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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十一章『凍りついた記録』

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24話:後半 光明

「いっそのこと、攻撃じゃなくて防御に徹するのは?」


 沈黙を破ってメイティールが言った。


「具体的には?」

「…………ちょっと言ってみただけ。解ってるから。じり貧になるだけだものね」


 回路図を書いた紙が散らかる旧棟の一階の部屋。俺達は暗い顔をつきあわせていた。あれから一週間、新兵器開発は一歩も進んでいない。アイデア未満の残骸が積み重なるだけなのだ。そして、今のように誰かが脇道にそれる。前回は俺だったし、その前はノエルだった。


 ちなみにこの手の発言の頻度は新しいアイデアが出てくる確率と反比例する。


 俺の脳の小人は、まだ何も言ってくれない。俺がマルチタスクに翻弄されていた間、しっかり休んでいたくせにだ。


「いくら何でも要求が高すぎるのよ……」


 ノエルが弱音を吐く。彼女は開発の後の生産に深く関わる。ラボで完結する俺よりも圧迫感を感じているはずだ。


「一から魔導を作るって想像以上の難易度だよな」


 俺は天を仰いだ。そして、そのまま天井に視線を止めた。この上ではアルフィーナが……。


「……二階が気になってるの?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて」


 図星を突かれ、俺は慌てて顔の向きを戻した。


「いいわ、ちょっと気分転換が必要でしょ。紫魔力関連も気になるし、ちょっと上の様子でも見に行きましょう」


 皮肉っぽいメイティールの言葉に、俺は黙って頷いた。


◇◇


 階段を上る。一段ごとについつい足が速まる。ドアを開けると、中には光があふれていた。


「あっ、リカルドくん。どうしました」


 俺に気がついたアルフィーナがこちらに振り返った。アルフィーナの前には紫魔力の発生器。向かいにはアンテナを持ったフルシーがいる。クラウディアは窓際に控えている。


「アルフィーナ。大丈夫なのか……こんなに……」


 室内に満ちる明るい紫。半球形の発生器からあふれるように発生している。前世の原子炉の映像を連想させて心臓に悪い。俺に見える時点で魔力から間接的に生じるもので、原理的に全く違うものだと解っていてもだ。


「リカルドくんこそ。疲れた顔をしています。無理をしているのでは……」


 近づいてきたアルフィーナが俺の顔を覗き込むように見る。俺もアルフィーナを見る。綺麗な顔には苦痛や疲労は見えない。


「コホン。紫魔力の発生器は進んでいるのかしら」


 メイティールが引き攣った顔で聞いて来た。アルフィーナと見つめ合っている自分に気がつく。アルフィーナもはっとした顔になった。俺達は揃ってうつむいた。


「まあ、順調と言ってよいぞ。効率も制御もかなり進んだ」


 フルシーが言った。アルフィーナが頷く。俺は改めて、紫魔力の発生器に目を移した。ぱっと見、形状には大きな変化はない。


 大きなボールと小さなお椀。それに挟まれた深紅と黒の魔結晶。そこから紫の魔力が発生している。発生した魔力はお椀とボールに反射した後、天井に向かう。確かに部屋を照らす光は前よりもずっと大きい。


「見ていてください」


 アルフィーナが中央の2種類の魔結晶に手をかざすと、光の柱は広がっていく。


「私に見える限りでも、ちゃんと段階的に広がっているわね」


 メイティールが感心した様に言った。


「姫様が手伝ってくれたおかげで、実験が一気に進んだ。紫の魔力を細かく感じ取ることに関しては儂らなど足下にも及ばんからな」


 フルシーがアルフィーナを褒める。だが、俺は素直にうなずけない。


「そ、そうですか。でも……」


 俺はアルフィーナを見た。


「近すぎませんか?」

「さっきのリカルドとアルフィーナほどじゃないでしょ」


 メイティールが言った。


「効率が上がったといったであろう。よく見るのじゃ」


 フルシーがいった。よく見ると部屋を照らす光は明るいのに、中心部の光は前回見たよりもむしろ弱い。


「大丈夫ですよりカルドくん。水晶と違って頭にそれほど負担がないですし」


 なるほど、イメージが伝わるわけじゃないから、高密度の情報を脳が処理する必要がないのか。処理というのは基本的に相互作用だ。それが減ると言うことは相互作用が減ると言うこと。つまり、アルフィーナへの負担が減る。だが……。


