73話 リターンマッチ
いぁ、暑いっすねえ。バターじゃないけど融けそうです。
アイは、レダ剣の切っ先を床に押し付けろと言った。
床は、いかにも堅そうな石畳だ。どういうことだ?
『ご主人様』
圧を込めて促された。
「わかった」
ストーンゴーレムに切りつけた俺だが、あまりやりたくはない。ゆっくりと切っ先を石に近付け、意を決した。
「……なっ!」
やってみた結果に、我が眼を疑った。
剣が石畳に刺さっていくのだ。
「うそだろ。凄いぞ」
押し付けるどころか、剣を床に当てただけだ。
手の感触では、精々剣の重みだけが掛かっているに過ぎない。にもかかわらず、まるで焙ったナイフがバターの塊に喰い込むよう沈んでいく。
キッキキキィィキイィ。
耳障りな金属音が響く。
超音波振動なのか?
『いいえ。魔法外斥の斥力の共鳴です』
『いや、斥力と言ったって。砂を僅かに動かすぐらいの強さだったろう。なぜ石を融かすことができるんだ?!』
『斥力は距離の2乗に反比例のようです。砂の移動量が小さかったのは、ご主人様の魔法力のゲージ粒子の特性ですね』
『ゲージ粒子の寿命の問題ということか。外斥の斥力が、一定距離までしか効かないが、その範囲内での力は強いと』
『流石は、文明レベル4.9の惑星出身ですね』
それって、褒めているのか?
『ともかく。突き刺すだけじゃなく、斬ってみて下さい』
はぐらかされた。まあ良いけど。
剣をゆっくり引いてみる。
おおっ。斬れた。30センチほど、石畳を切り裂いた。
ふむ。さっきは全然力が要らなかったが。速く斬ろうとすると、ごく僅かに抵抗がある。
『なるほど粘性抗力ですね』
『運動方程式の速度項か』
つまり、ゆっくり動かせば大した抗力にならないが、速く動かせば───
壁まで近付いて、正眼に構える。
袈裟懸けに振り降ろす。
おぉぉ。
理論通り、抵抗が増した。それでも魔鉱獣を斬った時の感触ぐらいのものだ。
すごいな。レダ。それに魔法レプール。
「ちょっと、ケント!」
「なんだ、リザ?」
「今、何をしたの? 壁を斬らなかった? うわっ」
石壁に剣の軌跡が走り、その下がガラガラと崩れた。
これなら、行けるか……うっ! くぅぅ。
「ケント、どうしたの? ちょっと、ケント」
「ケント様」
「あっ、ああ。胸が、もう大丈夫だ。リザ、エマ」
短い間だったが、何か大きな手で掴まれるような苦しさを感じた。
「ああ、事後硬直よ。アタシも昔になったし、魔法士は、みんなそうなるって聞いたわ。何かケントのは、きつそうだけれども。攻撃魔法の反作用よ。人によっては足が竦んだりするけど。ケントは胸なのね」
心配そうな顔だったが、やや緩んだ。
『リザが言った通りです。攻撃魔法に対して多量の魔力使うと、一時的に発生します。慣れるまでは、今のようなことに』
それでも、やるしかない。
ふぅぅと長く息を吐く。
「行くの?」
「ああ。エマ、レダ。皆を頼むぞ。リザ、援護を頼む」
「「はい」」
「えっ、アニキ。ボクは?」
少しふくれっ面のミカだ。
「ミカは、エマの言うことを聞くんだ」
「へぇぇい」
「行ってくる」
軽く駆け出すと、さっきゴーレムが動き出した位置寸前で全速力へ───
遅い!
やつらが本調子になるまで、待ってやる義理はない。
3体が俺を振り返る緩慢な右旋回のさらに右!
脇構えにから剣を左に引き───横っ飛び、一文字に始動。
発動───≪外斥≫───
鈍く輝いたレダ剣は、右端に居たゴーレムの腿へ吸い込まれ……そのまま片足を真っ二つにした。
恐るべき斬れ味が、俺を総毛立たせる。
解除───
手応えを信じ、さらに右へ踏み出す。
しかし、ゴーレムも然るもの。
真ん中に立ったやつの右腕が唸りを上げた。
動きの悪い足下とは別物だ。
無生物の動き。
発動───≪外斥≫───
斬り上げ!
旋風とともに、ヤツの上腕と切り飛ばした前腕が俺の両側を擦過。
そのまま体を入れ替え、袈裟に一閃。
2体目の膝裏を切り裂いた。
解除───
クゥ。
連撃が祟ったか、俺の胸を圧力が襲う。速力が緩む。
さらに右。躍り出た3体目。
その巨体で良い連動だ。スローモーションのように戦慄が脊椎を駆け上ったとき。
白い突風が激突───
ゴーレムはよろけ、たたらを踏んだ。
発動───≪外斥≫───
魔法行使を念じるのと、すれ違ったのが同時。
我に返ると、頬を幾筋も汗が伝っていた。斬った感触は腕と手に残っているが、最後の1体はどう仕留めたのか記憶がない。
いつ以来か。
俺は、大きく肩で息をしていた。
振り返ると、原形を留めない岩くれが散乱していた。
その向こうから、仲間達が駆け寄ってくるのが見える。
腹の底から、喜びが沸き立った。
≪ストーンゴーレム3体を斃しました≫
≪基準経験値8244を得ました!≫
≪獲得経験値逓倍:256倍を適用,経験値2110464を獲得しました!≫
≪青銀376542gを得ました!≫
≪職能:魔剣士 を得ました。:レベル1≫
≪職能:魔剣士 が昇格しました!:レベル2≫
:
:
「ケントォォ」
飛びついてきたリザを受け止める。
「凄かったぁ。惚れ直しちゃった」
「うっ、うん。そうか……ああ、さっきは助かった。胸が苦しくて、反応が遅れたからな」
「えっ。胸? リーザに治してもらう?」
「いや。もう大丈夫だ」
変態しそうだったので、あわてて止める。
いつの間にか、痛みは消えていた。
「それよりさっきのは、新しい魔法か?」
「うん。衝撃波魔法だよ。この間、買って貰ったやつ」
「あのう」
エマだ。
「不粋とは思いますが、あれを」
対面の扉が知らぬ間に開いている。
「そうだよ、アニキ。いつ閉まっちゃうかわかんないよ」
「そうだな。よろこぶのは、ここを抜けてからにしよう」
リザを下ろして、扉を通り抜ける。
ギギギ……。
皆が通路に出ると、待ち構えていたかのように、背後で扉が閉まった。
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剣術用語 補足
八相の構え:刀身を垂直に立てて、手を頭のすぐ右側に位置させる構え。左足が前となる。
袈裟斬り:斜めに振り降ろす斬り方(垂直の場合は真っ向斬り)
正眼の構え:切っ先を相手の顔に向ける構え(中段の構え)
霞の構え:八相の構えから、刀身を敵の方へ水平に倒した構え。身体は右方向に半身となっている(左足が前)
脇構え:霞の構えと体勢は同じだが刀身を右後へ水平に引いた構え
一文字:水平に刀身を揮う斬り方
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