56話 天職は……
職業を誰かに決められるのは、いやなのか。それとも悩まないで済むのか。
「……うぅむ」
「どうした? アイ」
「ケント様。ミカの天職を聞いても、お怒りにならないで下さいますか?」
「なんで、俺が怒るんだ? ……ああ、わかった、わかった。怒らない、怒らないぞ」
アイには日頃から感謝しているが、時々面相臭くなる。
「では、改めまして。ミカの≪天職≫は……」
引っ張るなぁ。どうせならドラムロールでも流したらどうだ?
「斥候です!」
「はっ?」
「ですから、斥候です。レベルは15と、中々のものです」
「なっ、なんだと……本当か?」
それはまた。
「ちょっと待て。レベル15って、レベルアップの時に、なんで分からなかったんだ? 天職だから10から始まるとしても、5回はレベルアップしているだろ」
「天職を知らないと、レベルアップの報告はありません」
そうなのか。
「そうでしたか、斥候。そういえば浴室で、迷宮でも盗みをしていたって、そう言っていたわね」
「に、2年前までは。ここから近いオラント迷宮に居た……居たっす」
「ああ、無理に“っす”って付けなくっていいぞ。そうか。グーザは、オラント迷宮で暗躍していたって憲兵が言っていたが。その時から、一緒にいたのか?」
ミカが肯く。
ふぅむ。
「ということは……グーザは、ミカの天職を知っていて買ったということか。自分の手下にするために」
なかなかに腹立たしい。
「普通、奴隷を売る時は天職を明示します。それで値段が大きく変わりますからね。買う方も、まずはそれを確認します。知らずに買うのは、ご主人様ぐらいです」
悪かったな!
「ん? アイは、ミカの天職を斥候といつ知ったんだ?」
「ご主人様が、ミカを捕まえた段階で知りました」
「なっ、なんで先にそれを……」
「お怒りにならないのですよね」
こういうことか。
「はぁぁぁ。怒らないから、理由を言え」
「簡単なことです。予め天職を知っていれば、ご主人様のことです。ミカを引き取らない方向へ、持って行ったのではないですか?」
むぅぅ。
「ご主人様は、清廉潔白すぎて、他人を自分の都合に誘導することを嫌っていらっしゃいます。若者らしくて好ましい資質とも言えますが」
「どうせ、青臭いって言うんだろ」
「否定は致しません。それより、ご主人様こそ、どうなのです?」
まったく。アイは抉ってくるな。
「確かに。先に天職のことを知っていたら、気持ちが変な方向へ捻くれていたかも知れん」
微妙に、エマの表情が曇った。
「心配するな、いまさら変える気はない」
はぁぁ。エマと、なぜかリザも溜息を吐いた。
「それよりもだ。これからどうするかが、肝心だ。ミカ、斥候職をやるか、やらないかは、自分で決めるんだ」
「盗み以外でできることなら、やってみたい。斥候をやりたい」
前向きだな。
「……だけど、斥候職って、何をすれば?」
「そうだな。まずは迷宮内での道案内だ。うまく、皆を迷宮の道筋から余り外さないようにしないと、深くは潜れない。大事な役目だ」
「オっ、オラント迷宮だったら……」
ん? ミカは指を繰っている。
「30まで」
「おおっ、30階層まで潜ったことがあるのか?」
首を振った。
「行ったことがあるのは、もっと下まで。案内できるのが30っす」
「なるほどな」
教育を受けていないから知識はないのだろうが、論理はしっかりしている。地頭は悪くなさそうだ。
「他に何か?」
「そうだな。罠があったら見付けて、できればその罠を動かないようにする。魔鉱獣と戦うというよりは、みんなのためを考えて、色々なことをやる役割だ。わかるか?」
肯いた。
「罠は、分かるけど。でも、避けるだけしかできない」
「いや、分かるだけでも、すごいことだぞ」
「そっ、そうすか?」
少し嬉しそうだ。
「他には……エマ、どうだ?」
「私も、そんなに詳しくはありませんので。冒険者ギルドで聞いてみるのはいかがでしょう?」
「ああ、そうだな。それがいい。明日、ギルドに登録しに……登録できるよなあ? それも含めて、相談しに行こう」
「はい」
皆が肯いた。
「よし。今日決められそうな所は、この辺までだろう。そう思ったら、腹が減ったな」
今日は、昼食をまともに取っていない。
「ああ、すみません。帰りにどこにも寄れなかったので」
そう。ミカが汚い恰好……まあ本人も汚れていたが。それで、食品を扱っている店には近寄れなかった。
「朝、買ってきたパンならあるけれど」
ふむ。保管庫に肉串があるから、それを挟んで……パン!
