66話 覚醒の糸口
そもそも、糸口ってなんだっけ? 調べる作者
「おはようございます」
ミルコ会の練武場に入って行くと、15人程の人間が居た。
今日は月1回の例会というイベントがあると聞いてみたので、顔を出したのだ。
開会時刻前だが、既に稽古は始まっているようで、例の竹刀に似た模擬剣で3組ばかり剣を合わせている。
俺が入って行くと、手が空いている人達から誰だという訝しそうな顔を向けられたが、その数秒後におぉぉという地鳴りのような響めきが起こった。
俺の数歩後を付いてきた、リザに対してだ。
練武場に似つかわしくない、美女だからな。
まあ、ここには師範代もいるから、空前のことではないはずだが。ざっと見渡してみたが、彼女の姿はない。
ちらちら俺とリザの方を見ていたが、やがて平静に戻った。
ふう。今日は肩掛けと長めのスカートを着させてきて良かった。
発端はリザが俺に付いて来たがったことだ。俺は、いやリザは門弟じゃないだろうと渋ったのだが、彼女の意思が固かったので、肌の露出を抑えるならという条件を出した妥協の産物だ。
壁際に回って観戦していると、20歳代後半ぐらいの精悍な男が寄ってきた。
「塾頭のヘーミングだ」
「挨拶が遅れた。つい最近入門したケントだ」
「ああ、やはりあんたか」
「ん?」
「最近の入門者で子供でないのは、あんたぐらいのものだ」
「はぁ」
いや、儲かっていないな、ミルコ会。いや、子供は案外儲かるのかな?
「その入門者が、師範代と良い勝負をしていたと噂になっていてな」
「ああ、いや。師範代に稽古を付けて貰っただけだ」
「そうか。では、後程実力を披露して貰おうとしよう」
ヘーミングが離れていくと、リザが彼の後ろ姿を睨んで居た。
「あの人、なんだって?」
「俺に戦ってみろだってさ」
「ふふふ。驚くわよ」
いや、なぜリザがドやる。しかも小声で。
「そろそろ、入って来られるぞ」
教会の鐘が、遠くに聞こえてきた。
確かに師範代の気配が、かなり近付いてきている。
入口を見ると師範代と、その後に師範が連なって入って来られた。
むう。やっぱり師範の気配を感じ取れなかった。
「皆、やめ。師範、師範代に向け……」
「「「「おはようございます!!」」」」
その野太い声に、隣に居たリザが眼を丸くしている。
「うむ、みんな、おはよう。では、師範代。進めてくれ」
「おはようございます。皆さん。木剣を! 素振りを始めて下さい。まず正眼から上げ、振り降ろし。始め」
師範代の掛け声に、皆が4列に並ぶと、素振りが始まった。
「1! 2! 3! …………」
「俺も行ってくる」
リザが力強く肯いた。
壁の刀掛けに架かっている木剣を手にして、最後部に並び先達に倣って素振りを始める。
「………… 97、98、99、100」
ふう。終わった。
皆、肩で息をしている。
素振りとはいえ、かなり力を込めて振って居る。途中から汗が飛び散って、なかなかの光景だ。腕も汗が流れたが、木剣を取り落とす者は居なかった。
ちゃんと鍛えられているなあ。
「ほい、ケント」
「ありがと」
手拭いを渡してくれたが、表情が曇っていた。
「男臭い」
そりゃそうだ。これだけ居るからな
気の所為ではなく、周囲からなかなか鋭い視線が集まってくる。
おっと。
何人かと同じように、余っていたモップを握って床を拭く。
滑るからな。
「では、指名太刀合いを」
なんだろう。
えっ?
なんだなんだ?
