59話 朝練と覚醒?
朝練……やってましたよ。学生の頃は……我ながら信じられない。
「ケント様。どちらへ?」
クランハウスを出ようと思ったら、エマに呼び止められた。
「ああ。朝練だ。少し下った河原にでもと思っているが」
「私もご一緒しても構いませんか?」
「別に面白いことはないけどな。まあ、でも構わないが」
「はい」
「あぁぁ、僕もいいよね?」
「ああ……」
ミカは、俺に付いてきたいというよりは、エマと一緒に居たいのだろう。
そうなると。
「あと30分ぐらいでできますので」
「わかった」
リザだったら調理を中断してでも付いてくるのだろうが、リーザは予想通りの反応だ。
外に出ると、まだ朝早いからか辺りに人影はない。遠くに犬を連れた人が居たが、すぐに辻を曲がって見えなくなった。
集落を出て、緩やかな坂道を下ると、昨夜喰って呑んだレリック屋だ。
バーの左側から、多くの平たい木箱を抱えた誰かが出てきた。白いエプロンを着けている。
「彼は、団長さんの息子さんです」
「そうか」
俺達が近付いていくと、10段くらい積んだ木箱を店舗の左側に降ろした。
団長さんによく似て、ガタイがいい。
「カークスさん」
「おお、エマ……さん?!」
振り返って、彼は少し驚いたようだ。俺とミカが一緒に居たからだろう。それに俺の姿は、見慣れるはずのない上下ジャージだからな。
「昨日、集落に入居した、ケント・ミュラーだ。よろしく」
「あっ、ああ。よろしく」
エマを見て、顔が紅くなった。ああ。なるほど。
「あてっ。あぁぁ。ミカっす」
エマに手荒く促されたので、ミカも挨拶した。
「じゃあ、また」
三叉路に出て少し町の方へ進み、そこから右側の渓谷ヘ降りていく。間もなく、河原に出た。
この辺りの流れは少し蛇行しているからか、デカい岩がゴロゴロ転がっている所と、砂が堆積している所がこちらの川岸にも点在している。
「ほっ、ほっ、ほ!」
その岩の上を、ミカが跳び移りながら付いてくる。
「ミカ、危ないわよ。一月前の大雨で、岩が動いているかも知れないから」
「大丈夫、大丈夫」
「大雨ねぇ」
1ヶ月経ったからだろう。水は綺麗なものだ。
ミカの動きを見る限り、岩の方は問題がなさげだ。町での捕り物で分かってはいたが、かなり身軽だ。
俺というと、砂地に出てストレッチを始める。
さて。
まだ昨日のことだが、もう少し過去に感じられるミルコ会の練兵場での太刀合いを思い出す。
我ながら、結構驚きの瞬発力だった。
まあ、マグナードの木立でも、結構高い枝に飛び上がったこともある。あれは垂直跳びだったが。昨日は、退きつつ斜めに跳んだ。その状況でも、足跡はモップでギリギリ届く高さだったからなあ。我ながら、よくあそこに足が着いたと思ったし。
師範にも言われたことだが、自分の身体のことがよく分かっていないのは事実だ。彼を知り己を知れば百戦危うからずと言うぐらいで、後者が分かっていなければ話にならない。
身体も解れてきたし、そろそろ始めるか。ストレッチを切り上げる。
沢に接する砂場の部分まで寄る。
まあ、最初はやや軽めに。
膝を少し曲げて、跳躍。
ドローンの離陸動画のように、一気に周囲が下がった。もちろん、上昇速度は刻々と減じては行くが、わぁぁと叫び声が足のだいぶ下に行った。
重力が消えた段階で、目線の高さはざっと7mくらいだ。そのまま落下して砂場に着地。脚にそれなりの衝撃が来て、足が少し砂に埋まった。
これ位、飛び上がれるのは分かっていたが、ここまで力を使わなくても行けるとは。
何だ、この違和感は?
「ちょっ、ちょっと! どうなってるんですか、アニキ。今の魔法っすか?」
ミカが、乗っていた岩から飛び降りて、こっちへ寄ってきた。
「魔法? いや。使っていない。単純に脚力だ」
「いやいや、あんなに高く。獣人よりスゲー。ねえ、アネゴ」
まあそうだな。それはともかく、ミカは凄くはしゃぐなあ。
「それにしても。まったく、どんな脚なんですか、アニキのは」
「こらっ! ミカ。ケント様の邪魔になるから離れなさい」
「あっ! へーい」
ミカは俺の脚に触れようと手を伸ばして来たが、ピタッと止まった。そしてさっきまで居た岩の上に戻っていく。少しずつ心が開いてきたようだが。面白いヤツだな。まだ子供なのだろう、はしゃいでいるようだ。
はしゃぐ?
