7話 ケント 押し付けられる
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「お話は分かりました」
身形の良い中年の男が、重々しく肯いた。この町の代官で、アバースという名前と聞いた。
要するに、俺は事情聴取を受けているところだ。
時間を少し巻き戻すと。
ヒュージ・ブルの出現現場へ通り掛かった男が去ってから、1時間程して騎馬や馬車がやって来た。
アイに訊いてみたところ、この星に自動車はなく、一般人が乗ることができる最速の乗り物は、馬か馬車らしい。
それから生きている俺を含めた4人を乗せて、グラナードという町に連れて来られた。着いた頃には日が暮れていて、辻辻に篝火が焚かれていた以外は明かりがなく、よくは分からないが余り大きくはない町のようだ。
そして、人助けしたのが良かったのか。豆を煮た食事を振る舞って貰ってから、この部屋、代官所の一室へ案内された。
何と言うか質素な部屋だ。西洋の造りに近い。まあ地球だったら数百年は昔という感じだ。
この男にも日本語が通じるというか、俺が喋ろうとすると、思考がヴァーテン語に飜訳されて音声となるようだ。それで話が通じ、彼の言葉も俺としては日本語として理解できる。支援天使様々だ。
アイが打ち明けても大丈夫だというので、自分は別の世界から転移してきたこと、目の前で馬車が魔鉱獣にやられたこと、魔鉱獣は俺が斃したことを、包み隠さずに話した。
「ふむ。手の者の報告に拠れば、馬車が恐ろしい衝撃で壊れ、牽いていた2頭の馬も即死のようなので、お話の辻褄は合っているのですが……」
俺に対する態度は恭しく、結構信じている感触だが、何かに引っ掛かっているようだ。それと、しきりに代官も俺の頭を見ている。
「たとえ、ケント・ミュラー様の証言とはいえ、それだけで聴取を終わらせる訳には参りません」
三浦賢人と名乗ったはずだが、彼にはミュラーと聞こえるようだ。
「ああ、ケントでいい。1つ訊いて良いか?」
ミュラーとか呼ばれても、自分のことに思えない。
「なんでしょう?」
「そもそも俺が転移者というのは、信じるのか? 自分で説明しておいてどうかと思うが、荒唐無稽な話だろう?」
ちなみに口調は、できるだけ尊大そうにという、アイの注文に合わせている。自分で飜訳するのだから勝手にやってくれよと思わなくもないが、ニュアンスも反映されるらしい。
「確かにそうですね。ですが、その髪ですから」
「髪?」
前髪を引っ張ってみたが、異常はない。
「その黒い髪は、転移者でなければ」
「そうなのか?」
いや、普通の日本人の髪だろう。心なしか前より黒い気はするが。
代官の髪は、そこそこ赤味が掛かった茶髪だ。ここに来る道すがら見た者達の髪も、言われてみれば金髪か茶髪だ。黒髪は見ていない。
「他にも、俺みたいなやつが居るということか?」
「この町には、いらっしゃいませんが、数年前にお目に掛かったことがあります。その方も黒髪でした」
「ふむ」
「ただ、ケント様が転移者様であっても……疑っているわけではないのですが。これは公式な記録になりますので、何かやはり確証がないと」
確証と言われてもなあ……
「控えなさい!」
「おわっ!」
アイが、俺と代官の間に出現した。声も打って変わって、厳しさがある。
ブーンと鈍い音を立てて羽ばたく。何やら光を牽いて神々しい。
アバースは、あんぐりと口を開けている。そして、数秒後。
「ははぁぁぁああ!!!」
代官が床に畏まって平伏した。
えっ? えーーと。
「った、たた、大変申し訳ありませんでした」
「はっ?」
「こっ、これも代官としての役目でございまして。命ばかりはお助け下さいませ」
はっ? いや、命って。大袈裟だろ! って、もしかして?
