71話 ゲートキーパー
ゲートキーパーといえば、先月行った解析ソフトベンダーの門番さんが厳つかったなぁ。
通路の区切りに居たミカに追い付くと、中が見えた。
彼女が叫んだ通りの広い部屋だ。罠でたどり付いた部屋よりにもデカい。差し渡し30メートルもある、大ホールと言えるレベルだ。
丸い? いや8角形の壁で囲まれている、異質な空間。
「アニキ。あそこに、なんか居るよね」
その中央をミカが指した。
そう。最も異質なのはそこだ。
微動だにしない。石像か? 色も岩石ぽい灰色だしな。
形は2足歩行の何かだが、はたして人型と言えるかどうか? 肩の上面が頭より高い位置にある。手長猿の肩が盛り上がって、頭部が埋まったような見た目。ただ体長はゴリラ以上、見上げる高さだ
それが3体───
『あれは、ヤミル』
「ヤミル……」
「そうです。古い伝承がある魔物を象った石像ですね。よく、名前をご存知でしたね、ケント様」
追い付いたエマが肯いた。
「ああ、いや。アイがそう言ったんだ」
だが、この広間にある限り、単なる像であるとは思えない。今にも動きそうに見えるしな。
『お考えの通り、あれはストーン・ゴーレムです』
『ゴーレム……地球での意味と同じか?』
アニメで視たか、あるいは小説で読んだことがある。
『はい。ゴーレムとは自動機械であり自律人形です。ここの門番でしょう』
ゴーレム達の向こうに見える扉以外に進路はない。あいつらを斃さないと、ここは通れないということか。
「俺とレダで踏み込む。皆は、この辺に居てくれ。エマは防御、リザは遠隔攻撃を!」
「「了解!」」
じりじりと進むと、床がジャリっと音を立てる。埃が溜まっている。滑らないように気を付けねば。
さらに近付いていくと、ヤミルが動いた。
ギシギシと硬い物が擦れ合う音が聞こえて来る。
「レダ、俺から離れるな!」
右にステップして、1体を引き付ける。
回り込みつつ間合いを詰めると、唸りを上げて腕が飛んで来た。身を屈めて風圧をやり過ごすと、両手剣と化したレダ剣を、俺の腰ほどにある膝裏へ叩き込み引く。
対鎧武者の常套戦術───
関節を狙え!
甲高い金属音と共に、線上に火花が散った。
くっ!
石像と鎧武者は同一ではないか。関節の内側も、また岩石か。
滑ったような手応えでは、精々罫書いぐらいの筋しか刻めていない。
残念ながら想定通りだ。
さらに揮われた右腕を掻い潜り、新たな形態を思い浮かべる。
この刃が効かなければ、獣相の攻撃も効きはしない。
「戻れ、レダ!」
形を喪った彼女は、細く伸びて剣に融合した。
ならば!
念を込めると銀の刃自体も、瞬時に黒く蕩けた。そして、レダは細く伸び、先端が屈曲した。
その形態は、もはや刃物ではなかった。柄の長い槌だ。それも鈍い円錐状にわずかだが尖っている。
両の腕が膨れ上がると、槌の先端は孤を描いて音速を超えた。
キンッと耳障りな音を発して、弧は石像の右膝上にぶち当たった。秒を経ずして幾筋かの亀裂が走る。が、そこまで。
クゥゥ。
敵は何事もなかったように右脚を踏み出し、小揺るぎもしない。こっちは激突時に瞬間的に持ち手を柔らかくしても、衝撃で掌が相当痺れているというのに。
右!
回り込んだヤミルの1体が俺に迫ってくる。
槌を揮うには、どうしても大振りになる。そして、攻撃直後は無防備だ。
どうする?
迷いが過ぎったそのとき───後方から光。火球が矢のように飛来した。
ヤミルに命中、大きく炎上した。
むう!
