54話 交渉の末に
初対面の人との交渉は難しい……。
「ほう。君がグーザを捕まえたのかね?」
「はい」
憲兵隊管理官。
頼み込んで、別室にいるこの人に会わせて貰った。
目の前にいる男が、軽微な罪人を裁く権限を持っている人だ。
裁判を掛けられる場合は、罪状を認めない場合と、殺人や強盗などの凶悪犯や、汚職や政治犯らしい。窃盗犯かつ罪状を認めている場合は、余程の大金を盗んだ以外は裁判に掛からないそうだ
「それで、窃盗犯のミカという犯罪奴隷を身請けしたいということだが?」
「仰る通りです。是非管理監殿にお願いしたく」
「ふむ。犯罪奴隷の有期刑の目的は対象者の更生だ。更生成否の大部分は、身請者の資質で決まる。資質を裏付ける信用が君にはあるのかね?」
「それは……」
「転移者にして冒険者、それもつい最近、この世界に来た者と聞いているが?」
「むう……」
「ところで。ミカという者を身請けしたいのは、なぜかね?」
「ミカという子供の境遇には同情するところが多分にあります。それとクランの者達が……鉱山送りにするのはと」
「鉱山でも、毎日食事は与えられるし、更生の効果は高いとされている。それと言っておくが、我が憲兵隊が、買い取られる先を決めているわけではない。あくまで委託した業者の競りの結果だ」
だが、それはエマに聞いたところでは立前だ。犯罪奴隷に値を付ける者は、鉱山と売春宿以外にほぼいないそうだ。14歳だと後者は性別に関わらず違法だそうなので、実質鉱山送りのみとなる。
さっき言い淀んだのは、アイの話を聞いて思い出したからだ。
鉱山で子供が労働なんていうと、とんでもないことのように思える。だが、地球でも産業革命の頃、18世紀には10歳未満の子供でも鉱山で重労働をさせられていたようだ。俺の表層記憶からは消えていたが、きっと、ネットかテレビかで見たのだろう。
しかし、問題はそのことが鉱山に限られた話ではないことだ。
この管理官の口ぶりから分かるように、工場でも農場でも、そして奴隷でない平民の子供でさえ、まあまあ酷い待遇で働いて居る。程度の差こそ有れ、俺の生まれる数百年前の地球や、この世界では当たり前ということだ。
目の前に居る管理官が、殊更厳しい訳ではないらしい。
当たり前か。
もちろん、俺の手の届く範囲なんか知れたものだ。
だが、もう関わってしまった。流されて、通り過ぎる俺は、俺が許せない。
「俺は競りに参加できますか?」
「それは、委託業者に聞いてみることだな」
ここまでか。
「わかりました。お手数を掛けました」
俺は踵を返した。ここで言い争っても詮無い。
「まあ、待ち給え」
数歩進んだところで止まる。
「なんですか?」
「ああ。君は、犯罪奴隷の売却代金が何に使われるか知っているかね?」
「いいえ」
そんなことで、呼び止めたのか?
流石に怒りが湧いてくる。
「代金は全て、犯罪被害者のための基金へ納付される。本官はもとより、憲兵隊も一切受け取ることはない」
ん?
「不幸にも保護された別の子供の親が現れなければ、その2人の育英にも使われると言うことだ。つまり、代金が基金に納付される額が多いことは望ましいことだとは思わないか」
「そうでしょうね?」
だから何が言いたいんだ、管理官は。
「君には信用があるとは言えないが、今から信用が作れないとは言ってはいない」
「どういうことですか?」
「信用とは、つまるところ金だ!」
くぅ。これは体の良い要求、つまり賄賂だ。
管理官を睨み付ける。
「勘違いするな、本官は金など受け取らぬ」
「はっ?」
「言いたいことは、世間での信用の源泉とは金だということだ」
むぅ……いかんいかん、冷静になれ。
管理官の言っていることは、間違っては居ない。
この世界にはないようだが、クレジットカードとは、これを持っている者は信用して良いという店への保証だ。なぜカード会社は保証するのか? それはカード利用者が返済できる経済力を持っていることをカード会社が知っているからだ。
「金で信用が買えるということですか」
「そうだ。売却上限額の100ヴァズを支払えると言うならば、君に身請者の資質があると信用しよう。ちなみに、犯罪奴隷の場合は転売できるが、その金額で買い取る者はないぞ!」
「分かりました」
保管庫から小金貨を100枚出して、管理官の机に置く。
「即断即決か、良い度胸だ。その髪にその顔。そして、ケント・ミュラーという転移者の名前を憶えておこう」
「では?」
「ああ、ミカという者は、君に引き渡そう。ただ支払う先は、本官ではなく、会計課にしてくれ」
