75話 希望の泉
お盆ですねえ。恐縮ながら来週土曜日は、お休みを戴きます。次回投稿は26日の予定です。
「ミカ、どうしたの!」
エマが問うたが、ミカは止まらない。
「大丈夫、アネゴ。罠はないよ」
妙に興奮している。
「追うぞ!」
皆で先行したミカを追う。
この先に何があるんだ?
50メートルばかり走ると、リザの息が上がり始めたので、彼女の手を取って引っ張る。
ミカが通路を右に曲がった。
「あぁぁ」
その向こうから、悲鳴混じりの声。
なんだ? どうした。
遅れ始めたリザを待って再度駆けると、ようやく角の向こうが見えた。
「行き止まり!」
曲がり角のすぐ先。通路が突然途切れて、石壁に囲まれてしまった。
「なんで?」
「ここまで。分かれ道……なんて、なかったじゃない」
ゼーゼーと呼吸の荒いリザの言う通り、ゴーレムを斃した広間から、何度か折れ曲がったが分岐はなかった。見落としはないはずだ。
辺りを伺うが、特に壁以外何もない。
絶望に近い徒労感に襲われる。
いや、あきらめるのは早い。
「みんな、この辺りに何か仕掛けがないか確認だ」
「うん」
それでも見つからなければ、手掛かりを探しつつ戻るしかない。
「そうですね。ねえ、ミカ!」
行き止まりの壁に取り付いたミカは、声を掛けたエマを手で制した。
「水とは違う音がしてる」
音だけじゃなかった。地響きまで発し始めた。
罠か!?
「みんな、固まれ」
「「はい」」
行き止まりの壁から10メートルほど戻った場所で、俺を中心に集まり、さらに獣相のレダ2頭が周りを囲む。
ギギギ……
気色の悪い音と共に、目の前の壁が動き始め、やがて縦に割れ手前に回り始めた。
「どうなっているの?」
もしかして、向こうから何か来るのか?
気配はないが、剣を構える。
間もなく壁の割れ目から、明るい光が差し込んできた。そのまま見守ると、やがて人が1人通れるほど開いた。そして音が止み、壁も動きを止めた。
とりあえず、向こうから侵入してくる者はない。
ミカが扉に背中を付けて、隙間の向こうを覗いた。
「どうなってるの?」
「ここは!」
「ちょっと、ミカ」
エマが止めるまもなく、するりと隙間を抜けていった。レダが1頭、後を追っていく。
「やっぱり、ここだった。みんな出てきてよ!」
うれしそうな声だ。
エマとリザが俺を見た。肯くとエマから隙間を抜けていく。リザが続き、最後に俺ともう1頭のレダが通り抜けた。
「なんだ、ここは」
皆が口を開けて見上げていた。
吹き抜け?
なんだ、ここは!
どこかの商業施設かと見まごうような直方体の大空間。
視線を水平に戻すと床は石畳で、差し渡し30メートルはあろうか、とにかくひろびろとしている。そこから大きな四角い壁に囲まれている。
その底に、俺たちは立っていた
「ここって、もしかして? ミカ」
「うん。大空洞っすね」
大空洞?
「おい、見ろ。底に誰かいるぞ」
男の声?
上だ。
俺たちが居るところから20メートルほど上方。よく見ると、壁に取り囲むように隙間がある。テラスのような縁があるように見える。
そこから、顔が見えているような?
俺の強化された視力を持ってしても、この距離なのに、なぜかぼんやりとしか見えない。
んん?
ああ、網のような物で隙間が覆われているみたいだ。声に続いて、次々と網越しに顔が覗いて、こちらを見下ろし始めた。
「おーい」
その高みから呼び掛けがあった。
「おおーーい」
ミカが、大きく腕を振りながら返した。
「君らはどうやって、そこへ降りたんだ?」
「降りることは、ギルドから禁止されているだろう。なぜ破ったんだ?」
はっ?
「アニキ、ここは大空洞っす。あそこ、人が居るところは第5階層……あそこから、底まで降りてはいけないことになっています」
「そうなのか?」
「第5階層まで来たら、みんなに説明しようと思っていたんすよ。どのみち、網で囲われているから、それを破らないと降りられないけどね」
ふむ。
「アニキ。答えますよ」
「ああ」
「ボク達は、第4階層にある罠から落ちて、この扉の向こうから出てきたんだ。来ようと思って来たわけじゃない」
「罠? そんな話は聞いた事ないぞ!」
「ああ、聞いたことねえ」
「おい、あそこ。壁に扉があるぞ」
「そんなバカな。あんな扉なんて、前はなかったぞ!」
「今はあるじゃないか」
なんか揉めてるな。
「本当だって! ボク達が罠に落ちたところは、ギルドのミナスさんが見て居たはずだよ。クラン・ミュラーズのパーティーが大空洞の底にいるって、誰かギルドの職員さんに知らせて! 後でちゃんとお礼はするからぁぁぁ!」
それは良い考えだ、ミカ。
上の方の騒ぎが大きくなり、眺めている人が増えてきた。
「ああ、ミュラーズな。わかった! 俺はドゴスだ! これから帰る所だから、職員に知らせてやる!」
「ありがとう、おっちゃん」
おっちゃんって。
「ありがとう。恩に着る」
俺も言い添えた。
「ああ、待ってろ」
うん。ミカの声が切実だったからか、信じてくれたようだ。
網を一部外して、縄を降ろしてくれれば、なんとか上に昇ることができるだろう。
「もしかして、アタシ達は助かる?」
「そうですね。上から綱を下ろして貰えば、よじ登れますね」
「ええー。アタシは無理よ」
リザが俺の方を向いた。
どのようにして、あそこまで上がるかはともかく。俺達以外の人間に連絡が付いたのは歓迎すべきことだ。だが、安心するのはまだ早い。
「ミカ、あれはなんだ?」
俺達が抜けてきた隙間の左側。
壁の2メートルほどの高さから、滔々と水が滝のように落ちている。床に開いた窪みに滝壺のようになって溜まっているようだが、水はあふれてはいない。
「あれは大空洞の泉。第五階層の給水所だよ。あのつるべで、水を汲み上げるの」
ミカの言った通り、見上げると綱の先に桶が結わえられたつるべが、ふた揃え降りてきている。
「じゃあ、あの水って、飲めるの?」
「迷宮では、おいしい水で有名っすよ」
「そうなんだ。アタシも汲んでおこう。ケントも水袋出して」
「ああ」
収納から出して、リザに渡す。まだ、別の水袋も収納してはいるが、給水できる内にしておくのが良い。
「ミカは、さっき……」
「ん?」
泉で水を汲んでいる、彼女に話しかける。
「壁の向こうの水音で、ここに通じているって、気が付いたのか?」
「うん。ここに泉があるって知ってたし、何か流れる音も似てたし」
なかなか勘が良い。耳も良い上に、洞察力があるのか。本当に斥候職向きだな。
「そうなの?」
「もちろん」
「だからって、焦って1人で先行したら駄目よ」
「うん。わかったよ、アネゴ」
「はい。ケント」
「ありがとう」
リザが、重そうに水袋を渡してきた。彼女の水袋も持ってやりたいが、水は生命線だからな。各人が手元に持っておくべきだ。
†
大空洞の底で待つこと、15分ぐらい。
「ミカさーん」
上の方から、聞き覚えのある声がした。
「あっ、師匠だ! 師匠ぉぉぉお!」
「無事かぁぁあ?」
「うん。大丈夫だよ!」
しかし、ミカが答えた時、異変は起こった。
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訂正履歴
2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)
2025/09/29 誤字訂正(ferouさん ありがとうございます)