7、8人が、一斉に俺を指差した。指名って、そういう意味か。それにしても、この人達は俺と闘いたいのか。リザでヘイトを集めたらしい。
「ケントも指名しなさい」
声の方を向くと、師範代が大きく肯いた。
俺も指名するのか。じゃあ。
塾頭と名乗った、ヘーミングを指し返す。
彼はニヤリと嗤うと、壁へ木剣を戻し、代わりに竹刀もどきを取った。なるほど、あれでやるらしい。
俺も同じようにして、鍔を回す。
実剣並みの重量が手に掛かった。
悪くない。木剣でも感じたが手に馴染む。剣を握るのは5日ぶりなのにな。
練武場の中程に進み出ると、彼の正眼の構えに倣う。
「始め!」
打突が来る、鋭い───
身体が勝手に動き、半身ずれて躱す。
それを読んでいたように、横一文字斬り。剣閃が迫る。
むう。
なんだろう。
軽い───
籠手と浮かんだ時には、既に模擬剣を振り始めていた。ヘーミングの右手首を強かに叩き、次と思う間もなく頭頂に。
呆れるほど綺麗に籠手面が入っていた。
うぉぉぉーーー。
響めきが、いやに遠くに聞こえる。
手を開いて握り直す。襲ってくる、神経が再度張り巡らされたような感覚。
「次!」
振り返ると、別人の模擬剣が振り降ろされる軌道───間一髪で、阻んだ。
デカいな。
相手の上背は、2メートルを超えている。
「ディロスが……膂力で押されている」
この男の名か。顔が真っ赤になっているが、もしかして渾身の力を込めているのか? これで?
鍔迫り合いから、瞬時に剣身を寝かし、切り上げ、袈裟斬り。
「次!」
†
5人を負かすと、次の声は掛からなかった。
そういう慣習は、先に教えておいて貰いたいのだが。
「お疲れ!」
リザが、差し出してきた手拭いを受け取る。
「ありがとう」
「えっ、水は」
リザは水筒も差し出してきたが。
「ああ」
ここで、飲んで良いのか?。むう、2番目の巨漢も飲んでいる。問題ないらしい。
受け取って、一口含む。
「いやあ、ケント君。不振脱出の……まあ、糸口くらいは見つかったらしいね」
知らぬ間に師範が横に居た。
「はい。ありがとうございます。ご助言にしたがって、やってみたら。少し感覚が」
言葉の通りだ。
稽古ではなく、色んな……それこそ普段はしないことで身体を動かしてみて、改めて自分の状況が認識できたというか。
「うんうん。それが大事だよ。まずは思い込むことがね」
「はい」
すっと師範が離れて行った。
†
「終わった?」
「ああ」
「じゃあ、帰る?」
最後の挨拶も済んだしな
「そうだな」
座っていたリザに手を伸ばして立ち上がらせる。
「おい! 待ってくれ」
「そうよ、待ちなさい。ケント!」
振り返ると、ヘーミングと師範代が居た。後者は少し睨んで居る。
えっ? また掃除して行けとかか?
「ケント。やっぱり、この前は手を抜いていたわね」
「いや、そんなことは」
「ちょっと! 言い掛かりはやめなさいよ!」
リザが遮る。
「言い掛かりとは、何よ!」
「言い掛かりよ! ウチのケントが卑怯なことをするとで思っているの!」
「そういうことじゃなくて」
ああ……女同士の争いは放っておくに限る。
しかし、多分この世界に因縁とかないよな。どんな飜訳なんだか。
「それで。あんたは。何の用だ?」
ヘーミングを見遣る。
「ああ、俺を完膚なきまで負かしたんだ。あんたが塾頭を代わってくれ」
ええぇぇ。
「いや。塾頭は1度の勝った負けたで決まるものじゃないだろう。俺はミルコ会になんの貢献もないしな。その資格はない」
「だが」
「例会に出たのは初めてだが、ヘーミングの人望はかなり高く見えた。俺はあんたがふさわしいと思う」
「そっ、そうか?」
「ああ。もちろんだ。おおい、リザ。帰るぞ!」
睨み合う片方に声を掛けた。
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訂正履歴
2023/09/17 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)
2025/05/25 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




