55話 新たな仲間
仲間っていい言葉ッスよねえ。
憲兵隊本部を出ると3時を過ぎていたので、クランハウスに戻って来た。
ミカの顔や手足がかなり汚れているので、エマが一緒に風呂へ連れて行った。
「不思議なものだ」
「何が?」
リビングのソファで隣に座って居るリザだ。
「ミカだよ。ほっぺたを張った上に、あんなことを言ったエマに懐くとは思わなかった」
帰り道でもエマにくっついて歩いて居た。それで一緒に風呂へ行かせたのだが。
「ああ……」
「ん? リザは何か心当たりがあるのか?」
「うーん、なくもないわ。怒られたり、罵声を掛けられたりね。非正規の奴隷は特に虐げられるそうだわ」
「おお」
リーザは正規だったが、それなりに経験がありそうだな。
「だから、そういった奴隷は、いつもビクビクしているそうだわ」
ほう。
「それに、その奴隷のためを思って、正面切って叱ってくれる人なんて居ないの」
「それが、エマってことか?」
「うん。虐げられている方は、本能的に分かるのよ、親身になってくれる人が。エマは優しいし」
「ほぉぉ、エマは優しいのか?」
「アタシじゃなくって、リーザがそう言っているの!」
赤くなって、ぷいっと顔を背けた。
しかし、そういうものなのか。
俺は虐められたことがないから、よくわからないけれど。それに体罰は忌むこと、そう染みついているが。所変わればということなのかなあ。
脱衣所の方から、声が聞こえた。
「あれ?」
まだ、入ってから15分ぐらいしか経っていない。
脱衣所に続く扉が開いて、エマとミカが出てきた。
「早かったな。エマは風呂に入らなかったのか?」
髪が濡れた形跡がない。この世界にはドライヤーがないから、すぐには乾かせない。魔法を使えば話は別だが。
「ああ、ミカにシャワーを浴びさせただけです」
ミカは、風呂に行く前にリザが服を渡していた服を着ている。ボサボサだった髪も、洗って櫛を入れたのか、こざっぱりした感じだ。
地の肌は、そんなに黒くはないらしく、見えている日焼けしていない部分は、日本人くらいだ。
「じゃあ、ミカも風呂には入らなかったのか?」
もったいない……と思うのは、俺だからか。
「ああいうのは、入ったことがない……す」
ああ、なるほど。それにしても口調が変わっている。
「そのうちに、おいおいと」
「そうだな」
「ミカ、ケント様の前に掛けなさい」
「あっ、はい」
ミカが俺の正面の床に座ると、その横にエマが座る。
「ソファに座れ」
「良いのよ、ミカ」
「はっ、はい。あの……」
「ん?」
「さっきは、偉そうなことを言って、ごめんなさい」
あぁぁ。急にしおらしくなったな。
エマに諭されたか?
「いや、俺は盗みをしなければ生きていけないなら……そんなことになったことがないから分からないが、どうすべきか相当悩むと思う」
「へっ?」
「だから、俺にはミカを責めることはできない」
顔が上がって、初めて視線が合った。
俺の顔をまじまじと見ている。俺も見る。
綺麗に洗われた顔は、歳より幼く見えるが、まあまあ整っていて、確かに少女だ。
「それと、男に間違えていて、悪かった」
頭を下げる。
「あぁぁ……」
「さて。さっきはうやむやになったが、どうする。ここに居たいか? それとも、他に行きたいか? ミカが選んでくれ。今すぐでなくともいいし、もちろん他に行きたいと言っても、すぐに追い出すわけではないから安心しろ」
ミカは、エマを見遣って向き直った。
「オイラ……僕は、こっ、ここに居たい。いや、居たいっす。エマと一緒に。それでも良ければ、置いて下さい」
語尾の“っす”は、ミカなりの丁寧語らしい。
「そうか、わかった。理由はどうでもいい。皆を裏切ったり、ミカが他に行きたいと思わない限り、刑期が終わるまでは売らないでおく。ああ、気が変わったら、いつでも言ってくれ」
「ぐすっ……うっ、うっ、うぁぁぁぁぁ…………」
エマに抱き付いて、嗚咽し始めた。
「ほらっ、ケント様にちゃんとお礼を言いなさい」
「あっ、あう。ありがとうございます。ケント……様」
「礼はいい。それと、俺が主人となったが、別に敬う必要はない、様も不要だ」
ミカは、大きく目を見開くと、エマの方を向いた。
エマは、ふうと息を吐いて、首を振った。
「そうよ、付けなくてもいいわよ。アタシもケントの奴隷だけど。様なんか付けていないでしょう」
