53話 憲兵
警察が軍から別れたのは、世界的見ても結構近代なんですよねえ。
憲兵が来たのなら致し方ない。
庇い立てする義理はないからな。
この子供を、突き出す手間が省けたと考えよう。
「エマ。引き渡してくれ」
「わかりました」
ん?
なんだろう? 何か違和感が……。
この憲兵か。
時々目にする憲兵に比べて、まあ肥満体型という位か。いや、体型で差別はいかんな。だが、なんだか周りを警戒しているような。不測の事態に備えているのか?
エマが憲兵の前まで行って突き出すと、今までジタバタしていた少年は観念したのか急に大人しくなった。
「手を出せ!」
憲兵は腰に下げていた、波打った板が2つ連なった物を取り出した。ああ、手錠か。素直に手を出した少年に填めていく。こうやって見ると、日本のというか地球の手錠は良くできていたな。
あの機構だと、拘束するのに時間が掛かるよな。
……それにしても、憲兵の手付きがぎごちない。というか、何か焦っていないか? まるで何かに追い立てられているように
『そういえば……』
『なんだ? アイ』
『この憲兵は、えらく迅速に駆け付けましたね』
確かにな。
填め終わった。
「それで!」
ん?
「この餓鬼が盗んだ、杖はどこにある?」
「ああ、リザが取り返したが」
「そうか。じゃあ、ここに出せ。証拠品として押収する」
「押収……」
「嫌よ、出さないわ」
拒否の意思を示して、リザが俺の後ろに回り込む。
まあ、杖を取り上げるのが誰かに関わらず、彼女にとってみれば嫌に決まっている。
「なんだと! 貴様、憲兵隊に逆らうのか! 早く出せ!」
いやいや、こちらは被害者だ。いくら何でも横柄じゃないか?
やはり、この憲兵は不自然に見える。
日本の警察官はいつも堂々とした態度だったからか。深夜に職務質問された位しか節点はなかったけれど。
「わかりました。リザ、杖を」
「えぇぇ……」
不承不承、俺に渡した。
それに釣られるように、憲兵がこちらを向いた。
「憲兵殿は、その少年を連行されるので、大変でしょう。これから憲兵隊の詰め所まで、俺達も同行しましょう。そこで杖を渡します」
「詰め所? えぇい! 黙れ黙れ! 言うことが聞けぬのか?」
顔が真っ赤になった。
「それを寄こせ!」
なぜか少年を手放して、憲兵がこっちへ突進してきた。
咄嗟に身を翻すと、憲兵は勢いそのまま露店に突っ込んだ。
あぁぁ。露店が半壊した。
頭でも打ったのか、憲兵は地面に大の字になった。完全に失神しているな。
『ご主人様、襟章と胸章を見比べて下さい』
襟と胸……おっ!
「何だ、何だ! 何の騒ぎだ?」
取り巻いていた人垣が割れ、暗紺色の制服が2人駆け込んできた。
「貴様! 憲兵に手向かいしたな!」
警棒を抜いて、殴りかかろうとしている。
「お待ち下さい。逆らう気はありません」
「現に、そこに倒れているじゃないか!」
「ほう……はたして」
†
俺達が待たされていた部屋へ、憲兵が戻ってきた。
「君達の捕まえた子供の証言通り、ヤツのねぐらには、もう2人子供が監禁されていたよ」
「ちゃんと保護したからな」
「はぁ。それはなにより」
リザとエマも、肯いている。
俺達は、憲兵隊東地区本部へ連れてこられていた。もう1時間位経っている。
最初は取調室みたいなところだったが、今は応接室みたいな所に移った。明らかに待遇が上がっている。リザとエマも最初は仏頂面だったが、機嫌が戻ってきている。
さっき、戻って来て対応している、憲兵さん達も笑顔だ。
「いやあ、お手柄だったなあ、ケント君。それにしてもよくあの男、グーザが偽憲兵だと見破ったな」
「ああ、駆け付けた時に、のびていたからな。てっきり、君達の方が憲兵に手を出した、凶悪犯かと思ったぞ」
「いいえ。手なんか出していないですよ。グーザが転んだだけです」
『確かにご主人様は手を出していませんね。ちょっと足を出して、引っかけてましたが』
うるさいな、アイ。しかし、グーザってすごい名前だな。仮名か?
