⑮同属嫌悪
決して血の気の多さが自慢になる程、星間マフィアは単純な組織ではない。その場の空気を読んで自分はどう立ち回るべきか判断出来ない者は、只の弾除けにしかならないのだ。
タマキが乗り込んだそのクラブは、明らかに堅気の客を相手にするような場所ではなかった。丁寧な物腰のボーイがフロアを案内する訳でもなく、腕自慢のバーテンダーがカクテルを提供する雰囲気も見当たらない。丸いテーブルを囲むように曰く付きの連中がグラスを片手に入り口を見張り、膨らんだジャケットからはみ出した銃把を隠そうともしない場所だった。
タマキがそのクラブに踏み込んだ瞬間、十人程居た男達が一斉に振り返る。彼等の表情はタマキの姿が視野に入ると同時に強張った。彼等は表に居た見張り役の者達が、全く用足しにならなかった事を即座に理解したようだ。
「くそっ、本当に来やがった……」
「……【白毛のタマキ】だろうと何だろうと、縄張りを荒らさちゃ黙って帰せねぇ!!」
口々にそう言いながらマフィア達が身構える。無論、彼等も何らかの心得や改造義体があっての強気の姿勢なのだろうが、その心境もたった一言で霧散させられる。
「……やめときな、どうせお前等に敵う相手じゃないわ。無駄死にするだけよ」
不意に中二階からそう声が掛かり、マフィア達の動きが止まる。そして彼等が一斉に頭を低くする動作をすると、タマキの前にマダラ模様の毛色が特徴的なネコ耳の女が進み出る。
「タマキぃ、久し振りねぇ」
親しげな口調の割りに何処か抑揚を欠いた声で、似た見た目の女がタマキに話し掛ける。だが、着流しに雪駄履きのタマキと違い、着ている服は明らかに夜の世界に生きる者特有の派手さである。
「……ベルティ、随分前に私の遺伝子情報を売ったの、お前だろ? あんまり笑えない冗談過ぎて知った時は暫く記憶が飛んだもんさ」
「あー、あれねぇ……お陰で結構稼がせて貰ったわ」
「……じゃあ、今直ぐ斬り刻んでお前も叩き売ってやるから覚悟しな」
タマキが腕を組んだままベルティにそう言うと、彼女はわざと一歩前に進み出て同じ姿勢になり、挑発するように顎を上げながら口を開く。
「……売っぱらったって言っても、時限自滅型の制約付き遺伝子情報じゃない。勝手に複製したのは謝るけど、キチンと手数料はあんたの口座に振り込んどいたし」
「そんな薄汚え金、貰っても嬉しかねぇ!! 自分と同じ顔の奴がどっかの変態に飼われて、間抜け面しながらヨガってんだぜ?」
心底不快そうに眉間に皺を寄せながら凄むタマキに、ベルティは動じず返答する。
「あらぁ、初心なもんねぇ。百戦錬磨のタマキ様ともあろう方が、見えない所で自分の分身が破瓜を散らすのに目くじら立てるなんて……あんた、もしかして男を知らないの?」
「ほおぉ〜、開き直るにしちゃあ随分な言い掛かりだなぁ!」
「悪いけど、あんたの床事情に関わってる暇は無いの。お互い住む世界が違うのは判ってんでしょ」
「……盗っ人猛々しいっての知ってんか? 叩き斬られても文句言えねぇぞ!」
相変わらずの剣幕で掴みかかるタマキの手からスルリと身を躱し、ベルティが微笑みかける。
「あら、私が不死身だってあなたが良く知ってるでしょ? 死を超越してる相手を斬っても無駄よ」
そう言われ、タマキはうぐぐと歯噛みする。いつもの勢いで乗り込んだまでは良いが、ベルティとタマキの相性は最悪なのだ。相手を問答無用で消滅させられる一閃がタマキの信条だが、同じ強化人間のベルティは幾度もの身体情報の消滅を乗り越えた末、最終的に辿り着いたのが星間ネットワークを介した身体情報の保存を常に行う【魂のバックアップ】なのだ。
「でも、だからと言って斬られるのは御免よ。痛いのは好きじゃないし、私はあなたと違って闘うのは得意じゃないから」
個としての独自性を極限まで突き詰めたタマキと相対的に、ベルティは同じ強化人間でも様々な技術を取り入れて己の復元とバックアップを追求し、死んでも時が過ぎれば蘇る。その代わり、繊細な身体制御といった時間を掛けて培う事は出来ない。だから、彼女は言葉を操って自己を守るのだ。
「だから、あなたに斬られたくない私は交渉するわ……例のあの島、平穏なままでいてほしいでしょ?」
あの島、と言われてタマキはぐっと拳を握り締める。偶然落ちた星とはいえ、タマキはあの島の住人には一宿一飯の恩が有る。それが、彼女の一方的な思い込みだったとしても。
「……だったら、何をしろってんだよ」
「あら、簡単な事よ。この星で何が起きようと銀河帝国に報告しないって事だけ」
「お前、バカか? わざわざ悪事を働きますって宣言すりゃ……」
「……そう、判ってるからこそ宣言しておくの。あなたは何が起きても知らないし、何も見ないから」
そう言いながらベルティはタマキから離れると椅子に腰掛け、脚を組んで座りながら自分の膝に頬杖を突く。
「私がわざわざ出向いてくるって事はね、星間マフィアが新しい市場を開拓しに来たって事なのよ。だから失敗したくないし、杞憂は少しでも減らす為に下調べ済みなの」
「……好きにすりゃいいだろ……って、言うと思ったか?」
だが、タマキは首を縦に振る代わりにミフネの鯉口を切る。例え脅されてもここに居る全員を消せば時間は稼げるし、ベルティが不死身と云えど一旦はリスタートまで戻される事には変わり無い。
「……タマキ、あなた相変わらず頭悪いわね。私が何も対策せず来た訳無いじゃない……」
タマキが態度を豹変させると、ベルティが溜め息混じりで指を鳴らす。たったそれだけで周りに居た男達が血相を変え、我先に店の外に逃げ出して行く。
「……っ!?」
「タ マ キ ぃ ーーー っ ! !」
場の空気が変わった事を理解したタマキが身構えると、ベルティの座っていた椅子の直前から床が爆発したように吹き飛び、その下から彼女の名前を呼びながら何者かが現れる。
「……げっ、スィーンかよ!?」
嫌げにそうタマキが呟くと、名前を呼ばれた相手は身を捩りながら膨れ上がった身体を波打たせる。
「……はぁああああぁ、タマキが俺の名を……それだけでイッちまいそうだぜぇ!!」
そう叫びながら相手はハァハァと息を荒げ、改造し過ぎて最早原形を留めていない身体を震わせた。