一撃を入れたヤミルの腕が飛んで来る。間一髪で掻い潜り、握力の喪失を無視して、第2撃を繰り出すと、吸い込まれるように亀裂の原点に突き刺さり、そして砕け散った。
グワッ。
情けないことに、腕ヘの衝撃を受けて、俺の方が声を上げてしまった。
片脚を失ったヤミルは、ゆっくりと傾くと、そのまま横倒しとなり轟音をあげた。
だが、快哉を叫ぶ間もなく、俺は後退した。なにごともなかったように、右からヤミルが焔の中から躍り出て、さらにもう1体が左から回り込んできたからだ。
4メートルも離れると、2体のヤミルは静止した。反応する範囲があるらしい。
倒れた石像は、眸と鈍く光ると弾けるように光が散って消え失せた。
よし。
なんとか、1体斃したようだ。
「ケント様、大丈夫ですか? どこかに攻撃を?」
リザがリーザに変態しながら、飛んできた。
「やられては居ない……が、手が痺れた」
払うよう手を振りながら、吐き捨てる。俺の超回復は、痺れには反応しないらしい。
「痺れですか? とにかく回復魔法を!」
「ああ、助かる」
異様に早口で詠唱すると、リーザの手から緑の光粒子が降り注いだ。
おおぉ。
一瞬両手に血が通った感覚が来て、痺れが癒えてゆく。
『そういえば、アイ。俺に魔法は効きにくいとか言っていなかったか?』
効いているよな、これ。
『魔法と一口に申しましても、回復系と攻撃系では固有値が違いますので。矛盾はありません』
『うーん……何か釈然としないな』
『そうですか。では説明致しましょう。そもそも魔導インピーダンスは複素数で表現されまして、虚数空間との界面におけるヤコビ行列が……』
『ああ、わかった、わかった。疑って悪かった』
そんなことより、目の前に真剣なリーザの表情を愛でる方が重要だ。
「はぁぁ、だいぶ楽になった」
手を握ったり開いたりすると感覚が戻って来る。
「ああ、もう十分だ。ありがとう」
「いえ」
リーザは、はにかんだように頬を赤らめた。
こういうのも新鮮だな。
「それにしても、リーザ。やっぱり回復の効果がずいぶん上がったよな?」
「ああぁ、はい。さっき、私もレベルアップしてステータスが上がったので……」
「ほう」
リザの魔法に眼を奪われがちだが、リーザも成長したよな。
いや、胸じゃなくて。
彼女達の経験値は独立している。しかし、2人(人格)ともパーティ登録したままであれば、どちらにも経験値が加算されていく。むろん、表に現れている方が、得られる値は多いとアイが言っていたが。
そういえば、俺のレベルアップ内容を確かめていなかった。
「……ですので、何度でもお役に立ちます」
ますますリーザがモジモジし始めた。
「そっ、そうか」
なんか、かわいいな。
「うっ、ううん。であるならば」
咳払いしつつ、エマが近付いてくる。
「遠ざかれば、やつらは動けなくなります。今のやり方の繰り返しで、ここを突破できますね。ケント様には申し訳ないですが」
「それはどうでしょう!」
声と共に、アイが顕現した。
「どういうことだ?」
「天井をご覧下さい」
ん?
見上げると天井が弧状に光っていた。なぜか弧の端がうっすら点滅してる。むっ、消えた。
「カウントダウンですね。あれが全て消えると、おそらくヤミルは復活します」
「なんだと」
「およそ、10秒で1つ消えていくので、あと3分強で復活して来るかと」
そうか。確かに斃しても青銀が得られなかったしな。
「都合、斃しても5分で復活してくるということか」
「天井の輪は2重、つまり3体が同時に倒れることが、ここを突破の条件だと推測します」
「むう」
簡単に言ってくれる。1体でも結構厳しかったのに、3体同時か。随分厄介な話だ。
戦槌を使ってヤミルへ衝撃を入れるのは有効だが、代償も大きい。
「ケント様。ヤミルは、レダ剣でも斬れないのですか」
「ああ」
ガルヴォルンを期待して1度は試してみたが、駄目だった。
俺の剣技がそれほどでもないのは事実だ。だが───
岩石を切断することは、可能だ。
例えば、ダイヤモンドのパウダーを貼った回転刃を持つディスクグラインダでできる。ただし、回転による無数の擦過によって徐々に削っていく形態だ。斬るとは程遠い。
残念ながら、最も硬い金属ガルヴォルンを以てしても、岩石を断ち切ることは不可能という結論になる。
もう時間が無い。
さっき斃したゴーレムが復活するはずだ。
ならば、残る2体に即刻攻撃を……いや、だめだ。成算のない挑戦は取り返しの付かない事態を招きかねない。
俺は、1人じゃない。
彼女達を守らなければならないのだ。
何かないか? やつらを斃す方法が。
ログ───
剣士のレベルが上がっていたが、特段の変化はない。
≪魔法スキル!≫
マナアサイン :レベル11:有効
ブレス :レベル 9:有効
イグナイト :レベル 1:無効
ミーティア :レベル 1:無効
レプール :レベル 1:無効
ブリーゼ :レベル 1:無効
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だめか!
前に視たとおり、攻撃魔法は全て無効だ。
「ウロロゥゥ……」
目の端に、レダが寄ってきたのが見えた。
「おまえまで心配させたか、済まないな」
無力感を憶えつつ、彼女の頭を撫でた時───
目の前が瞬いた。
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訂正履歴
2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)




