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70話 トラウマ

 罠でたどりついた広間には、上に閉じてしまった斜面以外には、一箇所しか通路は見つからなかった。

 結局そこを進む以外の選択肢がないわけだが、その前に休憩がてら意見を合わせることにした。


「あの罠は、ギルドの案内にはなかったのよね」

「なかったっす、アネゴ」

「まあ、あれば、今は別れてしまったが、ミレスが警告していただろう」

 減点はされたと思うが、流石に墜ちる前には何か言うだろう。


「そうっすよね」

「ということは。ミカは、ここのことも当然知らないんだよな?」


「うん。知らなかったっす」

 少し(しょ)げたように肩を落とす。


「ならば、こうしよう。レダを3つに分けて2つは今まで通り、レダのヘルメットと俺の手甲。そして、もうひとつは豹の姿で先行して貰う」


 すると、壁にもたれて黙っていたリザが、難しい顔を突き出した。


「3つに分けるの? 確かレダって、分ければ分けるほど弱くなるんじゃなかったけ?」

 ああ、その心配か。

「そうだが、皆の安全が第一だ。レダは感知能力も高いし、敏捷だ」

 それに、全体が一瞬で昇華でもしなければ、レダは滅しない。


「わかったわ」

 リザは、意外と細心だな。


「うむ。ところで、リザ。この前買った他の巻物の魔法は、使えるようになったのか?」

「もちろんよ、任せて」

 電撃魔法と衝撃魔法だったかな。中級らしい。


 自信たっぷりだ。

 リザもリーザも、人知れず魔法の練習をしているからな。俺がクランハウス脇の川で朝練しているのに倣って、レダを連れて出掛けては、新規魔法も試していたようだ。

 さっきの回復魔法もそのひとつだろう。


「アテにしてるぞ」

 大きく肯いた。


     †


 通路を進んで居るが、魔鉱獣の気配が感じられない。

 天井は仄明るく自発光しており、通行には支障はない。


 空気も窒息の恐れはないようだが、何と言うかカビ臭い感じで鼻を突いてくる。砂よりもさらに微粒子の埃が床に堆積しており、年以上の単位でここに誰も踏み入っていないことを見せつけてくる。


 だからと言って、ここを足早に進もうという気分にはならない。罠に填まってしまったと反省というよりもトラウマが、俺自身にも(かせ)になっているようだ。


「はあ……」

 リザが溜息を吐いた。

「ああ辛気くさい。ケント、何か話をして!」

「はぁ? 何だ、突然に。エマの方が話は得意だぞ」


「嫌よ。エマの話は、修道院の堅苦しい話か、子供向けの読み聞かせの寓話ばっかりだもの」

「まあ!」

 寓話は、ミカにしてやっているのを端で聞いていたが、慣れているのか巧かったがなあ。


「そうだ。この世界に来る前のことが良い」

「ああ、それは興味深いですね」

 エマまで。


「ボクとレダは、ちゃんと気を抜かないから」

「まあ、いいけれど」

「でも、時々アイちゃんと話している数学だっけ? ああいう、むつかしい話は嫌よ。ケントの身近なことが良い」

 エマも肯いた。


「はあ……。そうだな。ああ、じゃあ、あのことでも」

「あのこと?」


「ああ。この世界に来る前……俺には憎い人間が居たんだ」

「憎いねえ。男? 女?」

「女だ」

「まさか恋人だった……とか」

「いやいや違う。多分30歳近く向こうの方が年上だ」

「へえ」

「ちょっと、リザさん。ケント様の話を聞きましょう」

「ああ、そうね。そうする」


「その女は、俺の伯母でな。憎くて、忘れようとするんだが、時々夢に出てきて、なかなかに忌々しかった」


 通路の曲がり角に来た。

 ミカ達が注意深く、その向こうを探り、また進み出した。


「ふぅん。それで?」

「俺の爺さんが、剣術道場をやっていたことは、ミカ以外には話したと思うが。ああミルコ会よりは門弟も少ないし、道場の建物だって狭かった」

 ああと、リザとエマが肯いた。


「そこで、俺と従兄(いとこ)、俺の親父の兄、つまり伯父の子だな。2人は子供ながらに弟子となって、剣術を習っていたんだ」

「そうなんだ」


「ああ、従兄は、俺より1つ歳も上で背も高かったんだが、剣は圧倒的に俺が強かった。自分でもそう思っていたし、従兄も俺の方が強いと言っていたからな。俺も10歳くらいには、爺さんの後を継いで、剣術をやっていこうと思っていたんだが、爺さんが、病気で倒れたんだ」

「えっ?」


「ああ、いや、別に命に別状があったわけじゃない。そのあとも、俺がこの世界に来るまでも爺さんは生きていたしな」

 ああよかったと、2人は肯いた。


「それでも、親戚で道場を継ぐ人間を決めようということになってな、でも俺の親父も、伯父さんも、剣術はやって居なかったんだ。だから、俺か従兄のどっちかという方向になりかけたんだが、結論から言えば、親戚の話し合いがあって、従兄が道場を継ぐことになったんだ。爺さんも、それを認めた」


「えっ? なんで? ケントの方が強かったんでしょう?」

「そうなんだが、俺の親父も母もあまり乗り気ではなかったんだ。しかし、例の伯母は非常に乗り気でな。それまでは、従兄に剣術を習わせることすらも反対だったはずなんだが」