「念のためですけど、朝起きたときに枕に付いてる抜け毛が増えたとか、お通じの調子が変わったとかはありませんか」


 さっきの縁起でもない連想から、俺は思わず尋ねた。


「なんてことを聞いているのだ」


 たまりかねたように窓際のクラウディアがいった。アルフィーナは顔を赤くしながら、小さな声で「そんなことは無いと思います」と教えてくれる。やはり杞憂か。まあ、そのレベルの問題があるなら前に調べた巫女姫の寿命に大きな影響があるはずだからな。


「枕の髪なら、リカルドがチェックすれば良いじゃない?」

「おい、俺達はそんな関係じゃ……。館長。ずいぶん進みましたね。問題はないんですか」


 メイティールにからかわれている事に気がつき、俺はフルシーに向きなおった。


「完全に反射する触媒を探すのは苦労したがな。そうじゃ、お主の作らせたアレイじゃったか、あれには助かったぞ」


 フルシーが大小のボールの表面にある銀色のコートを指差した。この前新棟に魔力を反射させる触媒を探しに行った後も、更に試行錯誤していたらしい。


 ちなみに、アレイは俺が成果の無い魔力触媒あさりをしていた時に、ヴィナルディアに言った思いつきだ。もう出来たのか。


「問題は、ここまでコントロールするには姫様の力が必要なのじゃ」

「それって……」


 聞き逃せない話だ。それはつまり、戦場にアルフィーナを連れて行く必要があるという事じゃないか。


「まあ、出来るだけのことはする。要するに姫様の行なっていることを、魔道具や触媒を工夫して再現すれば良いのじゃ。答えが分かっておるわけじゃからな」


 フルシーがいった。確かに、この老人は魔法のように、魔法だが、俺の曖昧な前世の装置として実現してきた。


「紫の魔力の扱いが解ってきたおかげで、アンテナなども進み始めた。これも姫様のおかげじゃな」

「そんなことはありません。館長のお力です」


 アルフィーナは謙遜する。確かにこの手のことに関してフルシーの力は極めて大きいが、アルフィーナが大きく貢献しているのも間違いないだろう。俺のやったことはやはり間違いだったのか。


「それは朗報ね」


 紫の魔力の噴出口をいち早く把握するためのアンテナ。これも重要な要素だ。


「というわけで、そろそろノエルやメイティール殿下にも協力して欲しいのじゃが……。そちらは、苦戦しておるようじゃな」

「はっきり言って上手くいっていないわ」


 メイティールが苦笑した。ノエルがうなだれた。


「まあ、まずはそちらの話を聞きましょう。今の制御関係なら魔導回路の活用の……」


 フルシー達が相談を始める。


「リカルドくん。大変だと思いますけど無理はしないでくださいね」

「面目ない」


 俺は情けなさで小さくなる。これじゃあ、俺がやったことはプロジェクトのじゃまじゃないか。


「……前にも言いましたけど。心配してくれるのは嬉しいです」


 アルフィーナは微笑んだ。まあ、確かに心配なものは心配なのだ。幾ら、水晶よりも安全とは言え、やってることは未知の実験なのだ。何がとんでもないことが…………。そう思って紫魔力の発生器を見た俺は、違和感を覚えた。


「……中心部のこれさっきまではなかったような」


 上下のボールに挟まれたその中心、そこに細い線のような白い光が見える。しかも、見ている間も少しずつ強くなっていくように見える。


「おおそれか。時間がたつと偶にでるのじゃ。魔力を広げる意味では無駄じゃが。ごく一部じゃし。お主の想定する使い方はパルス状に点滅させるのじゃろう。実用上は問題があるまい」


 振り返ったフルシーがいった。


「へえ、面白いわね。もしかしてリカルドなら理由が分かったりして」


 メイティールがからかうようにいった。


「……ああ、多分」


 何かがはまった。俺は光の中心、真紅と負の魔結晶が張り合わされてる光源を見た。


 負の魔結晶の正体が分かったとき俺はなんて思った。負ではない正……。正孔物質だと思ったんだ。正孔物質、前世ならP型半導体に相当する。同じように考えれば普通の魔結晶はN型半導体だ。P型半導体とN型半導体を合わせて電子を落として、純粋な光の波長を生成する。


 そして鏡。やってることはまんまアレと一緒だ。そして、その現象の性質は……。


 なんで気がつかなかった。これを使えば……。いや待て、ちょっと考えただけで問題は幾つもある。


「……それでも、やってみる価値はある。なあちょっと用意してもらいたい物が……」


 俺は魔術班に振り返った。そこには三人の呆れた顔と、一人の尊敬のまなざしがあった。


「よく分らないけど、いつも通りとんでもないことを思いついたみたいね」

「じゃな。……むしろ今回は時間が掛ったと思う儂はおかしいのじゃろうな」

「……また仕事が増えるんだ」


 いや、まだ確証はないんだけど……。

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