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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
七章『情報戦』

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12話 電撃作戦

 王国西北部の都市カゼルの城門の上。二人の部下を従えた騎士が北を見ていた。山の向こうから煙が上がっている。


「殿下。あの方向はモーラントの……」

「まだ敵が渡河をしたという報すら届いていません、これは……」

「報告が届くまで、軽々しい判断は控えよ」


 クレイグは部下に振り返ると言った。指揮官の見せたいつもの快活な表情に、動揺していた二人は落ち着きを取り戻した。クレイグは左右を確認した。城壁を守備している諸侯の部隊に動揺が伝染させてはならない。


「予想通りで予期の外というわけか」


 クレイグは再び部下に背中を見せると、口の中でつぶやいた。対帝国に置かれた砦の中で最も深い場所にあるモーラント。その陥落は開戦の狼煙というには大きすぎる。


「クレイグ殿下、殿下はいずこに居られる!」


 綺麗な鎧の騎士がこちらに駆けてくる。走り方一つで慌てていることが明らかだ。恐らく、彼にとって軍内で唯一の上位者からの連絡だろう。


「どうやら落ち着かせなければいけない人間はまだ居るようだな」


 クレイグはそうつぶやくとマントを翻した。


◇◇


「すでにモーラントが落ちただと。大河の見張りは何をしていたのだ!」


 傷ついたモーラント守備隊の生き残りの報告に、第一騎士団長テンベルク侯爵が机に拳をたたきつけた。


「総司令官殿。落ち着かれよ」

「……砦が落ちたと言うことは攻城兵器を用いたのだろう、あり得ぬ早さではないか」


 自分の半分の年の部下に諫められ、テンベルクは一度大きく息を吐くと、再度尋ねた。クレイグも疑問に思っていたことだ。二人の騎士団長の視線を受けて兵士は恐る恐る口を開ひらく。


「大河を警戒していた部隊からの早馬は確かに到着しました。ただ、その背後に二百頭を超える魔獣に乗った帝国の軍が続いておりました。モーラントは敵軍の渡河を知ると同時に、戦闘になったのです」


 渡河地点からモーラントまで、普通の行軍なら一日半はかかる。馬竜であっても一日程度は必要だと想定されていた。いくら足が早くて、戦闘部隊だけで移動するわけでもないのだ。


「馬車も竜が引いていたのか」


 クレイグは尋ねた。もしそうなら、敵の持つ魔獣の数を計算し直さなければならない。兵士はぶるぶると首を振った。


「それが、輸送部隊は全く見えませんでした。ただ、魔獣の背や胴体には大量の荷が積まれていました。そして、数頭の魔獣が金属をかぶせた巨大な丸太を引いておりました。城門を破ったのはその丸太です。魔力を纏い回転しておりました」


 行軍の勢いのまま、馬竜軍団は砦の門に突撃してきたという。馬竜には矢が効かず、乗っている騎士も魔力で防御力を上げている。魔力で強化された丸太がそのままの勢いでぶつかり、城門は一撃で破壊されたという。陥落まで一刻も掛らなかったらしい。


 馬竜の輸送能力を使って戦闘部隊だけで防衛線内部に電撃作戦を決行する。クレイグもそこまで徹底するとは思っていなかった戦術だ。


 話に出た破城槌も問題だ。騎士が己の身に付けた武具に魔力を通して戦うのと違って、少しでも対象と距離が空けば魔力の効率は激減するのが常識だ。魔導金で作られた対魔獣用の矢は剣に比べて遙かに小さな鏃に魔力を込めるが、射程距離には制約があるくらいだ。


 対人戦で魔力が使いにくいのはそういう理由だ。帝国が大量の魔結晶を持つことは予想されていたが、この戦のためによほどの量をため込んだのか。あるいは……。


 機動部隊である馬竜は攻城戦は苦手であるという想定も捨てねばならない。想像以上の強敵だ。クレイグは周囲の騎士達の表情を見た。一様にショックを受けている。ただでさえ平和になれていたのに、緒戦でこれほどの力を見せつけられたのだ。このままでは動揺は軍全体に広がる。


 焦りを抑えてクレイグは冷静に現状を分析する。原因は大きく分けて三つあった。第一はむろん今の報告で分かった、帝国の馬竜部隊の想像以上の力だ。残り二つは、自陣営の問題である。


 本来なら、クレイグは対馬竜の策を実行するためすでにモーラントに入っていたはずなのだ。それが出来なかったのは兵力の結集の遅れだ。王都に到着しているはずの東部諸侯の軍がまだクルトハイト近くで止まっているのだ。


 それでも急ごうとしたクレイグは、部下の突出を嫌ったテンベルクの説得に時間を取られたのだ。


 ただ、自分がいても対応できたかは心許ないとクレイグは思った。帝国の馬竜の軍団はそれほど強力だ。


「総司令官。モーラントが落ちた以上、敵の次の標的となるのはここカゼルと考えるべきでしたな」


 クレイグがテンベルクに自分の言葉を思い出させた。


「そ、そのとおりだ」


 王都とベルトルドの両にらみは王国の西半分が分断されることになる。だからこそ、ここに本陣を置いているのだ。だが、本来なら前方の砦を盾にするはずの本陣が、いまはむき出しで敵の鋭鋒の前にある。


「それほど強力な帝国の戦力を相手にする以上、カゼルの城壁では心許ないのでは……」


 テンベルクの幕僚の一人が言った。その表情にはおびえがある。


「いや、竜と言っても数はたかが二百。それに、いくら輸送能力があるとは言え、輜重部隊なしで戦いを続けられるはずがない。魔獣の餌を王国で得ることは出来ないのだからな」


