63話 怪力無双
自分でやりたいと言っていないのに、良くやる気があるように思われます。
「おう……なんでも訊いてくれ」
「作業の分担のことだが。なぜ、サピエン族は泥運びで、獣人族は岩運び専門なのかなと」
100人近く働いているが、全てそうだ。そういう分担らしい。
サピエン族は、ショベルで泥を浚って、運び捨てる。
獣人族は、岩を押したり、木の棒を下に突っ込んで梃子にして移動させている。
「はっ?」
「えっ? いや、別に泥運びが嫌と言うわけでは」
「あ、いやあ。そりゃあ……」
?
「俺達サピエン族は力が弱くて、獣人は大体のヤツが力が強えからだ」
ああ、なるほど。
確かに、エマ(獣人族系)も女子なのに力強いしな。
てっきり、サピエン族が楽な仕事をせしめているのかと思った。
「なんだ。にいちゃんは岩運びの方をやりたかったのか」
はっ?
「そうだよな、あれだけ力があれば、泥運びなんかやってらんないよな」
「いや」
「よし! 古株のおらっちが監督に言ってやる。おおーい、監督!」
俺が答える前に行ってしまった。
まあ、いいけどな。岩運びも面白そうではある。
ただ、どう考えても、泥運びの方が楽そうだ。申し訳ないが、俺は土木を志していない。採集よりは向いてそうだったから、来てみただけだ。
おっさんは2人の監督たちに話しかけ、こっちを指差している。ギルドの監督の方が俺を招きした。
「君は、岩を運べると言っていると聞いたが、本当かね?」
もう1人の方の監督だ。なぜか知らないが、上機嫌だ。
さっきは顔を見えなかったが、結構若いな。俺と同年代かやや年下ぐらいだ。
「まあ、やってみないと分かりませんが」
「では、試して……」
「ですが、準男爵殿。彼は、獣人ではありません」
こっちは貴族か。ギルドの監督は、不機嫌そうだ。
「ナブラ殿。なれどサピエン族が、岩運びをやってはならぬ法はなかろう」
「それは……そうですが」
どうやら理屈では、貴族監督の方が勝っているようだ。とはいえ、ナブラと呼ばれたギルドの方にも何か事情がありそうだ。
「やってみたまえ。そうだな、あれを」
岩の1つを指差した。その周りには誰もいない。
ナブラ氏の方を見たが、そっぽを向いていた。消極的同意か。
仕方ない。
岩の傍まで行く。
大きさは、俺の背丈よりは低い。直径120cmというところ。ざっと3トンくらいか。
すると、おっさんが寄ってきた。
「よかったなあ。にいちゃん」
「ギルドの監督には睨まれたが」
「ああ、ナブラさんな。心配すんな。いっつもあんな顔だ。査定は厳しいが、ちゃんと俺達作業者には気遣ってくれる。それより、岩運びだが、そこにある棒を、梃子にして……」
「ありがとう。でも、とりあえずは」
前傾姿勢を取って、岩の中心よりは、やや高い場所に両手を付ける。
フングゥゥゥ……。
全身に力を込め押す。
「にいちゃん、押してなんとかするつもりか。それはいくら何でも」
ぐぅぅぬぬぬぅ。
足が地面にめり込む。
ぬぬぬ。
おっ、ちょっと動いた。転がるというよりは平行に。
「すっげえ。動かしやがった」
押すベクトルをやや上に向けると、小さな段を乗り越えたごとく、岩が傾き、やがて回転に変わる。
「よし!」
静止摩擦から転がり摩擦に変わり、急に軽くなった。岩のでこぼこを乗り越える度に、地響きが起こる。周囲の人達も気が付いたのか、歓声が上がる。
もう、そんなに押さなくても大丈夫だ。
おっと。曲がるな、曲がるな。
押している岩は真球ではないというより、凸凹だらけだ。だから真っ直ぐ押しても、左右にブレそうになる。針路が逸れそうになる度に、腕に力を込めて軌道を修正する。
もう少し速度を上げるか。込める力を増していくと、歩く程の速度で安定してきた。
「おおぉい! 離れろ!」
顔を上げると、おっさんが10メートル斜め前を駆けながら、辺りにどけどけと露払いをしてくれていた。
針路はクリアなはずだが、作業者達は大袈裟なほど避難してくれた。
ここからは少し上り勾配だ。送る腕にやや力を込める。懸念をよそに慣性が付いているからか問題なく進んでいく。
