79話 生還(本編完結話)
家に着くまでが遠足……じゃなくて。
うぅぅぅ。
ん?
リーザ?
眼が開くと、すぐ上にリーザの顔が見えた。何かが降って来た。
涙───
「ケンドざまぁ……ケンドさま……」
どうして、泣いているんだ?
横にも顔が2つ。
黒……レダだ。2頭並んで俺をのぞき込んでいる。
はっ。
俺は横たわり、座ったリーザの膝に頭を乗せていた。
なぜ、こんなことになっている?
ええと。朝、クランハウスを出て、迷宮に潜って…………迷宮、迷宮!
「リーザ」
「けっ、ケント様、ケントさまぁぁあ」
柔らかい胸が覆い被さって、強く抱き付かれる。
「おっふ。リーザ離せ、離してくれ」
「もっ、申し訳ありません」
やっと少し身体を離してくれた。
「ケント様! 気が付かれましたか」
「ああ」
失神したのか。上体を起こすと、周り見回す。
あいかわらず大空洞の底に居た。
「俺は、どのくらい寝ていた?」
「30分は経っていないかと」
「そうか」
エマも気丈な面持ちだったが、頬に涙の跡がある。保管庫から手ぬぐいを2枚出して、エマとリーザに渡す。
「綺麗な顔が台なしだ。拭いてくれ」
「ああ、はい」
渡さなかったミカが微妙な表情だが。泣いてないから、さほど汚れていないぞ。
「ああ、アニキ。さっき師匠が上に駆け付けてくれました。ギルドを動員して、網を外して助けてくれるそうです。今は、人を吊り下げられる綱を取りにいってもらっているっす」
「そうか。それはよかった」
頼りになるな。
「ん。ミカ、何を持っているんだ?」
見覚えのある形。
「ああ、これっすか? リッチが消えたところに落ちていたんっすよ。なんかアニキの物に似てるなと思って」
「見せてくれ」
「いいすけど。あんまり綺麗な物じゃないっすよ。どぞ」
これは。なんでこんな物が……この世界に。
俺は懐かしさを覚えつつ、手を伸ばした。
指が触れた感触と共に、床が紅く輝く、一瞬の浮遊感。なぜか再び落ちた。
また罠か!
何回か転がって、背中を打った。
「いったぁ」
「ああ……痛い」
「うぅぅ」
「おおぉあ。あんたら大丈夫か?」
はっ?
見上げると、遠巻きに革やら鉄の鎧姿の男達に囲まれていた。冒険者達だ。
リザ、エマ、ミカは俺のすぐ横でうめいていた。
レダは、手甲に戻っている。
「おい、大丈夫か? みんな」
「うん。大丈夫」
「いててて」
リザは顔をしかめた。エマもミカを自分の腰やら尻をさすってる。
「大事ありません。それより、ケント様。ここは?」
ああ、ここは迷宮の通路だ。明らかに大空洞ではない。
「ここが、どこかって? しっかりしろよ。自分たちで、ここを選んだんだろう? 第2階層の転層スポットだよ、出口専用のな」
確かに、朝通った所だ。
こっちに転がったということは……あの黒い枠から転層されてきたということか。
スポットの黒い枠が消え、ふたたび現れた。中かから見知らぬ冒険者パーティが出て来た。
「おい。そんなとこでうずくまっていると、あとから来るやつらが、つまづくじゃないか」
「ああ。わかった」
皆を引っ張って立ち上がらせ、壁際に寄る。
「あんたら、転層スポットを使う時は、大人しくしていないと怪我するぞ」
「ああ」
「おおい! ギルドの者だ。急いでいるんだ通してくれ」
ミカが、急に首を回した。
「この声。師匠!」
ミレスだ。
それと揃いのベストを着込んだ職員を4人引き連れている。
「んん? ミカさん。なっ、なんで、ここに」
驚きのあまり、大きく目を見開き人垣を掻き分けてミカに駆け寄る。
「わかんない。大空洞の床が光って……ここへ」
「転層されたのか」
「うん」
「はぁぁ。ともかく無事でなにより。すぐ外に出ましょう」
†
「災難でしたな」
1時間後。俺達は、ギルドの王都支部へ連れて来られていた。
支部長とミレスとソファーセットで向かい合っている。
「ああ」
たった数時間のことだったが、かなり長く感じた。
「皆さん生還されたようで何よりです。そちらの、ミカ殿の検定試験中だったとのこと。王都支部を代表して謝罪致します」
「ああ、いや」
どこの迷宮にも、その入り口には、中で起こったことに冒険者ギルドは一切の責任を負わないと書かれた看板が立っている。今回もその範疇だ。ギルマスは形式的に謝ったに過ぎない。
「それより、ミナス殿より聞いたが、30人もの探索隊を用意して戴いたそうで。感謝する」
「いえ。当然のことです。しかし、第4階層の床が割れる罠など、これまで聞いたことがないのですが。ミレス君」
「はい。そのような発見は報告されていません」
「ふむ」
「それと、転層石を現地の転層スポットで使ってみましたが。罠の階層は表示されませんでした」
「つまり、大空洞の底から転層して戻って来られたのは、罠の一環ということですかね?」
「そう考えるのが妥当かと」
「いずれにしても、あなた方が落ちた罠がある第4階層は、現在立入禁止にしております。これより、大空洞の底を含めて厳重に調査致しますが……」
致しますが?
