
「そうなるよね、ボクもそういった」
あのヴィンダーの言葉なので一応女性陣に聞いてみたが、プルラ自身このマーケティング手法はだめだと判断していた。あの後輩は時々こんなずれたことを言う。いや、そうじゃない場合もずれているのだが。
「……まあ。シーラちゃん。いい子だったけど」
「……うん。仲良く出来るといいけどね……」
二人はダルガンの婚約者の話に戻った。レイゾウコで皿を冷やしているとはいえアイスは崩壊寸前だった。
「「ごちそうさまでした」」
二人がほぼ同時にスプーンを置いた。先程までの不機嫌は吹き飛んでいる。
「で、どうだい」
ぎりぎり間に合ったことにホッとして、プルラは感想を求めた。
「これしかないですよね。流石です」
「……私も絶対これだと思ってました」
二人の評価は高い。
「……ボクもこれしかないとしか思えないんだけどね」
溜息をつくように言った。それは彼自身がまだ納得していないことの証拠だ。
「確かに男性向けとしては甘すぎると思いますけど……」
「アイスクリームとしてはこの甘さが最適解なんだ。数え切れないほど試作したからね。レイゾウコがなければとても無理だった」
「それで最近チョコレートの売り切れ早くなってたんだ。どれくらい使ったんですか」
「お察しのとおりだよ。まあ、いくら使っても使いすぎることはない、そういう目的だからいいんだけどね」
実際には、部下たちから苦言が出たことをプルラは口にしない。経理担当が特にうるさいのだ。
「これを食べたら十分だと普通思うでしょうに」
リルカが呆れたように言った。だが、プルラは首を振る。
「一定の低温を保てる調理道具なんて、ウチのためにあるようなものだからね。だからこそ普通のものじゃダメなんだ」
プルラの言葉にこれは普通じゃないと、二人は苦笑する。
「そうだ、これおみやげです。試供品返しですね」
リルカが木箱を出した。プルラがそれを開けると、クリームのように白くなめらかな表面が見えた、かすかな酸っぱい香りが鼻を突く。
「これはチーズだね」
「ええ。普通の牛乳じゃなくてクリームを増量してます。普通のと違ってすぐダメになるんで、生産地でそれも冬場にしか作られないですけど。お菓子には使いやすいかなって。塩気も少なめですよ」
「なるほど、これもレイゾウコがあればこそというわけだ。うーん、これとチョコレートを組み合わせて何か新しい味が作れそうだな」
表面から掬った柔らかいチーズを口にしてプルラは唸った。確かに、菓子作りに適した柔らかさと味だ。それに、チョコレートに対抗できる濃厚さもある。
色合いも、白と黒を二層にしたら色合いも美しいのではないか……。
「じゃあ、うちからも。お茶の挽き方を変えてみたんです。プルラ先輩は舌触りには異常にこだわりますから」
シェリーが小さな壺を取り出した。蓋を開けると、緑色の粉末が入っている。
「ありがたい。そうだ、おみやげにチョコレートを持って帰ってくれたまえ。確か弟が来ているんだよね。甘さ控えめのほうがいいかな」
プルラは言った。
「……あんな奴にチョコレートはもったいないです。「当分結婚は無理」だとか言って」
一度緩んだ空気がまた固くなった。最後の最後に地雷を踏んだらしい。
◇◇
「濃厚な素材同士の組み合わせなんて無茶なのに、この味。…………さすがプルラさんです」
厨房で白と黒の二層のケーキを食べたナタリーが言った。賞賛だけでなく、ちょっとした悔しさも混じっているのがプルラには面白い。
砂糖を納入に来た彼女に出したのは今日試したばかりのレシピ。チーズムースとチョコレートムースを積み重ねて二層にしたものだ。チョコレートに負けないように、チーズを限界まで使っている。ベースは塩気のきいた焼き菓子を砕いている。歯ごたえのアクセントだ。
「ベースも含めて、白い生地は伝統的なレシピだけど、チョコレートとの組み合わせが面白いだろう」
「そうですね。でも、このチーズの滑らかさは……」
「トリットから手に入れた新しいチーズに合わせて少しいじってある」
プルラはさり気なく言った。二口目にかかろうとしたナタリーの目が光る。
「なるほど。……この上下のちぐはぐさは、まだレシピが固まってないわけですね」
吟味するように、ゆっくりと二口目を味わいながらナタリーが分析する。
「気づいたね。そうなんだ。実はまだ試作品とも言えない段階だ」
遠慮ない意見にプルラはニヤリと笑った。こうだからこそ、彼も本来なら決して他人に出さない段階のものを見せたくなるのだ。