「よーし。そのまま、崖から落としてしまえ!」
準男爵だ。
落とす前に止まろうかと思っていたが、その必要はないようだ。ならば減速せずに……もう目の前だ。
「いっけぇ!」
崖の縁が見えたところで、最後に腕を突き出すと、俺はそこで止まった。岩は派手にバウンドして転がり、あっと言う間に谷底へ消えていった。
地響きにやや遅れ、ドドッ、ドドッッ、ダーーンと轟音が山々にこだました。
≪称号:|怪力無双を得ました!≫
へえ。戦闘じゃなくても、得られるものなんだ。
一息付いて振り返ると、10人ぐらいがあぜんとした表情でこちらを見ていた。
「やっぱりな。にいちゃんならできると思ってたぜ。それにしてもすげーな」
おっさんが寄ってきた。
「さっきは先導してくれて感謝する」
「なあに良いってことよ。それより……どんな腕力を持ってるんだ」
「君、君!」
準男爵と呼ばれていた方の監督の声だ。
作業員達がさっと分かれて、その間を抜けてきた。なんだか興奮している。
「その黒髪。君は転移者だね」
「ええ。はい」
やや引き気味の返事になった。すこし離れたところに居る監督は渋い顔だ。
「い、岩は沢山ある。それらも転がして運んでくれないか」
どうやら、引き続き俺にやらせたいようだ。
「ああいや、俺は泥運びをやります」
明日からも来られるならともかく。俺をあてにされても困る。
「ええぇぇぇえええ?」
おっさんが、あんぐりと口を開けた。
「しかし、しかしだなあ」
「準男爵殿。お考えもあるでしょうが。強制はいけません」
ナブラ監督はしたり顔だ。
「うう。しかし、サピエン族が力を示す良い機会だと思ったのだが……ああ、わかったわかった」
肩を落として、元居た場所へと戻っていった。
「良いのか? にいちゃん」
「ああ」
肯くと、おっさんは残念そうにしていた。
†
泥運びにも慣れた頃、鐘が打ち鳴らされた。
これで3度目だ。俺の体内時計も15時を示している。こうして、今日の作業は終わった。
「次! ウォード」
ナブラ監督は作業者を呼び付けている。そういえば、準男爵の姿は見えない。
呼ばれた方は、監督の前で何かの板の上に掌を載せた。そうすると、ぼうっと光った。その後、作業者達は、現場を後にしていく。
「あれはな、魔導具だ。査定結果を、ギルドカードに書き込んでいるんだ。ギルドに行けば、それで日当が受け取れるって寸法だ」
「次! …………」
「おっと、俺の番だ。じゃあな、にいちゃん」
おっさんは監督の方へ、小走りで行ってしまった。
どんどん作業者は減っていき、最後に俺が残った。
「ケント!」
肯いて近付く。
皆と同じように掌を魔導具に乗せると、やや明るく光った。
『あの男が言っていた通り、これは魔導具です』
そうか。だがそんなことはどうでも良い。
監督が肯いたので、手を離す。終わった、終わった。軽く会釈して、踵を返す。
「待て!」
まだ何か? 仕方ないので、振り返る。
「なんだ?」
「獣人に岩運びをやらせているには、理由がある」
は? ああ、俺が岩を運ぶのを、あからさまに嫌そうだったからな。
「俺には関係ない。説明は不要だ」
本心だ。
「いや、聞いてくれ。彼らは、力は強いがサピエン族ほど器用ではない。岩運びは彼らに適した職なのだ。市から来ている準男爵殿とは違い、ギルドの方針として、獣人のなかで狩りに向かない者の雇用対策と位置づけている。だから……」
ふむ。呼び止めたのは、そういうことか。今日がどうこうではないということだな。
「安心してくれ、俺はこの現場にはもう来ない」
「はっ? それはどういう……」
「D級から、早くC級に昇級したくて常設依頼を取っただけだ」
そんな軽い気で来た俺だ。どっちかといえば、気が引けていたぐらいだ。
「そうか。ならばいい。じゃあな」
「ああ」
俺は現場を離れると、王都へ戻った。
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訂正履歴
2023/09/23 誤字訂正(ID:2582126さん ありがとうございます)