†
「ケント! どっ、どうだった?」
応接室に戻ったら、リザが縋るような眼で近寄ってきた。
「うん。あの子はウチで引き取ることになった」
会計課に寄って、購入代金を支払ってきた。
「ああ。よかった。あんな場所でアタシが杖をうかつに持って居なければ、あのミカって子も鉱山送りなんてならなかったものね」
ふむ。リザはリザで責任を感じていたらしい。
とはいえ、我々に関わらなくとも、別の機会に捕らえられていたかも知れないが。
「失礼致します」
若い憲兵が、ミカを連れた来た。
「この犯罪奴隷の所有権移行は、終わっておりますので。あとはよろしく」
憲兵が部屋を辞して行った。
「あんたは、100ヴァズも払って身請けしてくれたそうだな。ふん。金持ちのボンボンか!」
うわっ。結構ひねくれているな。
「100ヴァズ! うわぁ、大金ね」
「ふん。後悔するぜ!」
「どうだかな。ミカ。聞いてくれ」
「なんだよ?」
「俺は、奴隷という制度が嫌いだ。なのに、ミカを買うことになった。大いなる矛盾だろう」
ん? 反応がない。
「ムジュンって、何だ?」
「あっ、ああ。今回であれば、言っていることと、やっていることが違うと言うことだ」
「ふふん。違いない」
「まあ、聞け! 犯罪奴隷というのは、転売……別の誰かに売ることができるそうだ。ミカが俺のことを気に入らないというなら、別の誰かに売っても良い。どちらにするかは、ミカが選べ!」
犯罪奴隷は、刑期が終わるまで解放はできないそうだ。
「あはっはは。馬鹿じゃないのか? 誰が、犯罪奴隷なんかを100ヴァズも出して買うもんか!」
ん? エマが立ち上がった。
つかつかと歩いて……うわっ!
鈍い音と共に、ミカが吹っ飛んだ。平手打ちだ。壁際までタタラを踏んで止まった。
「イッ、痛ったぁ!!」
「ケント様に、失礼は許しませんよ!」
「くっそ!」
「エマ! 冷静に、冷静に!」
「ああ、はい。申し訳ありません」
「ミカの言うことは間違っては居ない。確かに100ヴァズも出して、犯罪奴隷、しかも刑期5年を買う者はいないだろう、俺の他にはな。それでも構わん。ミカが俺を気に入らないというなら、たとえ1ヴァズ、いや。1セルクでも良い。俺は売る」
金額がいくらになっても刑期は変わらないが。
「1セルクだと! ばっ、馬鹿にするな!」
「ああ、すまんな。ミカに1セルクの価値しかないということではない。勘違いするな」
「ふん! あっ、あんた、ケントって言うのか」
「ああ」
「ケント……あんたは、子供が好みなのか?」
「はぁ? 好みとはどういう意味だ? 子供は別に嫌いではないが?」
「違う! オイラを抱きたいのかってことだ」
「抱く? はあ?」
少し背筋が寒くなる。
「俺に同性愛の趣味はない」
ん?
なんか変な空気だ。
リザを見て、エマを見る。
「あのう、ケント様。ミカは女ですが。そうよね」
こっくりと肯く。
「おっ、女!?」
思わず立ち上がる。
「ケント様。まさか、ミカが男の子だと思っていたのですか?」
いやあ。
びっくりした。確かに少年にしては、線の細い感じだと思っていたが。
髪は短いし、顔は汚れていて、よく分からないし。そもそも、オイラって一人称は男だろ!
しかし、そうだったのか。
「ああ、いや女であっても、関係ない」
「そうよね。そっちの趣味あったら、リーザが大喜びするわ!」
リザ……。
「じゃあ、なんで? なんでだ! 同情? 同情かよ?」
「まあ、正直同情だ」
「けっ! 同情なんか要らねえ。オイラは、喰うために盗みをしたんだ。盗みをしなければ、死んでいた。悪いか?!」
口元が震えている。
強がりだ。
エマ? 眦が上がっている。ミカの両肩を掴んで、自分の方へ向ける。
「盗みをしなければ、生きていけないのならば、死になさい。そんな考えならば、私が殺してあげます!」
おおぉ、おい!
首に手を掛けて、締めようとするエマを、羽交い締めにして止める。
「うっ、う、うわぁぁぁあん」
なぜか、ミカはエマに抱き付いて泣きじゃくった。
「あぁぁぁ……」
声の方を見ると、憲兵さんが扉から顔を出していた。
「取り込み中、悪い。そろそろ部屋を開けて貰いたいのだが」
訂正履歴
2023/9/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)
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