「監禁されていた子供の身元は、誘拐もしくは行方不明の子供の名簿を照会しているところだ」
「まだ幼いからな、親が見つかるまで孤児院で引き取ってくれるそうだ」
「それはよかった」
いや、名簿が必要な程、行方不明の子供が多い状況てのはやりきれない。
「グーザという男は何者ですか?」
「うむ。グーザは、7年前から指名手配されていたやつでな」
「指名手配。結構前から悪いことをしていたんですね」
子供を使って窃盗なんかやらせていたから、最初は小物だと思っていたけれど。誘拐と聞いて驚いていた。
「前はオラント迷宮で、何人も手下、そっちは大人も含めてだが、そいつらを率いて窃盗やら強盗などを働いて居たそうだ」
「へえ。そんなヤツが、またなぜ偽憲兵なんか?」
「ああ、冒険者ギルドの一斉捜査で窃盗団は散り散りになって、町場に降りてきたそうだ」
「ふぅむ」
あのギルマスのやったことの影響か。
「いずれにしても、強盗、人身売買に偽憲兵だからな。極刑は免れない。俺達も今度、憲兵大隊長賞を貰えるそうだ。あっははは」
『棚ぼたですね』
よく知っているな、その言葉。
でもあの子供の言ったことを信じて、迅速に偽憲兵のねぐらを捜索した果断さは、この人達の手柄だ。
「おめでとうございます」
「いやいや。ケント君達のお陰だ。ああ、君達にも懸賞金が出るぞ」
「懸賞金!」
杖は押収されないと分かって安心し、半分眠たそうにしていたリザが反応した。
「まあ、10日位掛かると思うが」
「わかりました。ところで、リザから杖をかっぱらった、あの子も誘拐されたんですか?」
「いや。あの子……ミカという名前だが、ミカは4年前に非合法の奴隷商から買ったそうです」
「へえ。そうなんですね」
『ああ、なるほど。そういうことでしたか』
何のことだ? アイ。
「憲兵さん。訊いても良いですか?」
リザだ。
「ああ」
「ミカって子は、これからどうなるんですか? あの子は、奴隷で強制されていたし、誘拐された子に食べ物を与えないとか、殺すとか脅されて、盗みをやっていたんですよね?」
かなりのすばしっこさを活かして、盗みをほとんど成功させていたらしい。今回のように希に捕まると、グーザがあの姿で出てきて、憲兵隊に連行すると言ってミカを取り返していたそうだ。
中々えげつないやり方だ。
「うーん。それなんだが」
「犯罪奴隷となることが決まった! 刑期は5年」
「犯罪奴隷!? どうして?」
「うむ。確かに情状酌量の余地は多分にあるが、余罪が多すぎるからな。自主的な意思がないとは言い切れないと判断された、14歳だからな」
そんな歳なのか。もう少し幼いと思っていた。
「ただ、そんなに、罰は重くない。犯罪奴隷、一般奴隷より制約が多い有期の奴隷となり、その罪を償うことになる」
まあ懲役みたいなものか。俺の感覚では懲役5年は重い気がするが。この世界には少年法というものはないらしい。中々に理不尽だ。
「そんな、可哀想……」
盗まれて、一番怒っていたのはリザだが、その怒りはグーザの方へ向いたようだ。
「ちなみに奴隷というと、誰が買うのですか?」
憲兵さん達は、顔を見合わせた。
「川向こうの鉱山だな」
「鉱山!」
「どうした、エマ」
「身体が小さいことは、狭い坑道には逆に都合が良いのです。でも、待遇は悪く。私も慰問に行って知っていますが、そういう子供はまともに成長できなくなるか。早死にするか……」
沈痛な顔をした。
「ねえ、ケント……」
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