57話 下戸
酒に弱い人を下戸と呼ぶなら、強いなら上戸なのか? そうらしい。語源は、りっ、律令制?!
ああ、まだ注文を決めていなかった。
ん?
「おかみさん。メニューはどこに?」
冊子状のメニューもないし、壁を見回してもそれらしい張り紙もない。
「ああ、そんな洒落た物はないのよ。決まっていなかったら、任せといて。ウチの人の美味いものをすぐ持ってこられるわよ」
腹が減っているし、それで行こう。
「じゃあ、それを4人分」
「はい。それで、何か飲む?」
そうだよな、バーだし。でも、1人は……。
「ミカ! エール飲めるわよね?!」
おい、リザ。
「のっ、飲める……す!」
絶対強がりだよな。
「おかみさん。何か、ジュースとかミルクとか」
「ああ、ジュースは出していないんだよね、ミルクはあるけど、パンの材料だからねえ」
ううむ。
「じゃあ、エール4つ。ジョッキで。いいわよね、ケント」
いや、流石にミドルティーンにエールは……と思ったが、常識人のエマが、小揺るぎもしない。
「知らんぞ」
郷に入っては郷に従えかも知れないが。とはいえ、水を飲ませておくわけにもいかないよな。仕方なく肯く。
「はい。エール4つ」
「ああ、手伝いまぁす」
「ぼっ、僕も」
俺に何か言われると思ったのか、リザとミカが逃げていった。
「私が面倒見ますので」
「ああ。頼むな」
エマに向かって肯く。
「はい。お待ち」
おかみさんが、湯気を上げたデカい鉢を持って来た。
シチューだ。いい匂いだな。
そこへ、リザとミカが、木製のジョッキを持って帰って来た。
皆が席に着いて、俺に視線が集まる。
「じゃあ、ミカが来てくれてくれたこと、クランハウスができたこと……」
「それに、ケントが先生を見付けられたこと」
「ああ、そうだったな……諸々を祝して乾杯!」
「「乾杯!!」」
ジョッキを突き出す。
ミカが良くわからない感じだったが、遅れて突き出した。
二口ばかり飲んで、ジョッキを戻す。少し甘いというか、フルーティな良い香りが鼻から抜けた。
「なんか、うまいな。これ!」
苦みは少ないが、こく深いという感じだ。
アルコール度数も、そこそこ高い。ビールは冷えたのが美味いと思っていたが、常温も悪くない。
「うん。おかみさん、このエール、おいしいよ!」
拳大のバターロールぽいパンが盛られた籠を持って来てくれていた。
「そぅお? ふふん。このエールはね、ウチの親戚が作っているのよ。まだ始めたばかりの小さい酒蔵だけどね」
へえ。すごいな。そりゃあまあ、大企業の酒造メーカとかなさそうだし。地ビールならぬ、地エールか。
ミカも一口飲んで、ジョッキを戻した。
「ミカ、ゆっくりね」
「はい」
また飲み始めた。とりあえず、大丈夫そうだな。
俺もまた飲み始める。
ミカをじっと見ていたエマが立ち上がり、鉢から個々の皿に、シチューをよそってくれた。茶色い汁に、肉が具の主体のようだ。
「ケント様、どうぞ」
「ありがとう」
エマが肯いて、次をよそう。
「はい。ミカ」
ミカの目が泳ぐ。
「食べていいのよ。熱いから気を付けてね」
「同じ物……」
そして、俺の方を見た。
「遠慮するな。育ち盛りだ、じゃんじゃん喰え!」
待てよ? 女子も中学生の頃って育ち盛りだよな?
「うん」
満面の笑みになって、ガツとスプーンを握った。
おい、待て。熱いぞ!
あっ! ああ……間に合わなかった。ひとすくい喰って、ハフハフしてる。
「エール、エール!」
ジョッキを煽った。
「はぁぁぁ。うまぁぁ。初めて食べた、こんなの」
火傷しなかったみたいだな。
「そうかい、そうかい。ウチの人に言っておくよ」
通りかかったおかみさんが、うれしそうに肯いて調理場に戻っていく。
俺も掬って食べる。
「やあ、うまいな! シチュー」
「ねえ!」
横に座ったリーザも肯く。
まろやかだし、塩加減もいいし、複雑なコクあって、エールともバッチリ合う。これって、骨付き肉で出汁をちゃんと取っているのだろう。いやあ、クランハウスの近くに、ここまで美味い店があるとは。ツイてるな!