「そうだ! レリック屋へ行こう」
「それが良いわ!」
†
「おお、よくきたな」
レリック屋に行くと、オリビエさんが迎えてくれた。
宵の口だというのに、席の8割方は埋まっている。
「繁盛していますね」
「まあいつもこんなものだ。おっ、このぅ……」
ミカを見据えて首を捻った。ああ、なるほど。でも一応、リーザのスカートを借りて穿いているだろ。ただ、前も後ろも見事に断崖絶壁だからな。
「ああ。この娘は、ミカと言います。挨拶」
「こっ、こんばんは」
「ああ、そうか。この娘が住人4人目か。ああ、揃いも揃って、別嬪だな……?」
まあ、午前中に来た時はそうではなかったのだが、4人目だ。
ん? オリビエさんの視線が逸れていたので、振り返ってそっちを見た。なんだ? 客が皆こっちを向いている。
ああ、そうか。リザに、エマ、妙齢な娘を連れているからなあ。店内に女性も居るようだが、それなりに年齢が行っていそうだ。
「ああ……みんな聞いてくれ!」
デカい声だ。今まで盛り上がっていた話し声が、一斉に止まる。そして。
「ケントに、リザに、エマに、えっとミカ。みんなの方を向いてくれ」
もう憶えたのか。すごいな。
「何だ? 団長!」
「その娘達は誰だ、団長」
オリビエさん、本当に団長と呼ばれているな。
「そのことだ! ここに居る子達はな、今日できた俺の息子と娘だ!」
「今日できた?」
「血は繋がっていないがな、あははは。だから、言っておく! 娘たちに手を出すヤツが居たら。この俺がぶっ倒す。そして、この店も出入り禁止だ!」
えぇぇぇと店中が響めいた。
「いいな! わかったな。このオリビエには二言はないぞ! 今日来てないやつらにも言っておけ!」
低音が響く。
ふう。厳ついだけの人じゃねえな。器がでかい。俺も団長と呼ぶことにしよう。
「わっ、分かったぜ。なあ、みんな!」
「おっ、おう!」
微妙な肯定だな。
「よぅおし。ああ、あそこが空いているぞ」
「はい」
団長さんが指した4人掛けテーブルへ移動する。
まあ、まだ周囲の視線は付いてくるが、リザの現状は露出度が低いから問題はないだろう。
ん?
エマが、何か言いたそうだ。
「ああ、ミカも座れ」
「でも……」
リーザもそうだったなあ。
「アタシも座っているんだから。立っていると、みんながずっと見ているよ」
「はっ、はい」
やっとミカも座った。すすっと、団長の奥さんが来た。
「やあ、よく来てくれたね」
「おかみさん!」
「この子は?」
ミカがビクッとした。
「ミ、ミカです」
「そう。可愛いお嬢さんね」
ミカの口が無言で動いて、赤くなった。
「ああ、俺も挨拶していなかった。ケント・ミュラーです。イレーネさん。よろしく」
「こちらこそ、よろしく。ああ、みんな、おかみさんて呼んでくれてるわ」
「じゃあ、おかみさん」
「ううん。いいわねえ。ウチの人も言っていたけれど、新しい息子と、娘ができたみたいで嬉しいわ……おおっと、ごめんね。何にする?」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2023/03/18 誤字訂正,パンを買ったのはエマと限定する説明を削除




