65話 日本人ならでは
炭水化物を減らせと命じられて、淋しい今日この頃。
「へえ、それがアニキがたくさん買ってたイイネの実」
俺は珍しくキッチンに立った。
横にはリーザが黙って注視している。問うたのは、俺の正面に居るミカだ。彼女の目付きは、10キロ(グラム)も買いやがってっという感じはないけれど。
「ああ、米だ」
「コメ……それで、アニキはなんで、そのコメを洗っているの? 見た感じ、綺麗だけど」
「これはなあ、洗うじゃなくて、研ぐと言うんだ」
「洗うじゃなくって削るって? どういう意味っすか?」
むう。ちゃんと訳されないようだ。研ぐって語彙がないのか?
鍋に溜まった研ぎ汁をシンクへ流す。
「ほらな、この白いのが糠って言うんだ。これを取らないとだめなんだ」
炊いて食べる時はだ。パエリアの時は、スープを吸わなくなるので、研がないけどな。
「ヌカねえ……あれ、まだ?」
再び鍋に水槽からデカい柄杓で水を注いだ。やはり糠という言葉もないらしい。
「ああ。あと2回ぐらい」
「2回も」
「3回洗って、白い水を流すっと」
ふむ。リーザは、おそらく自分でも調理するつもりで観察しているのだろう。だから,熱心なのは分かるが。
それにしてもミカは、好奇心旺盛だな。米以外も、俺が買い物をする時、ずっと見てたからな。
『天職は無視しても、ミカは斥候職に向いています』
ああ、そう。
引き続きシャリシャリと掌で押して研いで、水を流した。
もう一度、水を注ぐ。さらに研いでみたが、今回は水がほぼ白くならなくなった。もう良いだろう。
「随分と手間が掛かるっすね」
「そうか? リーザは、もっと手を尽くしてくれているぞ」
彼女は赤面して俯いた。
「ああ、リーザ。糠の付き具合は、精米具合で変わるからな。何度か研いでも、水がこの程度で、あまり白くならなければ、研ぎ終わりだ」
労力に感謝するが、掛ければ掛けただけ良いというものではない。
結果が同じなら楽な方が良い。
この世界にも炊飯器、とは言っても魔法を熱源とする魔導具があるらしい。そう道具屋で訊いた。しかし、市販はされていないということで、今回は……。
「リーザ、その土鍋を取ってくれ」
「これですね」
「ああ、ここに置いてくれ」
俺は鉄鍋を持ち上げ、そこにリーザが土鍋を置いてくれた。
なんというか、日本でも見たことがある形に大きさだ。
そこへ研ぎ終わった米を移し替える。そして、今度は土鍋へ水を注いで、蓋を閉める。
「鉄鍋じゃなくて、その土鍋? ってヤツで、作るんですか?」
「ああ、本当はお釜があれば良いんだが」
「オカマ」
さっぱり分からないという顔だ。
「ああ、これとおなじもので炊いたこともある。大丈夫だ。まあ魔導コンロじゃなくて、ガスコンロだったけどな」
「アニキは、どきどきよく分からない言葉を喋るよね」
「ケント様は、転移者だから。そういうものなのよ」
転移者と言えば。この土鍋といい、見ては居ないが炊飯器の存在といい、日本人の転移者が過去に居たのじゃないのか? そう思える。
「さてと……」
キッチンを離れようとすると。
「あの」
「えっ、終わり?」
「ああいや、米に水を吸わせるんだ。30分ぐらい待ってくれ。それから炊くから。じゃあ、後はさっき言った通りで、よろしく」
「はい。ケント様」
彼女と場所を入れ替わり、リビングに戻ると、会釈したエマとすれ違った。
「リーザ。手伝うわ」
「じゃあ、それをお願い」
エプロンを外し、ソファーに座り込んだ。
テーブルに2枚手拭いを広げ、貰ってきた木の板と小刀を出した。
「今度は、何作っているんすか? アニキ」
「ミカは、手伝わなくて良いのか?」
「アネゴに邪魔って……あそこは狭いしリーザもお尻はデカいからね。うふふふ」
なんか、思考形態が少女じゃなくて少年だな。
「それで、それはなんすか。板の一方を丸くして、スプーンにしちゃあでかいし」
「まあ後で分かる」
†
「できました。こんな感じですが、いかがでしょう?」
ピチピチとなる油鍋から、リーザが塊を引き上げた。
「良いんじゃないか?」
丸い塊が、きつね色になっている。
「さて、こっちはどうかな」
蒸らし終わった土鍋の蓋を開けると、もわっと湯気が立った。
「「おおっ」」
うむ。良い感じだ。ご飯の表面がつやつやで、カニ穴ができている。さっき、作ってた物を手に持つ。
「あっ、それさっき削っていた」
「しゃもじだ」
答えながら、ご飯を混ぜる。
「シャモジ?」
陶器の茶碗ぽい物があったので、それも10個買って置いた。
そこに、炊きたてのごはんをよそっていく。全部で2合程炊いたが、皆が気に入るかどうかわからないので、とりあえず二口分位にしておく。
4杯よそうと、リーザ、エマ、ミカの前に置いていく。
「じゃあ、食べよう。配ったのは、ごはんっていう食べ物だ。一応パンの代わりになる物だ。少なめにしておいたから、口に合わなければ、パンに変えても構わない。気に入ったらおかわりしてくれ」
「はい」
「うん。ああちょっと待て、茶碗は下手に持つと熱いからな、この高台……下の部分と上の縁に指を掛けて持つように」
皆は木のフォーク、俺は菜箸みたいのが有ったので3膳買っておき、1膳を短く削って普通の箸にした。
久々のご飯を摘まんで、口に運ぶ。
ああ、炊き立てだからか、それなりにうまい。
俺の笑顔を見て、皆も食べる。
「ああ、意外と」
意外となんだ? ミカ。
「噛んでいると、甘くなりますね。気に入りました」
「ああ、市場で見掛けたことはあったのですが、こうやって食べる物とは知りませんでした」
「うん。そして、リーザが揚げてくれたこれを、一緒に食べると……」
箸で摘まんで口へ放り込むのと肉汁が飛び出してきた。
「絶品だ」
「あっ、ありがとうございます」
「うわぁ、おいしい」
「うまぁぁ。ねえ、リーザ。これって、なんて食べ物なの」
「食べ物だけど作った物だから料理って呼んで。名前は……下味は付けましたが鶏のフライでよろしかったでしょうか。ケント様?」
「鶏の唐揚げと呼んでくれ」
「カラアゲ。憶えました」
「カラアゲうまいっす。今まで食べた物で一番かも。一緒に食べるとコメもおいしいっす。おかわり」
うーん。なんか昨夜も、同じことをレリック屋で言ってなかったか?
いや。ミカは、思ったより素直だ。それだけ、まともな物を食べてこなかったことか。
一緒に食べるとって。単体ではそれほどってことか。
よそってやりなから考える。
「炊き上がった米は、ご飯っていうんだ」
「イイネ、コメ、ゴハン? なんでそんなに呼び方が変わるの」
「そういうものなんだ」
まあ確かに、日本人じゃなければ、奇異に思うよな。
「それよりミカ。サラダも食えよ。今は良いけど、そのうちニキビだらけになるぞ」
あれ? なるのか?
「そうよ。野菜も食べなさい」
「へーい。アネゴ」
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