「これも、いいすか?」
ミカが上目遣いだ。
「ああ、パンも食べろ、食べろ」
言いつつ、俺も1つ手に取る。
「こうやってな。半分に千切ってこのシチューに浸けて食べるときっと美味いぞ!」
「おお!」
ミカもがつっとパンを掴んで、半分に千切って同じようにシチューに浸けた。
「ふうふうして喰え」
「ふうふう?」
擬音が伝わらねえ。
「息を吹きかけるんだ」
「ああ!」
理解できたのか、息を吹きかけてから、口に運んだ。
「うまぁ!」
「そりゃあ、よかった」
パンを千切って浸けて食べ、スプーンで掬って食べ、エールで流し込む。
このローテーションだ。何か小動物に餌付けしている気分になってきた。
「ゆっくり食べろ! お替わりもしていいからな」
俺も食べながら、ジョッキを煽っていると、エールがなくなった。
「おかわり貰ってくる」
リザが立ち上がり、俺のジョッキも持って行った。
しかし、俺もなんだかんだで、酒が強くなっているような気がする。
『ご主人様。放浪者のスキルで毒耐性が上がっていますので、その所為かと』
毒耐性って……酒は毒か! まあ、急性アルコール中毒もあるしなあ。
しかし、何かと便利だな、放浪者のクラス。アイは、随分ディスっていたが。視力をはじめとして五感も向上したようだし。悪くないんじゃないか?
『放浪者が天職であったら、厳しいと申し上げただけです。補助職能としては、貶していません。得られたスキルも、外敵を早く見付けるため、野山にある飲む物、食べる物に害があるかないか、獣のように鋭敏に見分けられ、多少のことではまいらないようにするためですけどね』
何となく、拾い食いしても中らない体と言われているようだ。微妙な気もするが。役立つ物は役立つ、先入観は良くない。
って、あれ?
いつの間にか、ミカの様子が。
「おい。ミカ?」
「なんれすか、アニキィィ?」
「兄貴……?」
「アニキィって、よんれ、いいれすよれ?」
おおい。完全にできあがっているじゃないか。しかし、そんなに飲んだか? ミカのジョッキを持ち上げる。ううむ、結構重い。
「ああ、兄貴と呼んでも良いが……」
「あい」
「……もう、エールはやめとけ!」
「ええ? まだ飲めらすよ。ねえ。アネゴ」
「アネゴ!?」
エマも瞬きした。
「はい。ケント!」
リザがジョッキを、俺の前にも置く。
「ああ、ありがとう」
「あれ? ミカの顔が真っ赤になっていない?」
顔が陽に灼けていて分かり辛いが、赤いな。確かに。
「いやあ。まだジョッキで半分位しか飲んでいないんだけどな」
飲んだのは、数百ミリリットル位のはずだ。
「酒弱っ!」
「た、たれがよわいんら。アニキもアネゴも強いれすよ……うぃ」
自分のことは念頭にないらしい。
「アニキにアネゴだって。ぷっくく……」
「なにがおかしいら? リザ!」
「って、なんでアタシだけ、タメ口なのよ?!」
「リザはリザらよ!」
「まあ、アネゴよりはいいけどね。歳も2つ違いだし」
よく分からん基準だ。
「はい。丸鶏のロースト、お待ち」
「うわっ、美味しそう!」
「切ったら肉汁が、飛び出すわよ……って、あらあら。この子は」
ミカの酔いがいよいよ回ったらしい。
目が据わって、瞼が非対称に閉じかかっている。
「ちょっと、まだこのエールは早かったかしらね。他所より酒精が高いからね」
だよな。
おかみさんが、もうひとつ椅子を持ってきてくれて並べたら、ミカはその上に丸まって寝てしまった。
「なんか、猫みたいだな」
「ミカ猫!」
三毛猫みたいに言うな。
それからも何品か料理が運ばれて、大いに満足して、クランハウスに帰った。
ミカは、アネゴがおぶっていった。
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訂正履歴
2023/03/25 少々加筆




