58話 樋と桶
誤って、昨日中に投稿してしまいました。申し訳ないです。
--------------------------------
樋と桶は字形が似てるねえ。水が流れる経路がある方が樋っすね。
「ケント、もうお風呂に入れるよ」
「そうか。じゃあ、入ってくるかな」
リビングから、俺の部屋に戻り、新しい肌着とガウンを持って脱衣所に行く。
リザはいいとして、ここの住民は若い女ばかりだからな。トランクス一丁で、リビングをうろつく訳には行かない。
そそくさと脱いで浴室へ行くと、樋から湯船となっている木の桶へ、そこそこの湯量が落ちている。源泉掛け流しと言うヤツだ。何と言う贅沢。
さっき、リザと一緒に桶やら洗い場の床を洗って、準備したのだ。リザの言った通り、もう少しすれば溢れるだろう。
湯の色は、やや褐色だ。透明ではない。
リザは、金色と言っていてたが、そう見えなくもない。
手を浸けてみる。
絶妙な湯加減。おそらく40℃ぐらいだ。
掛け湯をして、湯船の縁を跨ぐ。
数歩歩いて、腰を降ろす。
檜ではないだろうが、目の詰まった板が使われていて、日本で買ったなら相当な値段がするだろう。肌触りが良い。
「あぁぁぁ。いい湯だ」
余りの気持ち良さに、目を瞑る。
湯には少しとろみがあり、手で水中の肌に触ると、僅かにぬるっとした感触がある。湯船を洗う時に鑑定した結果では、炭酸水素ナトリウムが含まれていた。
ソーラさんによれば、切り傷に関節痛、それから冷え性にも効くらしい。
だから、彼らは冒険者が主な入居者になるだろうと予測していたが、現状では裕福な老人が多いらしい。
それにしても、今日は色々なことが起こったなあ。
朝はミルコ会に行って門弟になったし、午前中から昼はここの集落を紹介して貰い賃貸契約。昼からは買い出しに行って、ミカという新しい仲間ができた。
めまぐるしいとはこのことだ。
しかし、良い日だったなあ。
来たか。
衣擦れというか脱衣の音がして、やがて戸が開いた。
「どう? お風呂は」
「極上だぞ、リザ」
「アタシも入る。えっと、掛け湯、掛け湯」
しつこく言った所為か、ちゃんと手桶で湯を掛けて、リザが入って来た。
「でっかいお風呂、最高ね」
すばらしく晴れやかな顔だ。
その相貌は、全く日本人らしくはないが、なんとなく和の心を持って居る。
「随分、風呂が気に入ったよな、リザは、でも、この前まで入ったことなかったんだろ?」
「まあねえ。精々水浴びするぐらいだったわ」
「どこが、気に入ったんだ?」
「決まっているじゃない、ケントと一緒に入ることよ」
「そうかそうか。おぉい、抱き付くな」
色んな柔らかいところを押し付けてくる。
「いいじゃないの。エマはシャワーだけ浴びて、2階に上がっていったから、もう来ないわ。だからここで致しても、へ・い・き!」
「いやいや、もう少し風呂を楽しませてくれ」
「そうだけど、ちょっとヌルヌルして、気持ち良いんだもの」
†
6時に起きてリビングへ行くと、ミカがダイニングセットで突っ伏していた。
奥のキッチンでは、鍋に向かってリーザが何か作っている。
「おはよう」
「ケント様。おはようございます」
リーザが、こちらへわざわざ向き直った
ミカがその声で、顔を上げる。
「ミカもおはよう」
「あっ、アニキ、おはようっす。アタタタ」
「ああ、立たなくていい、座っていろ」
洗面所で、洗顔と木の柄に豚毛が植わったブラシで歯磨きをして戻って来ても、ミカは唸りながら、こめかみを押さえている。
二日酔いかよ。あれだけちょっぴりのエールで。体質か? 初めてだったからか?