 クレイグの横でアデルが主張した。


「そうだ、たった二百でカゼルの包囲は不可能。籠城すれば勝機はある」


 西部貴族の一人が言った。彼の周囲の騎士達が賛同の声を上げる。


「モーラントが落ちたことで、前方の砦は分断されたのだぞ。敵の後続は容易に渡ってくる」


 テンベルクの幕僚が反論した。


 動機はともかく、間違ってはいないだろう。補給拠点の構築はすでに始まっていると考えるべきだ。カゼルには先ほどの馬竜部隊を先頭に他の兵力も整えて進軍してくるだろう。馬竜に城門を破られ、敵の兵力の侵入を許せば籠城策は簡単に破れる。


「対魔騎士団長。馬竜に対する団長の作戦はカゼルでは実行が難しいのだったな」


 モーラントに向かうために何度も説明したことだ。竜に効くあの毒の効果は飛躍的に高まったとはいえ、空気中に撒く以上濃度が大きな問題になる。野戦で使うのは困難と言うことだ。本来の作戦は、モーラントの砦内に誘い込み狭い砦の中で毒を撒くつもりだったのだ。


 カゼルは都市であり砦とは比較にならないほど広く、城門も四方にある。


 しかも、保管していた花粉の半ばをモーラントに運んだばかりだった。部下の話では他の物資と一緒に焼き払ったという。


「万全を期すなら、カゼルでは広すぎます」


 クレイグは上司の意見を首肯した。


「王都の城壁により東部諸侯軍を含めた大兵力で対するのが必勝の策だな」


 テンベルクが言った。


「そうですな。敵の戦力はあまりに強……。いえ異常だ。万全を期すべきでしょう」


 第一騎士団の幕僚が追随した。


「それは我ら、西部の者を見捨てると言うことか」


 西部諸侯の一人が声を荒げた。それを皮切りに、多くの者がカゼル死守を主張する。


「お、王都にもしものことがあれば王国そのものが……」


 それに対して反論の声が上がる。中部の貴族だ。軍議は騒然となる。無論、それぞれの立場と利害による不毛な平行線をたどる。どちらの意見にも理があるのだから始末に負えない。


 カゼルから王国軍本体が引けば、カゼルのみならずベルトルドも危ない。西部諸侯は動揺する。恐らく帝国が事前に手を伸ばしていた貴族が寝返り、それを呼び水に他の貴族が雪崩を打つ。


 王国西部の多くが帝国の支配下に入る。西部の穀倉地帯を押さえられれば、帝国軍は王国に駐屯を続けられる。遠からず、帝国から馬竜の餌や魔結晶を輸送する恒久的な補給路が構築されるだろう。戦略的に敵の勝利の確定といって良い。


 では、カゼルを守りもし破れたらどうなるか。馬竜の速度を考えれば、王都への撤退は困難を極めるだろう。恐らく、王都にたどり着く前に王国本軍が壊滅するだろう。そうなれば、王都は風前の灯火になる。つまり、馬竜の攻撃に対して十分な守備力を持たないカゼル籠城に、王国それ自体の命運をかけることになるのだ。


 なんと、カゼルが落ちる前に両にらみの状況を作られている。クレイグは自嘲した。


「クレイグ殿下のお考えは」


 英雄皇子に、全員の視線が集中した。懇願するような西部貴族の目を、彼は振り切った。


「総司令官の方針が妥当だと考えます」


 敵が強力である以上、王都の城壁と大兵力を持って当たるという基本的な戦略は正しい。第一、彼にはこの場では口に出来ないさらなる懸念があった。帝国の暗号文書にあった馬竜以外のもう一つの部隊。そして、内側の敵の動向だ。


「ただ、王都に撤退するとしても残る者は必要でしょう」

「……それは無論だな」

「私が対魔騎士団の精鋭を率いて可能な限り敵の動きを抑えます。その後、敵が王都に向かえば遊撃部隊として後背を脅かし、可能であれば補給線を切る。もし敵がベルトルドを目指すなら、我々はベルトルドに撤退しこれを守備する。これでいかがか」


 クレイグの騎士団の前身は遊撃部隊。しかも、例の馬車も含めて機動力は高い。無論、馬竜に比べれば慰め程度だが、一番最後まで残っても生き残れる可能性は彼の部隊にしかない。


「自ら殿を。しかし、殿下にもしもの事があれば……」


 テンベルクが言いよどんだ。クレイグを心配しているわけではない。王子である上に、英雄のクレイグが敗れれば軍にとどまらず王国全体の士気に尋常ではない衝撃を与えるだろう。クレイグのこれまでの功績が巨大であればあるほど、その反動は大きい。


 命がけの功績が英雄を生み出すが、一度生み出された英雄は今度は死ぬことが許されないのだ。だが、そんなことを言っていられる状況ではないことはテンベルクも分かっているはずだ。


「他に選択肢はないと考えます」

「了解した。殿下の御武勇を信じよう」


 テンベルクが頷いた。西部諸侯も、クレイグが残ることでわずかに落ち着きを取り戻している。中には、文字通り軍神を見るような目を向ける者もいる。


 もちろん、クレイグは死ぬつもりなどない。結局のところ、馬竜を倒すすべはあの策にしかないというのが、彼の考えだ。それを実行するために行動の自由を獲得しなければならない。


 そして、ベルトルドにはまだあの男が滞在しているはずだ。


 また義妹に恨まれそうだな。テンベルクが差し出した手を握りながら、クレイグはそんなことを考えていた。

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