「殺さないよな? アイ」
「ご主人様の仰せとあれば、そのように。代官、以後粗相のないように!」
「ははぁぁぁああ!」
今度こそぺったりと平伏した。ジャパニーズ土下座も斯くやの崇めっぷりだ。
「よろしい!」
そして、すうっとアイは消えた。
代官は顔を上げると、キョロキョロして何か探している。
『こうなるので、私が顕現するのは、最小限に留めたいと思います』
そうだな、その方がいいだろうな。
「いやあ、寿命が縮まりました。確証を頂けましたので、聴取はこれまでと致します」
あれが確証になるのか?
「また明日、今後のことをお話しさせて頂くとして、今日は宿を取ってありますので、今夜はそちらへ」
「そうか悪いな。だが、金は、その……」
ない。持っていたとしても日本円だ。通用するはずがない。なにがしか希少価値があるかも知れないが。
「いえ。お金は、娼館のペイオロスという者から礼金を預かって居りますので」
「娼館? 礼金?」
そうか、あの女達。奴隷だった。人身売買か。
なんとも言えない気持ちが沸き上がってくるが。俺はまだこの世界のことを何も知らないのだ。日本の感覚で憤るのはおこがましい。
「はい。ボナとナタリアの命を助けて頂いた礼です。既に売買契約は終わっていたので、引き渡しました。それと明日、今後のこともありますので、冒険者ギルドにご案内しますが、青銀はそこで換金できます」
「青銀?」
そう言うと代官が、怪訝な表情を浮かべた。
『ご主人様。青銀は魔鉱獣を斃すと、得られる金属です。結構な量が保管庫に入っています』
そうか。保管庫ってなんだと思ったが、それより。
「ああいや。持っているそうだ。冒険者ギルドだな。わかった」
「では、もう1人を、ここに呼びますので。お連れ下さい」
「ん? お連れ下さいとは?」
「娼婦2人の他に、もう1人助けた者が居ましたでしょう」
「ああ……少女が居たが。そうではなく、お連れ下さいとは、どういう意味だ?」
「えっ? 彼女の所有権は、ケント様がお持ちです……が」
どうして、そんなことを訊くのだと言う顔。
「所有権って、おかしいだろう。なんで俺が持って居るんだ。いくら俺が助けたといっても」
「はい。助けたことは関係ありません。では、商人から買われた訳ではないのですね」
「いいや、買っていない」
買うわけないだろう! 大体金なんか持って居なかったし。
「しかし、彼女の奴隷鑑札、魔導具なのですが、それによると、ケント様の名義になっていますからねえ……金銭でないにしろ、何かそういうやりとりがあったはずですが」
「いや、そんな憶えはないぞ!」
『ご主人様!』
『なんだ? アイ』
『バステルがあれを頼みますと言った時、こ主人はわかったと承諾されました。きっとそれです』
「ああっ……!」
「思い出されましたか?」
しまった。
「いっ、いや。紛らわしいことを言ったので、俺は誤認したのだ」
アバースが渋い顔をした。
「しかしながら、契約は成立していますので……」
「ううむ」
『おい! アイ! なんとかならないのか?』
『無理ですね。契約は神聖な物です!』
随分素っ気ないじゃないか。
「いや、そう言ってもな。これから……俺はどうやって自分が生きていくかも分かっていないのだ。そうだ! 契約破棄とかできないのか?」
アバースはさらに渋い顔をした。
「法的に契約破棄は不可ですね」
「うっ……クーリングオフは?」
「くーりん……なんですか?」
訳されなかったということは、この世界にその制度が存在しないということだ。
「まあ、奴隷ですので解放できなくもありませんが……」
おお。解放!
「ただ、未成年ですから、解放されるにはケント様とは別の身元引受人がいないと……孤児院が引き取るのは、基本的に6歳未満ですし、あの子では娼館も引き取らないでしょうし、あっと言う間に路頭に迷うことになりますな」
脅すなよ!
確かに。幼いとはいえ、6歳未満には見えなかった。
「とにかく、ケント様名義になっていますから、連れてきます。お願いします」
マジかぁ……。
「ああ、あの子を引き取るような親切な人が居ないか、気にして置いてくれ」
「はい。では」
むう。全然気がなさそうだな。
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訂正履歴
2022/09/20 申し訳ありません。特濃版から見直しました。




