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74話 兆しを告げる音

その昔、若い頃。無響室に籠もって騒音試験をやっていました。複数人で籠もっていると、聞こえる聞こえないで対立することがあって。まあ、高音(10kHz以上)の場合は、大体は若い人間の言うことが正確なんですよねえ。

 ゴーレム3体を斃して広間は抜けたものの、その先の通路では転層陣も階段も見当たらなかった。

 あの罠の規模だ。さすがにこれ位で帰してくれないかと思い直す。


 とはいえ、引き続き罠の渦中を進むしかない。

 下り勾配がついた通路をゆるゆると200メートルばかり真っ直ぐ歩くと、少し広い部屋に突き当たった。


 おずおずと、ミカが入っていって調べたが、特に何かあるわけでもなかった。割合清潔そうなので、ここで小休止を取ることにした。


 絨毯を保管庫(ストレージ)から出庫する。

 実は昨日ゴザを買おうと思って市場で探したが、以前見掛けた行商人が見つからなかったのだ。絨毯屋はいくつもあったのだが。

 それでも、帰りがけに、エマが大丈夫です、問題ありませんと言っていたが。どうするつもりなのだろう?


 そう思っていると、リザとミカに続いて、あっさりエマも靴を脱いで上がり込んだ。この前の迷宮ではあんなに嫌がっていたのに、今日は躊躇(ちゅうちょ)しなかった所をみると、何か対策したのだろう。おっと。足を注視したくなったが、どう考えても失礼なので思い留まる。

 

 何事もなかったようにテーブル代わりの木の板と、茶器、すでに茶を淹れたポットも出庫する。すると、エマがめいめいに注ぎ始めた。

 あとお茶請けに焼き菓子も出す。


「ミカ」

「なんです、アニキ?」

 答えつつ、眼は菓子に釘付けだ。昨日買いに行ったときは、ミカは同行していないからな。

「今、何時頃だと思う?」


「今ッスか……もう少しで11時ですよ」

 なんだ、そんなことかという態だ。斥候職は時間感覚に優れるそうだからな。

 この迷宮に入ったのは、9時過ぎ。


「俺と感覚は一致しているな」

 リザが、何度か瞬きした。

「えっ、そうなの? 迷宮に入ってずいぶん経った気がするけど、まだお昼になってないのか」

「ええ? お腹が空いてるの? リザ。あっ、ありがとう、アニキ。えへへ」

 ややしっとりしたクッキーぽい何かを皿に載せて渡すと、ミカはリスのように(かじ)り始めた。


「ケント様、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 湯気が立ち上るカップを受け取って、代わりにリザとエマにも菓子を配る。


