76話 幽鬼
お休みを戴きました。完結まで本話含めてあと4話となります。
大空洞の底。
見上げた第5階層に屯する人達と声を掛け合っていると、音もなく吹くはずもない風が渦巻いた。
床に僅かに溜まっていた砂塵を巻き上げる。
おぞましさが背筋を駆け上ってきた。
「何、あれ?!」
「みんな、壁際まで下がれ」
階上からも、響めきが起こる。
小規模な竜巻が黄金の靄を生じ、そして膨れ上がった。
何か居る。
渦の中に陰が? 砂塵が作る不可視の壁が薄れていく。
「ミイラか」
顔形ははっきりしないが、骸骨に薄く皮膚らしき物が残存した姿。上半身には暗褐色の破れたローブらしき物を身に着けている。
これまで戦った魔鉱獣とは異なる、負の魔圧を感じる。
「あれはリッチです」
リッチ───
『魔法士が自ら、邪法をもって額に魔鉱を取り込み不死化した物です』
元は人間かよ。
確かに額に黒い結晶のような塊が、埋め込まれている。
─── ザァマァダァ レイズゥ
魔法?
リッチは短い詠唱のあと、ボロボロとなったローブに包まれた腕を揮った。
その途端。蒼黒きガスが産まれて凝集していく。おぼろげに人型を象ると、5、6体とこちらに迫ってくる。
敵対決定だ。
「ケント様、私の槍を」
「おお」
保管庫から銀の長槍を取り出し、エマに放り投げる。彼女が初めて現れてきた時に持っていた物だ。ここまでは狭い迷宮内を舞台にしていたことで使えなかったが、ここなら槍も縦横に揮える。
~~ ………… ディス ジィークス 大いなる神の御名に拠りて 聖絶を纏わん 聖装 ~~
エマが槍を構えて唱えると、全身が淡く輝いた。胸当てには削り取ったはずの花紋様が、光って浮き上がる。
「ケント様、あれは幽鬼! 生気を吸います、ご注意を」
幽鬼?
ぼやけているが鎧騎士の姿。そいつらが結構な勢いで飛来して、俺に斬りかかる。
余裕で受け止め……何?!
相手の黒い剣が、レダ剣を擦り抜けた!
バックステップを踏んで間一髪避けた。あれはまずい。
剣で斬れないのはともかく、受け止めすらできないとは。
おぞましすぎる。
俺は無様に転げるように避けまくって、体勢を整えると幽鬼に斬り掛かる。が、レダ剣は、そのまま擦り抜けた。
だめか!
エマ達は!?
恐慌に陥りつつ振り返ると、幽鬼が集っているものの、エマが立ちはだかっている。彼女が槍で突くと、黒い靄が四散する。
あれが聖属性の退魔法か。
『ご主人様、剣に火焔を! 高温の焔は、聖属性を帯びます』
早く言え!
発動───≪火焔≫───
頭上からの振り下ろしをレダ剣で受け止め……ることはできなかった。
ぬるっと侵食してきた。悪い予感が当たり、あわてて払いのける。
『ふむ。虚数空間と時間多重で存在する物ですか。では、剣自体に聖属性を持たせましょう』
『どうやるんだ?』
剣閃を避けながら訊く。
幽鬼だかなんだか知らないが、やつらの剣技は手練れと言って良い。避け続けるのは厳しいぞ。
『剣に聖句を刻みます!』
聖句?
『分かった任せた。早くしてくれ!』
『だめです』
「はっ?」
『聖句は御主人様が決めないと、効果がありません』
『はあ? 聖句なんて、急に思い付く訳ないだろう』
『早く! 幽鬼などにやられたくはないでしょう! 地球の聖句でかまいません。文字のイメージを念じて下さい』
むぅぅ。かまわないと言われてもな。
そもそも、俺はまともな信仰なんて持ってない。当然聖句なんか心当たりがない。
そうだ。爺様の道場に掛かっていた掛け軸を思い浮かべる。
『場所ではだめです。せめて、神の御名。いや祈る対象なら、何の神でもかまいません。ご主人様の記憶にあるホトケでも』
ああ、確かに掛け軸に書いてるのは神社の名前だ。柛命? 知らん。だめか。
後は、ホトケ? 仏か。
そのとき母方の婆ちゃんの姿が浮かんだ。なぜ婆ちゃんが?
ああ。そうか。夏休みに遊びに行くと、でっかい仏壇があって、朝晩その前でお経か何かを唱えていた。
吸い込まれるように意識が深く沈むと、光景がありあり浮かんだ。
『お婆ちゃん』
仏壇の前の祖母の横に、男の子がちょこんと座った。
『まあ、賢人ちゃん』
俺か。
『なんて言ったの? 忍術?』
『ほほほ。忍術じゃないわよ。大日様の真言よ』
『シンゴン? なんて言ったか教えて?』
『いいわよ。こうやって手と手を結んで。そうそう。こう唱えるの。アビラ『ご主人様!!』』
「うわっ」
いつの間にか目の前に幽鬼が迫っていた。床に転がって避ける
くぅ、間一髪。考えると避けるのがおろそかになる。
ちい。真言は、まだ続いたはずだ。
アビラ、その後は何だ? 思い出せそうだったのに霧散した。
婆ちゃんは、なんて言っていた?
ジグザグに走りつつ、考える。
『幽鬼が目の前まで来たら教えろ、アイ』
今は集中だ。
まだ少し若かった祖母の顔が鮮明となり。しかし、口を閉じた。
ああ、なぜ黙る。婆ちゃん、教えてくれ!
アビラ……やっぱり、婆ちゃんの姿は、そこで黙ってしまう。
ん?。
もしかして黙ったんじゃないのか? 口を閉じても出る声。
アビラ・ウン……アビラウンケン───
真言が形を得た瞬間、レダ剣がまとった焔が消え去った。
剣身が、ほのかに白く明らむ。代わりに俺の魔力が持って行かれた。
なんだ。剣が軽い。
無心に揮うと、黒い幽鬼が剣身に当たる端から、ちじぢりに細切れとなって消えていく。
行ける! やっと体勢を戻した。
振り返ると、より多くの幽鬼が仲間達に殺到している。
このやろう!
今まで自分を守るので手一杯だった不甲斐なさに怒りを覚え、背後から斬り付ける。
むぉ。鍔のすぐ上に、真言が刻まれている。
阿毘羅吽欠。
こういう文字だったかな。俺の記憶のどこかにあったらしい。
「ケント様!」
「援護できず、悪かった」
再度振り返り、リッチに対峙する。
ヤツはまるで笑うように下顎をゆらすと、再び右腕を挙げる。
ちぃ、無尽蔵か。
またもや蒼黒き影から、何体もの眷属が生じる。
袈裟斬り、切り上げ、振り降ろし。
空を斬るごとく手応えは全くないが、レイスを屠っていく。
『ほう。地球の聖句も、なかなかのものですね……太陽神ですか』
『神様ではなく、仏様だ』
『神と仏。差がよく分かりませんが、まあ効果があれば結構です』
俺もよくわからん。
まあ、こんなに御利益があるなら、地球でも祈っておけば良かったかな。
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