でも、あの酔っ払い方から見て記憶が飛んでいるかと思ったが、アニキ呼びは憶えているらしい。
「大丈夫か? ミカに酒は少し早かったかな?」
「いや、ちょっと。ちょっと勢い良く行き過ぎただけっす。慣れればイケるっす、アテテ……」
むう。懲りていないらしい。
しかし、口調が砕けてきたな。ある程度打ち解けてきたのかな。まあ、良い傾向だ。
「そうか。じゃあ、これでも飲んでおけ」
小瓶を出して、テーブルの上に置く。
「これは?」
「毒消しだ。少ししたら、冒険者ギルドに行くからな。それまでにしゃきっとしておけ」
「お待ち下さい。ケント様」
「んん?」
リーザが、キッチンから出て来た。
「………… リーザが命ず レリーブ!」
「おお!」
ミカに翳したリーザの手がほのかに明るくなって、そこから穏やかに光が差す。
「あぁぁあ」
ぽかんとした表情で、ミカが見上げる。
「この位で良いでしょう」
「あっ、あれ、頭が……痛くなくない? 魔法、魔法で?」
「そうよ」
時々、回復魔術をエマに使ってやっていたが、毒の治療もできるんだな。
「ああぁ、ありがとうございます」
「いいえ」
「すごいな」
「ええ。まあ、この位は。お酒は毒性が低いですから。では」
リーザがキッチンに戻っていった。
「アニキ、アニキ」
なぜか、小声だ。
「なんだ?」
「誰っすか、今の人? リザに似ているけど。もしかして妹っすか? まだ紹介して貰ってないすけど」
元気になったら、良く喋るなあ。
一緒に居たから自己紹介しあったと思っていたが、していなかったのか。まあ、なんとなく2人とも、人見知りっぽいからな。
昨日は、帰ってきたらリーザとリザのことを説明しようと思っていたのだが、その前にミカが酔い潰れてしまったのだ。
「おーい。ちょっとリーザ。戻って来てくれるか?」
「何でしょう?」
ダイニングまで出てきた。
「うん。ミカが挨拶したいそうだ」
「えっ。あの……昨日アニキの奴隷として引き取って貰ったミカっす」
「ん? 知っているけど。私はリーザ。よろしく」
リーザは、可愛らしく小首を傾げた。
「こちらこそ。リーザにリザか。しかし、この家にはもう1人居たんすね」
まあ、そうなるよな。
「ああ。そういうことね。私は、リザでもあるわ」
「はっ?」
「よろしいですよね? ケント様」
「ああ」
リーザは、目映い謎光を発して、リザに変わった。
「えっ、はっ? あいたぁ」
「おい、大丈夫か?」
ミカが、椅子から転げ落ちた。
「そっ、ど、ど、ど、どうなって。魔法?」
「まあ、魔法みたいなものだけどね。ああ、お鍋が……」
リザがリーザへ変態しながらキッチンへ戻っていった。
はぁぁ。
ミカは椅子に座り直し、うなだれて首を振っている。まあ無理もない。
「ただいまぁ」
廊下から、エマがリビングへ入ってきた。長いバゲットのようなパンが入った篭を抱えている。
「ああ、ケント様、おはようございます。ああっ」
篭を置いて、ミカに駆け寄る。
「申し訳ありません。ミカにはエールをもう飲ませないようにします。お叱りは私に……」
「えっ? いや。俺は怒っていないけど」
ミカの様子を見て、俺が叱りつけたと思ったのだろう。
そもそも、俺が容認したのだ。二日酔いになったからといって、俺が責めることはできない。
「えっ? そっ、そうなんですか?! では、なぜへこたれていたの? ミカ」
「あぇ。僕は、リザがリーザと……」
「ああ、あれを見たのね?!」
「怒るどころか、アニキは毒消しの薬を僕に飲ませてくれようとしたんだよ。でもリーザが、魔法で治してくれたから。みんな優しいや」
「そうね」
エマは、ミカの保護者にでもなったようだ。
「リーザ。それは、どのくらい掛かるんだ」
「ああ、すみません。もう少し掛かります」
「わかった。じゃあ、少し出て来る」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya




