⑫悪さしてやろうか?
「おーい、ミフネ! 降りてこーい!」
管理事務所から外に出たタマキがそう叫ぶと、上空に待機していたミフネがふわりと降りてくる。そしてミフネは彼女の前で浮いたままくるりと一回転してから、ついと鞘の先をタマキに向けて話し掛ける。
【わざわざ捕まるような真似をしたのは、何か思い付いたからですよね】
「いーや、ただ何となくだ!」
【……バカですね、相変わらず】
「余計なお世話だ! でよ、上から見て向こうにゃ何があったい?」
事務所の建物から直ぐ近くにある隔壁を指差しながらタマキが尋ねると、直ぐ答えが返ってくる。
【壁の向こうは中階層区画が並ぶ標準的な商業地帯ですが、大半の店はシャッターが閉まっています。まるでゴーストタウンですが行くつもりですか?】
「あー、当然さ。但し行くのは夕方からだがな!」
タマキはそう答えると踵を返し、事務所付近から離れて海岸に向かって歩き始めた。
タマキは海岸をぶらついて時間を潰し、夕刻に合わせて隔壁付近に辿り着く。辺りには彼女と同じように観光客がそぞろ歩き、隔壁に設けられた大きな門に向かっていく。南側とは明らかに異なるルートの船便でも有るのか、周りの観光客は
「……何だ、あんた。そんな物騒なもんぶら下げて正気かい」
見るからに屈強な外殻装甲とアシスト関節に覆われた強化型サイボーグの警備員が近付くタマキを眺め、そう尋ねる。外界と隔てる壁の門は二箇所開け放たれているが、一方は勤務者用らしく掌をタッチパネルに当てて毛細血管認証で通り抜けられる狭い通路で、もう一方は観光客等を通す代わりに警備員がスキャナーを使い危険物の持ち込みを検査している。そんな状況でタマキはわざとミフネを帯刀したまま通り抜けようとしたのだ。
「ああ、サムライが刀抜きで歩く訳無いだろ? こいつは私にとっちゃ身分証代わりなんだぜ」
「……冗談にしては面白くも……いや、ちょっと待ってくれ」
当然止める警備員だったが、彼の視線カメラを経て誰かが介入したのか会話が途切れる。
「……はい、判りました。信じられんが通ってくれ。但し、無用な揉め事は起こすなよ……」
渋々といった様子でサイボーグが道を開けると、タマキは彼に向かって軽く手を振りながら街の中に入る。すると外には漏れていなかった大音響の音楽が通りに満ち溢れ、腹の底まで響く電子音のドラムビートが街を包み込んでいた。
【劣悪な環境としか言いようが無いです】
「隔壁に反振動設備が埋め込まれてるからね、この手の歓楽街じゃ当たり前さ」
【小動物なら生理機能が破壊されますよ】
「ネズミ退治にゃ丁度良いんさ」
ズンッズンッとリズミカルに刻まれるビートに乗りながらタマキが歩き、その波動にミフネが呆れたように繰り返す。
【タマキはここに来た事があるんですか】
「無いね、初めて来た星だからな」
【では、どうして私を持ったまま警備を抜けられたんです】
「……それはお前さん込みで、私が有名人だからだろ?」
【……あなたのは有名ではなくて、悪名の方じゃないですか】
「そうとも言うな!」
街の目抜き通りを歩きながらタマキとミフネがそう遣り取りする中、周囲に溢れる人々は彼女の姿と帯刀されたミフネを見て一瞬ビクリとし、直ぐ道を空けて離れていく。
【怖がられてますね】
「そりゃそーだ、歓楽街で帯刀してる奴は用心棒か暗殺者のどちらかだからな!」
【あなたは違いますよ】
「知ってるよ、私ゃどちらでもない!」
避ける人波の中を悠然と進みながら、タマキはミフネとそう話しつつ一軒のバーの前で立ち止まる。そこは周囲の風俗系の店とは明らかに異なり、真っ黒に塗られたドアと古びた電飾看板に店名を記しただけの質素な造りだった。
【ボルゾイ、とは星系の名前ですね】
「あー、博識で宜しいってもんだな」
【間違いなく店主はあなたと同類な気がします】
「そいつぁ入ってみなきゃ判らん!」
【はいはい、そうですね】
タマキがそう言いながらドアを開けると、ギッと軋む音と共にバーの中から涼しげな空気が彼女の周りを通り抜けていく。そしてゆっくりと閉まるドアが通りと店内を隔てた瞬間、外の爆音は一瞬で消え失せる。
「……驚いたな、幽霊かと思ったぞ」
「悪いな、生憎と私ゃ幽霊じゃない」
グラスを拭いていた店主の大男が帯刀したタマキを眺めながらそう言うと、彼女は当然のようにそう言い返しながらカウンターの椅子に腰掛ける。
「バラライカ、出来るかい?」
「出来るに決まってるだろ、バーだからな」
そう言うと店主はヴォトカの瓶を持ち、シェイカーに注ぐとコアントローをきっちり計量して注ぎレモン半分を絞り、最後に少しだけホワイトシロップを注いでから氷を入れて蓋を閉め、シェイカーを振る。
「……あんた、タマキだろ」
……シャカシャカカシャッ、とリズミカルに振り終えるとカクテルグラスに注ぎ、タマキの前に押し出しながら店主が呟く。十分冷やされたカクテルで直ぐに曇るが、白い液体が満ちたグラスは良く磨かれ透き通っていた。
「……なら、どうなんだい」
「いや、何と言うか……頭が混乱して言葉が浮かばんだけだ」
どうやらタマキの傭兵時代の元同業者らしい店主は暫く間を空けてからそう言うと、自分の前にグラスを置いてヴォトカを注いで生のままで煽った。
「……【白毛のタマキ】、だったか。俺の居た部隊を除いて全滅した時に聞いたのは……軌道降下傭兵の中にあんたが居たって話だ」
そう告白する店主の言葉を聞きながら、タマキは無言でカクテルグラスを摘んだ。




