⑩船の上
「……ミフネを抜け、タマキ」
刀を帯びぬタマキに相手がそう言うと、彼女は心底嫌そうな顔になる。
「嫌だね、私は殺し合いの螺旋から抜けたんだ。斬っても斬っても終わらんし、いつか自分もその中に埋もれちまうだろ」
「……都合の良い言い訳だな、千人斬りのタマキとは思えない腑抜けた事を……」
千人斬り、と言われてタマキはぴくりと耳を動かすが腕は組んだまま解かない。そうして不動の姿勢を崩さないうちに、相手の姿は次第に霧のように消えていく。
(……私は、お前自身が生み出したんだ。決して消せぬぞ?)
消え際にそう言い残し、もう一人のタマキは居なくなる。だが、残された彼女の身体から滲み出る殺気は消えない。
「あ、あの……何かありましたか」
階下から上がってきた船員が一瞬びくりと身を震わせてから恐る恐る聞く程に、彼女の気配は尋常で無かったが、
「……んぁ? あー悪い悪い! ちょっと昔の事を思い出しちまってなぁ……何でも無いから気にせんで!!」
そう快活に答えながらニコリと微笑めば、釣られて船員もほっとしたように会釈を返し彼女の横を通り抜けていった。
「ふむぅ、こんな風に船に乗って飯を食うのは初めてだなぁ!」
過去に様々な航宙船に乗ってきたタマキだが、海上を進む船に乗って旅をした事は一度も無かった。宇宙空間の旅は常に効率性と時間短縮が付き纏い、やれ半凍眠措置だとか栄養面のみ追求の味気無い食事だのと自分が冷凍食品気分になる。だが、効率性とは真逆の船旅では食事もビュッフェスタイルで好きな物が選べるし、当然だが客扱いとなれば酒も飲めるのだ。
「でも、船員と一緒に食事ってのは正直イヤじゃないですか……?」
「なーに言ってんだ! 私はナイーフやフォークやらで畏まって食うのは苦手なんだよ!」
他の客と違う時間に回されたタマキに若い女性船員が申し訳なさげに尋ねるも、返って来た答えは相変わらずである。大型貨客船となれば無人化もそれなりに進んでいるが、しかし乗客に対して行われる様々なサービスを提供する業務は相変わらず人間が対応する。省力化や低コストを求めれば無人化が理想だが、金持ちが常に求めるのは生きた人間が血の通ったサービスを提供する事なのだ。
「……でもよ、今どきは並みの人間より人間らしいアンドロイドも居るだろ? そーゆー連中を揃えりゃ夜中まで起きてる事も無いだろーにな」
一般の乗客が寝た後の食堂には様々な業務に従事している船員達が集まり、彼等も乗客と同じようにビュッフェ形式で食事を摂る。無論品数は若干少なかったりするが、それでも効率性のみの宇宙食とは比べようも無く美味で種類も多い。タマキの前には濃いめに味付けされた中華基礎系や強めの香辛料をイメージさせた合成調味料を使うスパイシーエイジアが並ぶが、基本になっている調理の由来は誰も知らないのだ。
「まぁ、それはそうかもしれませんね。でも超高級クラスのアンドロイドなら船に乗せて働かせるより、客と一緒に旅するのを求められるんじゃないですか?」
「あー、成る程ねぇ……」
「それに何十億もするアンドロイドを揃えるよりも、私達のように一定寿命の人間にサラリーを与えて働かせる方がその星域にお金が落ちますからね」
「むー、金の話になりゃその通りだなぁ」
若い見た目の割りにしっかりした船員の返答に、タマキは素直に頷く。昔はアンドロイドが人間に近付けば近づく程、様々な環境で仕事を取って代わられる心配をする者も多かった。だが、実際に疑似人格と行動原理が限り無く人間に近いアンドロイドが登場すると、彼等は協調し決して共生関係を崩さなかった。いや、無論そう行うよう予めプログラムされていたが。
「そーいや、この料理は誰が作ってんだい?」
「それは勿論、この船の調理担当アンドロイドですよ」
調理担当アンドロイドと聞いてタマキは妙な気分になったが、体調や気分で味の感じ方が変わる人間より、アンドロイドの方が正確な調理に向いているらしい。常に同じ調理法とレシピに忠実な調味が彼等の良さを活かせると思えば、適材適所といえるだろう。
「……ところで、タマキさん聞きましたか」
「何がだい?」
「ついこの前、この星系外縁部で帝国軍艦とヴァルトリア船籍艦が小競り合いしたって」
「……さあ、初耳だねぇ」
ヴァルトリア船籍艦、と聞いてタマキは内心で納得する。古くから反帝国主義を掲げる放浪型コロニーの集合体が基となり、今では帝国に弓引く活動者を集めては擁護している。連中ならケンカを売ってきても不思議ではなかったが、問題はそのタイミングである。
(……帝国の庇護が薄い星域で武力行使してきたのは判るがよ、皇帝が睡眠期に入るタイミングを計ったみてぇじゃねえか?)
それから船員の語る艦隊戦の噂話に相槌を打つタマキだったが、今回の事件が意図的に仕組まれた何かの前触れに思えて仕方なかった。




