77話 敵
強敵と書いても友とは読みたくない。
「ケント様。幽鬼と対峙できるならば、恐縮ながら、しばらく時を」
時間を稼げということか。
『エマは聖属性、退魔法の使い手です』
策があるらしい。
「任せろ!」
俺は迫る幽鬼を斬り飛ばしながら、仲間の前で立ちはだかる。
むう。幽鬼が左右に分かれた。
挟み撃ちか。
大きく回り込んでいく数体に、やはり黒い影が襲いかかった。
「レダ!」
彼女の光る爪が、牙が幽鬼を切り裂いていく。
『ほう。複合個体として連動しますか』
よくわからないが、その獣相のレダも俺と同じ属性を帯びるらしい。
おっ。
背後から魔力が、いや魔力と呼ぶにはどこか温かく感じる力場が膨れ上がる
~~ ルールシァ レ ルールシァ……
詠唱。エマだ。
…… レーザリク ローザリム ディス エイダム 大いなる神の御名に依りて 降魔退散 ~~
陽炎のような光束が、俺の右を超高速で通過。
リッチのまわりのもやが吹き飛んだ。
おお、効いている。
骸骨が顎門を開け、痙攣を始める。
─── ザァマァダァ レイズゥ
リッチが杖を持った右腕を挙げると、次々に退魔法へ体当たりしていく。
なんと!
最初数体の幽鬼は霧散した。が、それでも次々と、飛来。5体、6対と身を挺するにしたがって、勢いが削がれ、やがて退魔法が消滅した。
リッチは愉快そうに無声で笑うと、再び黒いもやをまとい、負の魔力が高まっていく。
「はぁはぁ、あのような手管があったとは」
エマは顔を顰めた。
彼女の言う通り。自らの眷属を盾に使うとは、えげつないことをする。
「エマ。今のを、もう一度撃てるか?」
「いいえ。すぐには」
「そうか」
「私だって、居るんだからね!」
リザ?
「ケント、避けて!」
「ああ」
数歩横にずれるとリザが放った魔法が、俺のすぐ横を空気を切り裂いて飛んだ。
飛礫。
うなりを上げて、リッチへ。
直撃───だが。寸前に別のうなりが打ち消す。
敵の周りを周回する気流が瞬時に勢いを増し、氷の弾群はみるみる速度を失って無効化された。
「ああぁ。くぅ」
リザが嘆息する。
あれを無効化するか。
『あの渦。魔法で作った気流ですが、物理障壁でもありますね』
聖属性魔法には幽鬼、実体には気流か。
しかし。
気合いを込めて、一直線にリッチに突っ込む。
ボロボロのローブが翻ると、ヤツの周りの気流が膨れ上がる、だ。砂塵を巻き上げて猛烈な勢いで迫ってくる。
意に介さずつっこみ、巻き込まれる直前に身を翻す。
渦巻く気流を飛び越え、宙から敵に迫る。
上からなら───
性懲りもなく眷属を次々生み出すが、俺はその端から切り裂いて。頭から突っ込んでいく。
届く。
レダの切っ先が骸骨に迫った時、リッチを守る渦が持ち上がった。
風をつんざいて進む俺を横風が襲った。傾きを変え上昇気流となる。
くぅ。
重力に逆らって、吹き飛ばされる。
壁だ。
身体を捻って壁を蹴り、着床。
あともう一歩まで迫ったが、
はぁはぁ……上にも死角はなかったか。あの渦巻く気流、厄介だな。
だが。
敵も警戒するように、大空洞の中程から僅かに後退した。
何をやる気だ?
両手を高く掲げて、下顎を何事か震わせている。
聞こえないが、詠唱か。
もう、時は残されていないのかも知れん。
†
「ケント、大丈夫なの? 怪我してない?」
彼は、リッチに飛び掛かっていって、吹き飛ばされた。とりあえず、足から降りたように見えたけれど。歩いてこちらに近付いて来る。一応大丈夫かな。
「ああ。リザ」
ケントは大きく肩で息をしている。
「待っていて。もう少し魔力を練ったら、雷撃魔法で」
「雷撃か」
ケントの眉が上がった。何か考え込む風。
アタシの雷撃が信用できないのかしら。そりゃあ、この前巻物をかったばかりで、彼には撃ったところを見せたことはないけれど。
「そうよ。雷撃ならあの気流も」
「確かに気流を突き抜けるかも知れないが、別の手段で防がれるかも知れない」
「でも!」
「ああ。今から、俺はもう一度突っ込む。合図したら俺に雷撃を撃ち込め」
えっ?
「なっ、なんでケントに?」
「いいから。任せろ」
「それで、大丈夫なのよね?」
しかし、ケントは答えず、にぃっと口角を上げて笑っただけだった。
くう。
それどころじゃない。
リッチが、凄まじい魔界を放ち始めたからだ。
─── ナァァァガァァァァ
咆吼なのか、呪文なのか。わからない敵の声。
「とにかく、リッチはヤバい攻撃をしてきそうだ。もう時間が無い」
それは、アタシにもわかる。
「たのむぞ」
「うっ、うん」
真剣な顔だったわ。
「ケント様、そろそろいけます」
ああ、エマも気合いが入ってるわ。
「ああ、だが。エマの魔法は最後の最後まで取っておくんだ、いいな!」
「はっ、はい。わかりました」
ケントは、何をやる気なんだろう?
地響き。さっき扉が開いた時とは比べものにならない。もっと下から突き上げるような揺れが何度も来る。
「行くぞ」
ケントは、やや微笑むと石畳を蹴って走り始めた。
速い。
でもリッチに向かっては行かず、右に。やがて、気流の縁を回り始めた。
「そうか、気流に沿って走れば。リザさん!」
「わかってるわ、エマ」
アタシもエマも魔圧を上げていく。いつでもケントの合図に応えられるように。
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訂正履歴
2023/09/17 人名間違い レダ→リザ(ID:1576011さん ありがとうございます)




