68話 奈落
以前は、どこか落ちる夢を見たんですが。現在は見ませんね……
第3階層は、角の長い山羊ばっかりだ。
10匹ばかり斃した。
「みんな。ここまで来れば大丈夫。安全区域だから」
「そうなんだ」
エマは肩から力が抜け、リザは腕を上げて伸びをした。
2人とも少し緊張しているようだ。慣れないし、付いてくるミレスの存在も気になっているのだろう。
彼が付いてくる所為で、リザはリーザに変化することができていない。昨日の段階で、レダの存在もそうだが、リーザとリザの話もできれば秘密にしておこうという申し合わせになった。外部に詳らかにしたくないからな。
もっとも、誰かが怪我を受けたりしなければ、そんなことも言っていられなくなるが。
まあ、リザとリーザは両人ともパーティー設定に入れているから、表に顕現していなくても半分位は経験値が入るのが救いだ。ここの迷宮は取得経験値が高いから、頻繁に来ることにすれば良い。
「少し早いが、休憩しようか?」
「ええ? まだ早いよ。7階層までに、ボス部屋を2回通らないといけないし」
「そうね。まだ疲れてないし、進みましょう」
「わかった」
レンガ壁の通路を進むと、ぽっかり下り階段が現れた。コースはミカに任せているが、今のところは問題なく先導できている。
まあ、この辺りまでは分岐も少なかったし、当然かもしれないが。
降り立った第4階層は、やや暗くなった。
湿気も強くなったようだ。ここもレンガ積みではあるが、目地が汚れている。黒いか、あるいは緑ぽいかだ。前者はカビで、後者はコケっぽいな。いずれにしても……。
「ここは、心地悪いわねえ。急ぎましょう」
リザの言に賛成だ。
「ああ、待って待って!」
ミカが引き留める。
「何よ。ここが好きなの?」
「そうじゃなくて。あの……こっちにもあっちにも……行ける。なんて言うんだっけ?」
「3叉路か?」
「そうそう、それ。どっちに曲がっても、ポイズントードの住処だからさあ」
ポイズン?
毒があるのか?
『麻痺毒ですね、毒のみで死ぬことは考えにくいですが』
動けなくなって、別途襲われるということか。
『はい』
「うぅわぁ! どっ、どののぐらいの大きさ?」
「大きいのは、両手で持てないくらいのが、たくさん」
リザの美しい顔が引きつる。
「帰る!」
「おい!」
踵を返したリザの腕を取って引き留める。
「じゃあ、リーザと変わる。あの子、平気だから」
「駄目だ」
視線で後ろを指す。
「あっ、ああ。そっかぁ。じゃ、じゃあ、目を瞑って焼き払う!」
リザは、ミレスの存在が頭から飛んでいたようだ。
「それだと私達も」
「ああ。アネゴ! ここは火を使っても大丈夫って、師匠が言っていたよ。他のパーティーも使ってたって」
「そうなの?」
確かに、あの三叉路を曲がってからであれば、炎魔法を使っても、熱はこっちはあまり来ずに真っ直ぐ右から左、もしくは、その逆に行くか。
「よーし、じゃあ、やってやる」
おっと、リザのやる気が漲っている。
「ちょっと待て!」
「ええ、俺と一緒に行って、この通路先に人が居ないか確認してからだ」
「それぐらいアタシも確認するわよ」
やや疑わしい。
「何よ!」
「とにかく一緒に行こう。炎が戻って来ても、俺がリザを抱き上げて逃げるからな」
「まあ! じゃ、じゃあ」
急にデレた。いやここで、手を握らなくても。
「ああ、2人は少し下がっていてくれ」
「はい」
「進むのは、右だからね!