「リザさん。迷宮に入ると時間を長く感じるものです。お茶どうぞ」

「そうなのかなあ。あっ、ありがとう、エマ」


「そうだな。逆に時間を短く感じる方が危険だ。疲れていることに気づいていないことが多いからな。皆で誤解のないように時々共有しよう」

「そうですね」


「共有といえば。さっきの部屋で、皆さんは、レベルアップしませんでしたか?」

「したした」

 エマの問いかけに、にんまりしたリザを含めて、皆が肯く。


「そうか。じゃあ、エマからレベルと、何か変わったところがあれば教えてくれ」

「ああ、はい。私は騎士レベルが一気に5つ上がって、27になりました。ケント様のおかげです」

「いや、そんなことはない」

 騎士は剣士、戦士の上級職だ。ARを表示したら、A27と見えることだろう。


「ミカは?」

「へへぇ……聞いたら驚くッスよ。7つ上がって、29になったッスよ」

「おお、すごいな。もうすぐ30じゃないか」

「うん。でも師匠(ミレス)は、レベルが高くても技術が伴っていないと駄目だって、何度も言われた。もっとがんばらないとね」

 ふむ。あのおっさんもなかなか良いことを言う。


「その通りだが、先にレベルが上がれば、技術習得は若干楽になるようだぞ」

「そっ、そうかな。あっ、アッチ」

 あわてて、カップを唇から離した。レベルアップしても猫舌はそのままか。

 それにしても、今回得られた経験値は多かったな。

『確かに単体当たりでヒュージ・ブルの経験値を超えたのは初めてです』

 アイ。嫌なことを思い出せるなあ。


「リザは?」

「アタシは、魔法士が50になったわ」

「おおう。おめでとう」

 何か少し格好付けているが、立派なものだ。

 魔法士は、レベルアップに必要な経験値が途中から加速度的に増えていき、簡単に上がらなくなると、この前アイが言っていたからな。


「そうですか。リザさんも、ついに高位魔法士ですか。当然黒魔法系ですよね」

 エマも笑顔で肯いている。

「うん。そういうエマは白魔法系だよね」

「はい」


「高位というのは、何か魔法士と違うのか?」

「ああいえ。高位魔法士というのは明確な職能(クラス)ではないのですが、一般に50レベル到達でそう呼ばれます。このレベル前後になると、魔法発動の集中力が上がり発動時間短縮と、消費魔力が減少します」


「そうなのか。リザ、自覚はあるか?」

「まあ、なんとなくね」

 頼もしいな。


「でも、エマの高位魔法士取得はすごいよね、魔法士が天職じゃないのに」

「ああ、いえ。聖職者は、退魔魔法の習得で経験値がかさ上げされますので」


 ふむ。

 最近は互いに認め合っているなあ。


「アタシ達のことより、ケントは? 剣が凄く魔力を放っていたけれど、あれって魔法よね?」

「ああ、新しく魔剣士という職能(クラス)を得た。今ではレベル23になってる」

「おおぅ、マケンシって何? どんな職能?」

 リザがうれしそうだ。


「確かに聞いた事がない職能ですね。剣技の他に、黒魔法を併用できる戦士のことですか? ケント様」


「ああいや。アイによると、魔法剣を扱うことができる剣士のことだそうだ」

 さっき、道々説明してくれた。そもそも魔法剣を持っていないとなることができないらしい」

 あとは魔力を供給できることも必要だそうだ。

「魔法剣とは、レダ剣のことですね」

「ああ」


「へえ、そうなんだ。新しい職能とはいえ、一気にレベルが23まで上がるんだねえ」

「あのゴーレムの経験値は高かったからな。これから先に居るだろう敵の強さが思いやられる」

「でも、魔剣士なら……」

「そうですね、あの技の冴え」

 2人の目に期待がこもっている。


「いや、あまり買い被らないでくれ。魔剣士と言っても、今のところ剣に魔法の刃がつくだけだ。まあ、レダのおかげで、ゴーレムを斃せたのは事実だが」

 俺のすぐ横で寝そべったレダの背筋を()でる。


「そうだとしても、みんなと連携が重要なのは変わらない。これからも頼むぞ」

「はい」

「もちろんよ。アタシはケントの相棒だからね」


     †


 休憩だけでなく、あそこで昼食もどうだという話をしたが、食料も限られているので菓子も食べたし、節約しようとエマが主張した。皆が賛同したので切り上げて、ふたたび通路を進み始めた。


 それから15分も進んだ頃。

 まただ。

 先行しているミカが首を傾げた。

 さっきもそうだったな

 何かの前兆を感じているのか? 罠とか。


「どうした? ミカ。何か感じるのか」

「えっ、また罠なの?」

「違うよ、リザ。 でも、なんか、音が」

「音?」


 一斉に黙ると、辺りを見回す。


「いや。何も聞こえないわよね、エマ……」

 リザが答えたが、微妙に不安そうだ。問われた方も首を振る。

「そうですね。ケント様は、いかがです」


「俺は……心なしか、右の方が気になるな」

「右?」

「いや、右って言われても」

 確かに。俺達の右側にあるのは壁だけだ。


 だが。

「そそ! さすがは、アニキ。右だよね」

 我が意を得たりと、ミカが上機嫌になった。


 リザとエマが疑わしそうに顔を見合わせる。それにもめげず、ミカはつつっと右へ寄ると、石壁に耳を当てた。


「あっ!」

「なんだ?!」

「なんか流れている。壁の向こう」


 何だと?

 俺も同じように壁に耳を当てた。


「ああ。結構な量の何かが流れているな」

 チョロチョロという感じではなくて、ザーーというそこそこ流量がある音が聞こえる。


「もしかして!」

 突如、ミカが小走りで進み始めた。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


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訂正履歴

2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)

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