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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十章『レガシーコスト』

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6話:前半 保身問題

「どうしたリカルド。やけに緊張しているではないか。もはや我が屋敷は其方の家のような物であろうに」


 エウフィリアが羽扇で口元を覆って言った。


「ははっ、久しぶりの客間ということで、緊張したのかも知れませんね」


 俺はちらっと左右を見た。最初の予言の後で呼び出しを喰らった時と同じ部屋だ。違うのは、俺の横にアルフィーナがいないのと、向こうもエウフィリアだけでいつもの執事や侍女はいないことだ。


 いやー、ここまで信用されているとは。……俺の背中に冷や汗が伝う。


 なにしろ、あの夜のことがある。あのとき俺がアルフィーナを押し倒したこと、アルフィーナの保護者はどれだけ知っているのだろうか。


「そうか、まるで新しい”甥”が出来たように思っている妾としてはさみしい限りじゃな」

「そのような言われよう、恐れ多いというか……。はははっ」

「そうじゃな。妾は其方のような大きな甥がいる年には見えぬよな」


 エウフィリアが言った。冗談で場を和ませようとしているんだよな。突っ込んだら終わりだけど。というか、貴族なんて、甥と叔母で年齢逆転だってあるだろう。


「さて、呼び出した理由じゃがな。まずは……」

「はい」


 エウフィリアが表情を改めた。羽扇がテーブルに置かれる。その唇から何が出てくるか。俺は緊張して待つ。


「ベルトルドの話じゃ。馬車といい、養蜂の拡大と言い順調そのものじゃ」


 エウフィリアは表情を緩めた。緊張していた俺は拍子抜けした。もちろん、おかしいことは何もない。彼女はヴィンダーの大株主で有り、新型馬車も養蜂事業も領地の大事業だ。


 と言うか、緊張を解くような話題ではないなこれ。普通に銀商会の浮沈に直結するレベルの話だ。


 エウフィリアは領地から届いた資料を見せてくれる。既存の馬車の改造だけでなく、新型馬車の生産にこぎ着けたのか。しかも、周囲の農村地帯に養蜂が広がっていて、集積地としてのベルトルドへの輸送経路も整ってきている。


 値段が下がったとは言え、蜂蜜という高級商品の輸送に便乗すれば、農村部とベルトルドの物流コストは当然下がる。それがまた馬車の需要を刺激する。


 すでにベルトルドを出入りする人の流れはこれまでの2割、いや4割増しらしい。好循環が回り始めている。来年の税収には大きなインパクトがあるだろう。領主としてのエウフィリアが上機嫌なのは分かる。


「いいですね。これで蜂蜜の生産が本格化して、レンゲを使った土地の改良も進めば……」

「うむ。余り始めておった村の人間もベルトルドや農村の新事業で吸収できておる。下手したら人が足りぬくらいじゃ。遠からず、ベルトルドの規模そのものも拡大せねばならぬであろう」

「それはまた、大事業ですね」


 流石だ。大公家に集まった金が公共事業で更に循環する。


「馬車のおかげで王都や東方とのやり取りも効率化されておる。おかげで政策も打ちやすい。いやはや、最初に輸送能力の拡大に手を着けたリカルドの思惑通りよな」

「ま、まあ、輸送は全ての活動に影響しますから」


 元々生産能力が上昇傾向にあったのだ。次は輸送能力がボトルネックになるのは必然。この次は通信だな。そこら辺のことも考えないといけないか。特に、河をまたいで商売なんて事になった時には重要だ。いや、このまま景気拡大が続くと、通貨の量を考えないと不味いことに……。


 新都市で債券の発行を通じた信用創造も構想だけはあるが……。いや、急ぎすぎだな。まだ形もない都市だ。


「というわけでこちらは順調じゃ。問題があるとしたら……上手くいきすぎている事くらいじゃな。大公としてもベルトルド領主としても、この流れを保ちたい物よ。じゃが……」


 エウフィリアは表情を引き締めた。


「予言の災厄ですね」


 俺は言った。実際、今俺たちが描いたバラ色の未来は災厄を乗り越えないと意味がない。


 俺の感覚としては予言の水晶”と”その災厄。エウフィリアだって思うところはあるはずだが、政治家の顔をしている以上、合わせるしかない。別にやぶ蛇を恐れているわけじゃない。そんな余裕がある事態じゃなし。


「では、リカルドの話を聞こう。研究室で新しいことを始めたいという話だったな……。わざわざ根回しなどと言い出すのじゃ。よほどのことであろう……」

「えっ、いやそんな独断専行はしてないですよね。報告、連絡、相談は徹底してきたと自負してますが……」

「1の報告を聞いたと思ったら、10の結果を突きつけられる。それがいつの間にか100になっている。これを報告とか相談というのならそうじゃな」


 俺が反論しようとすると、エウフィリアは羽扇を持ち上げて先を促した。まあいい、時間が惜しいのは確かだ。


「予言に関してラボで出来ることは二つです。一つは事前の方針の通り、災厄を生み出すであろう魔脈の変動のより詳細な分析を行なうこと。つまり、現在と過去の魔脈のスペクトラム解析です。館長の指示の下、現在の東西の魔脈の測定が行なわれています。問題は、過去の記録との比較です。年輪に残った魔脈をスペクトラムレベルで解析するのはまだ時間が掛りそうですが、次の予言がこれまでと違うなら、何かが出てくる可能性がありますね。なにも出てこないのが一番かもしれませんが」