「まあ、でも跡継ぎになるというのは大事なことなのでは?」

「ただ、この世界と違って剣術は廃れていてな、爺さんだって、若い頃は別の職業に就いていて、その収入がないとやっていけなかったんだ」

「そういうものなんですね」


「それで、俺はどうして突然伯母が乗り気になったのか不思議だったんだが、あることで、それがわかったんだ」


「あることって?」

「ああ、親戚の話し合いの2、3日後だったか。伯母が、爺さんの家の庭で、携帯電話……ああ、ここでいうと魔導具みたいな物があって、遠くの人と話せるんだ」

「えっ? ケントが居た世界には魔法がないって言っていたよね?」

「ちょっと、リザさん」


「ああ、魔法じゃない、科学で生み出された便利な物だ。それはともかく、伯母の笑い声がして、俺は聞いてしまったんだ」

「何を?」


「伯母が誰と話して居たかは分からない。きっと伯父でもない友人かなんかだろう……」


『ははは。そうよ。あのジジイも長くないわ。だからね、この道場は息子に継がせて、亡くなったら、すぐ売って金にすれば良いのよ。こんなに狭くたって、都内だからね。小汚い道場なんか潰して更地にすれば、3億は下らないわ……』


「……俺は、なんてことを言うんだ! そう思って、伯母に前に躍り出たのだが。その時の、あの女の顔は忘れないだろうな」


「ああ……。要するに、ケント様の伯母は自分の息子に剣術を継がせたかった訳ではなくて、道場の土地が欲しかったのですか。許せませんね!」

 エマは、バスバスと自分の拳を、掌に打ち付けた。


「あのう。3オクって、数字みたいですけど。どのくらいなんすか? アニキ」

 ミカの聞き耳は立っていた。

「ミカ!」

「ああ、いい。ざっと3万ヴァズぐらいかな」

「3万ヴァズ!」

「それって、多いのアネゴ?」

「ああ、100ヴァズの金貨の山が300山ぐらいよ」

「わからない。わからないぐらい、お金持ちだね」


 むう。教育が必要かな?

 そう思っていると、ミカは興味を失ったように、また先行し始めた。


「お金の話はともかく。それで、ケントはどうしたの?」

 リザが悲しそうな顔で俺を見た。


「俺は、家へ大急ぎで帰って、夜になったら、親父に伯母が言ったことを話したんだ」

「うん」

「しかし……俺は、親父に殴られて、そのことを2度と言うなとな。こっぴどく叱られたよ」

「「「えぇぇぇ……」」」

「どうして? おとうさんは、ケントの言うことを信じてくれなかったの?」

「うーむ」


「それは、辛いですね」

「そうだな。まあ当時は、なんでみんな、あの伯母に騙されるんだ! 怒りと悲しみでな。ひどい物だった。もう少し年齢が上だったら、グレていただろうな」


「あのう。グレてとは?」

「ああ、道を踏み外して、それなりに悪人になってしまうってことだ」


「ケント様が? そんなふうには」

「それはないわ」


「そうかなあ……まあ、まだ幼かったからな。それから間もなく親父さんは転勤……道場とは離れた所に引っ越してな。俺は剣術をやめたよ。道場に通えなかったからというよりは、あんな伯母に騙される大人がやっている剣術が嫌になったんだ」

「はあ。剣術をやめたのは、そういうことだったんですね」


「でもな」

「えっ?」

「俺が言ったことを親父さんは信じなかった、そう思っていたんだけど。その後、数年経って、親父は全部知っていたんだと考えるようになった。多分爺さんもだろう」


「えっ、そうなの?」

「ああ、それから親父は、爺さんの家にも道場にも寄りつかなくなったからな」


「ふぅぅん。それで?」

 リザが眉根を寄せながら、まじまじと俺を見た。

「ん?」

「今でも、その女が憎い?」


「どうだろう。そうだなあ、憎いのかも知れないが。この世界に来て、リザとリーザ。それにエマと知り合ってから。どうでもよくなった」


「どうでもいい?」

「ああ、あの女の夢も見なくなったしな」

「そうなの?」


「たぶん。これまでは意識はしないようにしていた。それがかえって、無意識に残っていたんじゃないかな。あの時、もし俺が爺さんの後継者になっていたらと、剣術はやめたけれど、どこかで未練があっただろう。この世界に来て、運命を呪ったこともあったしな」

「えっ?」


「しかし、最近では、この世界に来たのはまんざら悪くなかったんじゃないかと思えるようになった。だからかな。どうでもよくなった。あの女のことも、他人事のように話せるようになったと思う」


「そうね。憎いより愛しいの方が強いからね」

 リザが、やっとにっこり笑って肯いた。

 エマもフフっと笑みを浮かべた。


「俺の話はこんなものかな」

「うん。ケントの昔の話を聞けて良かった。ケントが理不尽なことが許せないのも、アタシのことを助けてくれたのも、その時のことが奥底にあるんだなあって納得した」

「そうか」

 リザが、何回か肯く。


「ケント様は、悔しかったことを(かて)にされていて、私も見習わなければならないと思いました」

「いやいや、それほどのことではない。エマは生真面目だな」


 俺達の会話を聞いているのかいないのか? ミカはやはり注意深く、角を曲がっていく。


「あっ! 大きい部屋があります」


お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)

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