60話 俺達はクレーマー?
民間でも、組織が大きくなるとお役所体質になっていくのは、なぜなんですかねえ。
「ですから、駄目な理由を訊いているのです!」
エマの良く通る声が、冒険者ギルド王都支部のホールに響き渡った。
朝の混雑時間帯は過ぎているが、それなりに冒険者は居る。彼等の視線の多くがこちらを向いている。
ギルド側のなかなかに理不尽な対応に、エマがエキサイトしている。こういう時には俺も熱くなるのだが、先にエマの方がそうなってしまったので、今のところくすぶった状態で止まっている。
詰め寄られた女性ギルド職員、とは言ってもカウンターを挟んでいるが、エマの剣幕に押されて悲痛な面持ちだ。おそらく、彼女に原因があるのではないと分かる。
対して、リザはやれやれという表情、間に挟まれたミカはオロオロしている。
エマの詰問が再び放たれようと、息を吸い込んだ時。
「何事かね?」
無機質な声が響いた。背後からだ。
振り返ると、一昨日に会ったエルフ紳士が立っていた。
「これは、支部長」
職員が窓口の前で立ち上がった。ほっとしたような表情だ。俺達はクレーマーなのかなと、ふと思う。
「実は……」
「何が実はですか! あっ、えっ?」
職員の説明を遮って、ギルマスにも食って掛かりそうなので、思わずエマを止める。
「俺が説明する」
「はっ、はい」
「実は、このミカが新たにクランに加わって、先程ギルドにも加入できた」
横に居るミカも、この男の存在を察したのか会釈した。
「だが、その後、とある新人研修に申し込んだところ、今日が期限にもかかわらず受理されないので、理由を訊いているという状況だ」
「そうでしたか。スタナ君、こちらのケント殿が仰ったことは、間違いはないのかね?」
「はい。支部長。間違いはないのですが、募集は10時をもって締め切りました」
現在は、10時半というところだ。
「10時? 募集要項はあるかね?」
「ああ、私が持って居ます」
エマがなぜか俺に紙を渡したので、それをギルマスに渡す。
ほぅ。
ギルマスが、渡した紙を見て低く唸った。何に対してなのか、気になるな。
「締め切りは無効だ。こちらの申し込みを受理しなさい」
おぉ、即断即決!
「はい。ただ……」
「ミレス君には、私の厳命だと伝えなさい」
「うっ、承りました」
「よろしい。ケント殿。今から、お時間はありますかな? あれば、お茶など」
こちらから、礼を言おうと思った機先を制された。
「はい」
「では参りましょう」
†
ギルマス室に揃って通された。勧められたので、皆がソファに掛けて、この部屋の主と相対している。
ミカは落ち着かないのか、挙動が不審だ。
「先程のご配慮には感謝する」
状況はどうあれ、社会人としては礼を述べるべきだ。
「いいえ。配慮など。どのギルド員であっても、同じように判断したでしょう……と、申したいところですが、そうではありません」
むっ。
「実のところ、締め切り時刻の記載がない場合、時刻を決める裁量はギルド側にございます。内規もそうですし、訴訟された場合でも、そのように判決が出ることでしょう」
ほう。
少し状況は違うが……借金の返済期日がない場合、貸主はいつでも返済請求できるっていうのが確か日本の民法ではあったよなあ。法体系的に、この世界のそれが似ているとすれば、ギルマスの言ったことは間違っていないのだろう。
「では、なぜ締め切りを無効にされたのか? あっ、どうも」
職員さんがお茶を出してくれた。嫌な思い出が頭を過ぎったが、覚悟して一口喫する。
旨っ!
ふぅ。あの激甘茶は、グラナードだけの習慣らしい。よかった。
「覆したのは、こちらの方が斥候職だからです」
「えっ、僕?」
俺ではなく、ミカか。
「あの研修の場合、恐縮ながら応募資格として天職もしくは職能として斥候職を持つ方に限定しております。したがって、ミレス君は受付に当たって、ギルドカードの確認をしたはずです」
「あっ、はい。確認をされました」
「先日申し上げたように、斥候職は不足しています。現に、昨日までは件の研修への応募者は0人でした。ギルドとして同職の育成に力を入れておりますので、締め切りを多少延ばすなど、大したことではありません」
ギルマスの表情はこれまで堅く見えていたが、今は少し笑みを浮かべたように見える。
「それにしても、たった2日で斥候職のメンバーを見付けるとは、ケント様には正直驚きました」
「俺も驚いた。全くの偶然だからな」
「偶然も手腕の内と申します」
「それは、ギルマスの買い被りだ。それと、ミルコ会を紹介して貰ったことにも感謝する。昨日、門弟になることができた」
「それはなにより」
「ところで、ひとつ訊きたいのだが」
「何でしょう?」
「ギルマスは、職員の名前を全員憶えているのか?」
「ははは……全員ではありません。奉職1ヶ月以上の者に限ります」
それは、全員とほぼ同義だと思うが。
上に立つ者。それも行き届いた者は、よく下々の者の名を憶えるというが、彼もその1人らしい。部下としては、名前で呼んでもらえば、意気に感じてより働くことだろう。
「それでは、そろそろ手続きも整っていることでしょう。先程の窓口へ寄っていらして下さい」
窓口へ行くと、ギルマスの言った通りになっていた。
例の職員が無事受理されたと告げた。
皆で頷き合って保証金の50セルクを支払う。
保証金とは、講習を受けて、その後に経験を生かして働くぞという決意の表明らしい。しっかり講習を受けて、1年ギルド員であることが継続されれば、返金されるそうだ。
「明日から5日間、8時から12時までの研修となります。8時より前に、あちらの壁際まで来て下さい。点呼を行い、ああ……お一人でした。よろしくお願い致します」
「はい。お願いします」
ミカも、頭を下げた。
ギルドを出た。
「ああ、アニキ……」
「なんだ?」
「ありがとう。50セルクも」
「構わん。しっかり講習を受けると良い。俺のためじゃなく、ミカ自身のためだ。ギルマスが言っていた通りだ。ちゃんと斥候職で働けるようになれば、どこに行っても食うに困らなくなる」
「わかってる。でも僕は、僕は……なんでもない」
†
「えっ? 僕は、ここに居ろって、どういう?」
「ああ、俺達は狩りに行くから、ここで待っていろということだ」
ギルドを出て、真っ直ぐ東へ。町を出て東へ向かう街道を進むと、クランハウスがある集落の丘陵を左に見て、そのままタルムという名の平原に至る。現在居る場所は、平原のはずれから15分程入った場所だ。
「なんでさ! 僕も一緒に行くよ」
ふうむ。そりゃあ、俺でもこんな辺鄙な何もないところで、理由も分からず、ただ待っていろと言われれば嫌だよな。パーティに加えたミカのステータスを見る。
≪職能:斥候:レベル15≫
AGI(敏捷比): 625
VIT(体力比): 159
MNT(精神比): 225
STR(筋力比): 135
DEX(技巧比): 321
LUC(幸運比): 102
≪スキル:警戒6、索敵7、罠看破4、罠解除2≫
市場での一件で分かって居たことだが、AGIが抜群に高い。あとは、斥候ということでMNTとDEXが高いと言える。だが、VITとSTRは一般人並だ。スキルは数値が5を超えてる項目、警戒と索敵がなかなかということだな。
『アイ。斥候って、レベルアップすると、どの辺りのステータスが伸びるんだ?』
『そうですね。概ね現状で高い項目がより伸びる感じですね』
そうか。傾向が変わらないのであれば、待たせる意味がないか。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう」
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