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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
七章『情報戦』

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4話:後編 便乗商法

「デルニウス殿下とクルトハイト大公いずれが発言されるのか」


 宰相の言葉に二人の男が互いを指差した。左の席の動揺がさらに広がる。宰相は礼儀正しく沈黙を守る。視線の押し合いの末、第二王子が落ち着きなく立ち上がった。元々こちらがクレイグなのだからデルニウスが立つのが収まりが良い。わざわざ尋ねたのは宰相の手なのかも知れないな。


「お、王国と帝国の関係さえ保たれれば、今のようなばかげた状況は起こりえない」


 第二王子は言った。さっきの醜態、そしてこちらの想定が前提になっている時点で、議論は終わりだ。そもそも……。


 俺は中立派の表情を覗う。王子は帝国との交易が失われる不利益について語っているが、王子の融和論は殆ど彼らの注意を引けていない。中立派が前後左右でぼそぼそとやり取りしているのは、先ほど明確に示された将来の危険への不安だ。


 人は恐怖を嫌う。無視したいという欲求を持つ。恐怖を嫌うが故に、楽観論に組みしたいと願う。あやふやで漠然とした恐怖ならなおさらだ。


 だが、恐怖が無視し得ない存在として認識されれば逆だ。


 恐怖は楽観よりも遙かに強い力で人間の精神を拘束する。つまり、第二王子の楽観的な和平論に意識を割けなくなるのだ。


 飢え死にしそうな人間が、目の前の美しい花を愛でる気持ちを持てないのと同じだ。なぜなら、生存の危機に対する対応を最優先させるのが、恐怖という感情の役割だからだ。


「て、帝国侵略という事態なら、なぜ予言の水晶はそれを告げないのだ。おかしいではないか」


 第二王子が両手の拳を握り、吐き捨てるように言った。


「賢者フルシーの意見は?」


 宰相が冷静な口調で尋ねた。


「デルニウス殿下はなかなか良いご指摘をなさる。これまでの分析から、水晶の予言は魔脈の変化に対応しております。従って、予言が帝国の侵略を示したなら、少なくとも五年は前になると考えられますな」


 フルシーの言葉に、第二王子は力なく腕を下ろした。どうやら最後の手だったらしい。そんなことは当然考慮済みだ。五年前の巫女姫が誰かしらないが、ただの飾りだったのだろう。


「帝国に対する備えを強化することに賛成ならば挙手を」


 宰相の言葉に会場の大半が賛成の意を示す。それを受けて王がゆっくりと頷いた。


「だが、開戦を避けられる可能性を潰すのもまた愚策。クルトハイト大公には、これまでの帝国との関係を活用して、帝国にリーザベルト返還の交渉を担当してもらいたい」


 クルトハイト大公があからさまに安堵の表情になった。親帝国派として面目が立ったと思っているのだろう。


 それで、開戦が一日でも延ばせるなら安いもんだ。自分の利益と面子のため、第二王子と一緒に頑張って欲しい。


◇◇


 会議は無事終了し、俺たちは控え室に戻った。


 今回は割と黒子に徹することが出来たと思う。宰相に突っかかったり、王に直訴したりしなかったからな。保身的にも大満足だ。


「俺に王国を滅ぼす方法を語らせるなど。リカルドは相変わらずだな」


 クレイグが言った。


「適役でしたね」


 この王子が帝国に生まれていたら、実現したのではないか。


「第一騎士団長までたまりかねて釣られおった」


 エウフィリアが苦笑した。


「会議で一言もなく議論の行く末を決めた。王子や大公からは政治や交渉は不得手と聞いていたが、一体何の話だったのか」


 俺を見て宰相が言った。


「いやいや、仮にあの場で発言権があったとしても、誰一人として動かせませんよ。平民ならではの逆転の発想というやつですよ」


 そう、ちょっと行動経済学の知識があっただけだ。


「……何にせよ。あの状況から巻き返せた事は大きい。後は、帝国とクルトハイトの交渉を助けるふりをしながら長引かせる。リーザベルトの身柄を巡って、第一騎士団と第二王子閥が争うように手を打とう」