エマの目付きが少しキツいな。
「じゃあ。いこうか」
「うっ、うん。ケント、先に行って」
「ああ」
リザが、俺の背中にぴったりくっつく。歩き辛いって。
焼き払うって言った時の勢いはどうした。
とりあえず、三叉路のすぐには、ポイズントードは居ないようだが。
おお、右を向くと10m先ぐらいに、何十匹か居る。群生と言っても良いくらいだ。振り返って左を見ても、同じような感じだ。
「蛙は……居る?」
自分の眼で見ろよ。
「ああ、たくさん居るぞ」
「うぅぅわぁ」
ずっと顔を俺の背中に押し付けているから、見ずに言っているな。
見える範囲にパーティは居ないし、気配もない。
「あっちに戻るか?」
「大丈夫よ。あっ、でも左手は握ってて」
「ああ、そんなに魔力を込めないでも良いぞ」
「分かってる」
肯きながら、リザは杖を出した。
~~ ギルメーダス ホーヘイム ディス エイダム リザが命ず 宿敵に劫火を ~~
「ヰグニスタァ!!!」
「おい!」
咄嗟にリザを抱き上げると───通路を引き返す。
角を曲がりきった直後に、背後を猛烈な熱気が通り過ぎる。
俺は、そのままエマ達のところまで駆け寄った。
「リザ! 火傷でもしたらどうするんだ!」
「ごっ、ごめんなさい。思ったより熱量が出すぎたわ! でも……」
「でも、なんだ?」
「だから、ごめんなさいって。でもね、あのぐらいなら、ケントが誂えてくれた、この魔絹のローブで防げるし、それに障壁魔法も張っていたから、ケントも大丈夫だったはずなんだけど」
「むっ……」
『確かに、力場は張ってましたよ。ご主人様』
「そうなのか。済まなかった」
「ううん。守って貰ってうれしかった。でも、ちょっとは信用して欲しいけどね」
「ああ、あのう。お熱いところ……悪いんですけど」
嬉しそうな面持ちでミカが寄ってきた。
抱き上げていた、リザを降ろす。
「ボク、またレベルが上がった! 3つも」
ああ。
ミカが得意げだ。
俺とリザとエマが顔を見合わせる。
「そうか。それはめでたいな」
「うん。一気に22になったんだよ。そうだ師匠にも」
「うーーん、今は検定中だからな。迷宮を出てからにしよう」
「ああ、はい」
止められた彼女は微妙な顔した。
結構ポイズントードは経験値が高かったようだ。まあ、数が居たからな。
俺もレベルが上がったし、リザとエマも上がったみたいだな。
「クォォルン……」
『レダも上がったそうです』
おお、そうかそうか。
首元を撫でてやる。
「アニキ。もう行っても、大丈夫なんじゃ?」
「そうだな」
確かに。
「行こう。ケント」
リザが、少しはにかみながら、俺の手を引っ張った。
どうレベルアップしたか気になるが。まあ、次の休憩にでも確認すれば良いだろう。
角を曲がると、跋扈していたトード達の姿は、綺麗さっぱりなくなっていた。まだ熱いけれど。そのせいか、遅れ毛がチリっときた。
「ちょっと、ボクが先行するんだからね!」
「はぁあ。アタシが焼き払ったの忘れたの!」
中々微笑ましい。
「魔法士もただ者ではないな」
ミレスだった。
横に居るエマは俺の方を向いたが、俺は軽く肯いて2人の後追って歩き出す。
通路の角を曲がった。100メートルぐらい真っ直ぐだ。
「しかし、リザが蛙嫌いだなんて……ん?」
「誰だって、苦手な物ぐらいあるわよ。ちょっと生意気よ、ミ……」
「待って!」
いつにないミカの真剣な面持ち。
「なによ!」
ミカは、突如伏せると、床に頭の側面を付けた。何か聞こうとしているのか。
「どうした?」
「何か、変な感じが」
そういえば、何かうっすら戦慄が。
「ああもう、これ邪魔」
ミカが、ヘルメットを脱ごうとした、その時。通路が大きく揺れた。
「地震か?」
刹那、目の前の床が割れるように落ち込んだ。
くっ!
あっと言う間に急峻な斜面と化し、3人が転がるように落ちていく。
間近に居たエマを掴み、踏ん張ると右腕を振った。
手甲が、鞭のように伸びる───
が、届かない。
行け!
鞭が手元から離れると、レダは黒い塊となって矢のように突き進んだ。
どうする!
「追いましょう! ケント様」
「ああ!」
俺は、エマを小脇に抱えると、急斜面を駆け下った。
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訂正履歴
2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)
2023/09/23 誤字訂正(ID:2582126さん ありがとうございます)