そうか。違和感はこれか。
自分に、人の……地球人に対して数倍以上の跳躍力があると分かれば、はしゃぐのは俺の方だ。だが、そうはならなかった。
おそらく無意識なのか、感覚のどこかなのかで、あの跳躍が当然の結果と思っているのだ。だから驚きもせず、心が大きく動きもしない。なんかそういうスキルがあったような気もするが。
もしかして───そうなのか。
ならば、自分の限界を、理性としても把握しておくべきだ。師範にもそう言われたしな。次は全力だ。
「ちょっと、アニキ。なんで脱ぐんですか?」
ジャージ上下に、シャツも脱いで上半身裸になる。寒くはないが少し涼やかだ。
「2人とも少し離れてくれ」
「水浴びじゃないんですか? アニキ」
「見ていれば分かる」
やるぞ。
気合いを入れて、膝曲げて跳び上がる。
勢いが違う! 格段に上回った。
浮遊感。
木立を俯瞰……できてしまった。10m以上の高さ──
ヤバいか!
身体を捩って捻りを入れつつ屈伸。
周囲の光景が絶叫系ジェットコースタのように捩れながら、視線で地表を捕らえた。伸身の体勢になると回転が収まり垂直へ。
ダーーン!
打撃音に続いてゴボゴボと水音が耳を叩く。視界が蒼暗く染まって、両脚両腕を広げ懸命に減速。それでも川底に足が着き、蹴り返して上に登る。
≪称号:|飛蝗人を得ました!≫
ぷはぁぁあ。
水面から顔が出て、顔を振ると河原が見えた。
どうやら、狙った淵に着水できたようだ。
新しい称号はなんだって……飛蝗人、イナゴかよ。
「ケント様ぁぁ、ご無事ですか」
「ああ! 問題ない」
エマが、こっち向かって飛び込みそうな勢いだったので、手を振って思い留まらせる。
流れに逆らわず、斜めに泳いで河原へたどりつき、川から上がる。
「はぁぁ」
宙に浮かんだ保管庫に、手を突っ込み手拭いを取り出す。
「大丈夫ですか?!」
エマが駆け寄ってきた。
「ああ」
「さっきは身体を捻って、わざと川に落ちたのですか?」
「そうだ。軌道を変えた。思ったより高く飛び上がったからな。地面に落ちたら、足を痛める可能性がある」
「それで着ていらっしゃった物を、予め脱いだわけですね、濡れるから」
「そういうことだ。大体飛び上がれる高さが分かったからな。着地して大丈夫な線を調整して見極める……なんだ。どうした? ミカ」
エマの後ろに隠れてこっちを見ている。
「あっ、アニキは、人間なんですよね?」
「はっ? 見ての通りだ」
「いや、サピエン族の皮を被った魔鉱獣なんてことは」
「そんなわけないでしょ! 馬鹿ね!」
「いや、でもアネゴ。普通の人間が、いや獣人でも、あんなに跳び上がれるわけが」
「もちろん、ケント様は特別よ! 私が主人と崇める御方なのだから」
いや、垂直跳びくらいで崇められても。
「ああ、悪いが。2人ともあっちを向いてくれ。下穿きの、水を絞りたい」
「はっ、はい。申し訳ありません」
†
「ただいま」
クランハウスへ戻ってきた。
あれから何回か跳躍して地面の着地を繰り返し、徐々に高さを上げていた。全力で跳び上がって着地しても、足は痛めないことが分かった。考えてみれば、着地の時と同じ加速度で飛び上がっているのだから。痛めるならば、その段階で痛めるよな。
リビングまで来ると、リーザに迎えられた。
「おかえりなさいませ。ケント様。朝食の準備が……できて……んん、髪はどうされたのです」
「ああ、川に入ったからな。少し待ってくれ。朝食前に風呂へ入る」
「はあ……?」
素通りして、脱衣所へ行く。
ちょっと、エマさん! どういうことなんですか? そんなリーザの詰問が、扉の向こうから聞こえてきた。
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