 宰相がいった。時間を稼ぎつつ、中立派に影響力の大きい第一騎士団長と敵対派閥の間隙を作るか。ほら、政治家プロはあくどさが違うじゃないか。


「皇女が竜を打倒する秘密を掴んだという情報を第二王子閥とは無関係にも帝国に伝わるようにしましょう。つぎに、対魔騎士団の保管している花粉の一部が手に入ると思わせるのです」

「対魔騎士団にも第二王子閥の息の掛かった者は居る。それを使おう」


 そこまでお膳立てして、こちらからリーザベルトに花粉を渡す。複数の情報源からの情報で帝国を混乱させ、あの花粉の力を試さざるを得ないようにする。


「それで、これから其方はどう動く」

「そうですね。少なくとも今日の会議の手伝いよりはずっと商人らしいことをしたいですね」


 こちらも現状を利用したい。戦時状況を利用して、既存規制を変える。まずは、物流革命の仕上げだ。


「王国には、荷物の単位を決めて欲しいんです」


 俺はいった。元の世界の言葉で言えばコンテナの規格の設定だ。輸送の単位を一つの規格化された箱で行うという発想とでもいうか。地球では、産地からトラックで鉄道へ、鉄道から港で船に、到着した港から鉄道そしてトラックにと究極的には一度も荷物の積み直しをする事がなく目的地まで到達していた。


 逆に言えば、このコンテナに合わせてトラックも貨物列車もコンテナ船も作られているといっても良い。


 もちろん、コンテナが成り立っていたのは機械の力で大きな重量をまとらめれること、商品自体の規格化が進んでいること、何より大量の長距離輸送の必要性があったことが大きい。


 様々な比重の商品があり、人力馬力による輸送がこの世界の基本だ。当然、本来の基準は重さだ。だが、大まかな管理上の目安としてなら、容積は一つの共通の基準を提供しうる。


 でも、例えば馬車の荷台に積み込める基準の箱の数を想定する用途は有用だと思う。


 後はそれぞれの業界の工夫だ。今回の事態で、戦争において大量に輸送される規格化された商品である食料を基準とする。後はそれを参考に各業界が工夫を積み重ねれば良い。


「今回は最初からは間に合わないでしょう。でも戦争で一番重要な補給を効率化する。そして、規格の統一により民間と軍の協力関係もスムーズにいきます。それをモデルケースに、商業活動の規格として波及させます」


 もちろん、その情報をいち早く知っている俺たち、ベルトルド工房、は新しい規格に合せた荷台の製造で一歩も二歩も先を行く。


 ここまで無休で働かされてるんだから、これくらいの利益がないとやってられない。


「リカルド今は――」

「ああ、将来の帝国との交易を考えた時、船に積み込むことも想定しないと」


 俺は付け加えた。戦後は、それを無事迎えられたらの話だが、帝国との交易を盛んにする必要がある。次の戦争を防ぐためだ。


「……妾がベルトルドへの損害を心配している時に、すでに利益を上げる話か」


 エウフィリアがつぶやいた。


「騎士団の準備と関わる話だ、食料ギルドとの連携を考えよう。アデル」

「はっ、早急に動きます」


 クレイグが部下に指示した。さて、規制の本丸さんは? クルトハイト大公も馬車ギルド長も、先の災厄の事実上の戦犯。宰相も反対出来ないはず。


「今回は状況が状況故、宰相府としても協力する」


 宰相が不満げに言った。


 戦争は不幸だ。トータルの利害を勘案すればマイナスだろう。だがそれは、戦争からプラスを引き出す手段すらないことを意味しない。例えば、事情は違うが帝国は魔獣との戦いで自らの力を強化したのだろう。


 まあ、何にせよ。帝国に勝たないことには話にならない。そのために、やらなければいけないことが二つある。


「後は、大賢者様だよりですね」


 俺は自分の役割は終わったとばかりに、部屋の隅で船をこぐ老人を見た。帝国の魔術技術の優位に対して、根本的な対策をしないといけない。それが成されない限り、多少時間を稼いだところで王国は帝国に勝てる見込みは薄いままだ。


 赤い森(ルーベル・ヴァルト)に足を運ぶことになる。クレイグには護衛の騎士を出してもらわないといけないな。


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