「えっ? 奴隷、リザも?」
「そうよ。でも、ケントはアタシを奴隷扱いなんかしないし。相棒とか従者とか言ってくれるのよ」
嘘は言っていないが、俺にしな垂れ掛かるな。ミカが微妙な表情になっているだろう。
「もしかして、情婦?」
「そうそう。難しい言葉知っているわね」
「むう!」
「ああ、ごめん、ごめん。えっと、何が言いたかったんだっけ……ああ、そうそう。エマみたいに、恰好付けて、ケント様なんて呼ばなくて良いってことよ」
「恰好付けているわけではなく、敬う気持ちが……」
「エマ!」
「はい。ケント様」
「エマが呼ぶ分には構わないが、ミカに強制しないように」
「しょ、承知しました」
「それは、困りますね」
「うわっ! なっ、なんだ、あれ!」
不意にアイが顕現し、ミカはエマに抱き付いた。
「ああ。こいつはアイ。俺の守護天使だ」
ややこしいのが出てきたが、ついでだ。
「て、てっ、天使!?」
「呼び方はともかく、ご主人様への失礼は私も許しませんよ」
ミカは、大きく目を見開いて、何度も肯く。
「驚くことはない。俺は転移者だから、天使が付いているんだ。ああ。それと、ついでだ」
俺の手甲が外れ、床に落ちると黒豹に変わった。
「まっ、魔鉱獣!」
「大丈夫だ。俺の従魔で、レダという名前だ。俺が嗾けなければ、人を襲うことはない」
「レダ? ほっ、本当に?」
抱き付いているエマの方を向くと、優しく肯いた。
こうして見ると、親子、いや姉妹のように見えるな。
「それより、ミカ。あのことを」
あのこと?
「そうだった。オイラ……いえ、僕はここで何をすれば?」
「何を? あぁぁ。考えていなかった」
どうせ一人称を変えさせるなら、僕じゃなくて私の方が良くないか?
「やっぱり、ケント様は考えていなかったんですね」
「ああ、こうなるとは思っていなかったからな」
リーザの時も突然だったが、今回もだ。
それにしてもあいかわらず、俺は考えなしに勢いで行動する。要反省だ。
アイがこっちを向いて肯いた。だから、無駄に俺の考えを読むな!
「まあ。今日からこの家に住むことになったから、何か家事でも手伝って貰えばいいんじゃないか?」
「家事ですか? 戦闘は?」
エマがまた無理なことを言う。
「戦闘な。確かにすばしこかったが。一応訊くが、何かできることがあるか、得意なことはなんだ?」
「盗みは何度もしたけれど、戦ったことは……」
そうだよな。
「……やっぱり盗み以外、僕は何もできないのか?」
ミカは身体を、折り曲げて前に突っ伏した。
なんか、落ち込んでいるというか、絶望まで行っていないか?
確かに、自分が犯罪以外に役に立たないと思ったら、そりゃあ、凹むよな。などと、傍観者になるわけには行かない。
「わかった。何か、ミカが得意なことを探そう。あのすばしっこさだ。活かせることが、きっとある。慌てることはない」
「けっ、ケント様」
ミカが顔を上げると、何粒も涙を流していた。ちょっと情緒不安定だな。まあ無理もないが。
「感動的な場面で、恐縮ですが」
「何だ、アイ!」
「ご主人様。お忘れですか? この世界には天職というものがあることを」
「ああ、そうか」
自分に天職がないから、余り意識していなかった。
「で? ミカ。天職はなんだ?」
「そっ、それが……」
ん? まさか?
「それなんですが、ケント様」
エマだ。
「さっき、浴室で私も訊いてみたのですが。9歳の時に非合法の奴隷として売られてから、どの宗教にも入信していなかったので、自分の天職を知らないそうです」
「知らない……のか。ほぉぉ」
ミカが肯いた。
そうだよな。そうそう、“天職なし”なんてことは起きないよな。
しかし、自分の天職を知らない場合もあるのか。
「信者でなくとも修道院へ行けば、わかりますので。そのうちにと思っていましたが、明日にでも行ってこようかと」
そうだな。リーザと同じようにして、レベルを伸ばしてやれば良い。
「その必要はありません。その者の天職は分かって居ます」
「ああ、そうか、アイには分かるんだった。それで、天職はなんなんだ?」
「はい。ミカの天職は……」
皆の目が、俺の肩に留まったアイに向いた。
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訂正履歴
2023/03/11 少々加筆