「……ここ何十年も報告のなかった罠が突如発動した理由について、ケント殿には何か心当たりはありませんか?」
「ないこともない」
「ほう。是非お聞かせ願いたいですな」
ギルマスが身を乗り出した。
「ミカ」
「えっ、ボク?」
「ミカが拾った物を、説明してくれ」
「ああ、うん。アニキ……ケントのアニキが履いているような靴が。そのう。リッチが消えた床に落ちてったっす、いや落ちていました」
「靴?」
「うん。なんていうか、この辺じゃ売ってないヤツ。とにかく汚かったけれど見たことがないような革の靴だった」
「ふぅむ」
ギルマスとミナスの顔が俺に向く。
「間違いなく、俺が転移してきた元の世界の物だった。バッシュ……いやバスケットシューズと言ってな、とある競技で使われる専用の靴だ」
「バッ、バスケ……トですか?」
「ああ。いずれにしても、意匠からして、この世界の物ではないことは、断言しておく」
ギルマスは、眉根を寄せて顎を摘まんだ。
「わかりました。それで、その異世界の靴は、今どこに?」
「さあ。その靴に俺が触れた時、突然転層陣が発動してな。俺も、パーティーの皆も持っていない。あるいは大空洞の底にあるかも知れないが」
「ミナス君」
「はい。すぐ手配します」
だが、何日か後。調査でも見つからなかったと聞いた。
「それはそれとして。その靴の持ち主が、あなた方が戦ったリッチだったと?」
肯く。
「では、あのリッチは、ケント様が居た世界から来た転移者だったということですか?」
エマだ。
「どうだろうな。その線で考えると、転移者同士。俺に何かしたかった……そう考えられないこともない」
「悪くない解釈ですな」
「ああ」
ギルマスは少し上を向いて思いを巡らせていたようだった。
「わかりました。ギルドとして伺いたいことは、全て済みました。本日はご足労ありがとうございました」
「ああ、俺からも、ひとつ訊いても良いか?」
「何でしょう?」
「ミカのことだ。ミカは、合格したか?」
彼女は、ビクッと身を固くした。
「ミナス君」
「ああ、はい。伝達が遅くなりましたが、検定結果お知らせ致します。途中で試験官とはぐれてしまいましたが、パーティーメンバーを全員生還させた事実を鑑み。冒険者ギルドは、ミカ殿を正式な斥候職と認め……」
認め?
「クラン・ミュラーズでの活動を認定します」
ん?
試験は、もしかして、ミカが俺達とやっていけるかどうかを……。
†
「はい。どうぞ」
「ああ、ありがとう。おかみさん」
青銀の換金やら、なんだかんだ済ませて帰って来た頃には、もう夕暮れ時になっていた。皆、疲れているから、これから家事はということで、途中でレリック屋に寄ることにした。
それにしても、まだ10回も来ていないと思うが。何だか、昔からの馴染みの店という気がするんだよな。危機を脱すると、何気ない日常の見方が変わるというのは本当らしい。
「はーい。エールも運んできたよ」
木のジョッキを持ってリザがやって来た。
「ああ、悪い悪い」
「ミカは、ブドウ汁ね」
「ええぇぇぇ」
不満そうだが、エールを飲んだら俺かエマが背負って帰ることになるのだ。またにしてくれ。
「じゃあ、ケント」
「ケント様」
何か喋れということらしい。
「ああ。今日は大変だったな。クランリーダーとして、皆をかなり危ない状態に陥れたことを深く反省する」
「アニキ。そっ、それはボクが……」
「ああ、そうだな。ミカを含めて俺達はまだまだ未熟だ。これから、為すべきことは多い」
リザもエマも肯いた。
「だがともかく。みんな無事で良かった。省みることも重要だが、まずは喜ぶべきだと思う。そして、祝おう。ミカの合格もな」
「うん! ありがとう。アニキ。それにアネゴに、リザも」
「じゃあ、乾杯だ!」
「「「乾杯!!!」」」
3人の顔を眺め、俺は転移されてきて以来、味わうことのなかった喜びに浸っていた。
† † †
「異世界にコピペされたので剣豪冒険者として生きてゆく_だが魔法少女に回り込まれてしまった」
完結
本話を以て、この作品の完結と致します。お読み頂きありがとうございました。
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訂正履歴
2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)