「今回の予言はこれまでと様子が違うからのう。ふむ、一つ目は事前の計画通りの進行じゃな……。もう一つは?」


 心なしかエウフィリアの表情が硬くなっている。


「予言の災厄に対抗できる力の開発です」


 エウフィリアが眉をひそめたが、隠しても仕方がない。


「魔結晶のスペクトラム解析で分かった、魔力の副成分……。簡単に言えば魔力の中にある雑音ですね。これを除くことにより、魔力回路つまり魔道具の効率化が出来る可能性があります。これは、メイティール殿下のアイデアです」

「よりによってか」

「はい。……ちなみに特に効果的なのは、王国の魔術より高度で複雑な回路である帝国の魔導です、具体的にはあの螺炎と呼ばれる魔導を生み出す魔道具とかですね」


 俺はいった。エウフィリアはゆっくりとため息をついた。


「ある程度予想していたが、其方はいつもながら……一番やっかいな問題に突っ込む。時期尚早ではないか?」


 エウフィリアの目がすっと細まった。俺は焦った。


「じょ、状況がですね……」

「その状況じゃ。我らとは違う視点で現状を見ておられる、いや見ざるを得ぬ方がいる」


 エウフィリアが俺の言葉を遮った。


「災厄はまだ未確定の状況じゃ。そして、帝国との戦争は終わった。この状況で力を求めるという事がどういった影響を与えるか分かるであろう。例えば、災厄に対抗する力と言いながら、実際には其方の力を得ようとしているのではないか」

「確かに、新都市建設のためにも必要な力ですけど……」

「それだけではない。帝国の魔導は魔獣だけでなく人に対する武力であろう」

「で、でも、私自身は使えない力ですから」

「王都の監視が届きにくい河向で、今回の皇女との研究その他を通じて、リカルドが帝国と手を結べば解決する問題じゃな」


 エウフィリアはとんでもないことを言い出した。


「其方の功績を知る妾だからこそ分かる。はっきり言ってそれをされたら王国に防ぐ方法はない」

「いや、そんなことは絶対に――」

「リカルドの考えが問題なのではない、もしそれをされたら王国が詰むという構造が問題なのじゃ」


 沈黙がテーブルを覆った。ブラックスワン扱いかよ。どっちかって言えば醜いアヒルの子なのに。白鳥にならない、ガチのアヒルの子なのに。


「そのような顔をするな。今のは仮説じゃ」


 エウフィリアがそう言うと俺を見た。視線が笑っていない。


「…………次の災厄がこれまでよりも大規模と考えた時、もっとも手っ取り早い対抗手段は、魔導の強化であったな」


 その言葉にホッとした、どうやら俺の主張を覚えていてくれたらしい。そう、ちゃんと事前に報告、連絡、相談していたんだ。


「今の提案を通すための具体的な方策はあるか?」

「あります。まず、新しい魔道具の作成などではなく、王国の管理下にある帝国から鹵獲した魔導杖の戦力化を目指すことです」

「王太子殿下が第一騎士団と共に試している魔導杖か。じゃが、これまでのところあまり思わしくない。適合する資質を持つ者がかろうじて不完全に使用できる。割合としては百人に一人らしい」

「やっぱり資質の問題ですか」


 帝国では個人差を消すため、人体にも魔導陣を描き魔導杖との組み合わせで運用していた。だが、それに関してはある程度成算がある。魔道具において術者が行なうのは魔力を引き出し回路に流すこと。そして、回路にあるスイッチの制御だ。


 もしも、魔導回路に流す魔力の質を均一に出来れば、スイッチの制御はタイミングという意味では容易になると予想される。つまり、それを扱える資質の範囲が緩む可能性があるのだ。


 グリニシアスとクルトハイトの間で行われたあの戦いで、帝国から奪った魔導杖は50程度だったはず。最大でも、それだけの人間が揃えば良い。


 使えるようになれば、回路の解析をこちらで行うのも楽になる。


「王宮の管理下にある武器を使い、騎士団の強化という形なら通りやすいのでは……」

「…………分かった。じゃが、技術が帝国に漏れたらどうする。現段階では、一方的にバランスが崩れる可能性を考えざるを得まい」

「……正直に言えばその通りだと思います。対策は二つです。一つは帝国と対魔獣と血の山脈の資源開発に対する正式な協定の締結」

「使者は帝国に派遣された。向こうからの返答待ちじゃな」

「そうですか」


 そちらの方も進行しているようだ。向こうの反応が読めないが、ここからも時間がかかるだろうな。


「もう一つは、魔力波長を純化するための触媒の性質次第ですが、消耗品としてカートリッジとすることを考えています。つまり、仮に向こうにわたっても王国が魔力触媒を供給し続けなければ使用できなくなる」


 機構の一部をこちらで握る。前世の、工場移転による海外生産なんかでも使われていた考え方だ。

 もちろん、帝国がリバースエンジニアリングして同様の物を開発したらお手上げだが、こちらも回路設計を磨くための時間は稼げる。


 上手くいけば魔力触媒を王国が、魔結晶や魔導金などを帝国がという形で分業できる。


「魔結晶と魔道具の間に挟むということか……。リカルドが力を独占できぬ仕組みでもあるか……。話は分かった」


 エウフィリアはそう言った。よしよし、俺の保身策が効いてるじゃないか。一気に緊張が抜ける。俺は背もたれに背中を預けた。


「ただし、急ぎすぎは間違いない。はあ、まったく。あれに関しても更に難しい問題にしおって。こうなる前に巫女姫としての範囲で片づくよう膳立てしたものを……」

「あれ? 巫女姫?」


 エウフィリアのぼやきとも取れる言葉に、俺は反応した。


「もう一つ大事なことがある。そなたアルフィーをどうするつもりじゃ」


 そんな俺に突きつけられたのは、ある意味一番の難題だった。

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