52話 盗難騒ぎ
油断大敵です!
王都北町の端が見えてきた。
特に城壁も堀もない。つまり、どこからでも入れるし、出て行ける。俺にとっては普通の町だ。
だが、エマに言わせるとそうではないらしい。町には、異民族や魔鉱獣に備えて城壁があるのが一般的らしい。マグナードにもあったしな。
北町は市街地であり、住人もそれなりに居るとは思うが、貴族達にとっては、あの遠く霞んで見える壁の中だけが王都なのだ。その外、つまり目の前に見える、町並もそこに住む者達も守るべき対象ではないのだろう。
町から集落までは15分程掛かったが、今回は下りなので10分余りで着いた。
「それで? まずはどこへ行くんだ?」
「はい。魔灯を買うなら、第9条東第8通りにある店が良いと、おかみさんが仰ってました」
「おかみさんって?」
まあ、大体想像は付くが。
「レリック屋のイレーネさんのことです」
肯く。
やっぱりな。さっきが初対面だったのに、もうおかみさんって呼んでいるのか。えらく懐いたな。
「それはともかく。ここから近いな」
ちなみに、ここは東の角から少し入った所だ。
東地区は、あそこにみえる角、10条10通りまでしかない。まあ、西地区には別に10通りまでの町並みがあるのだが。
「はい」
「その店って、ドゥーム魔法具店ですか」
「ん? エマ、知っているのか?」
「ええまあ。修道会への納入業者ですから」
王宮に面した1条は日本人の俺が見ても、中々綺麗な町並だった。しかし、この辺りは、雑多で統一感が薄い。たが庶民の活気が見て取れる。
「あそこですね」
石畳を歩くと、すぐに着いた。エマが指差す先にドゥームと書いた看板が見えた。
「ほぉ」
3階建ての石造り。回りを見回してもの中々立派な建物だ。
近付いていくと、最近読めるようになった数字とその横に文章が見える。
『1階が日用品、2階が専門用途品、3階は事務所なので、売り場は1階と2階ですね』
その通りに、文字がぱらぱらと視界の仲で切り替わった。
『売り場案内か。専門用途品とは?』
『魔法士が使う物品ですね。魔法発動に必要な魔導具、魔法を憶えるための巻物。後はタリスマンなどの補助魔法具ですね』
リザが好きそうな商品だな。そう思いつつ横を向く。
「リーザ。どうした。大丈夫か?」
彼女は、俺と同じように看板を見つめているが、何だか痙攣するように身悶えている。
「ちょっと、やめて……もう! ああ、大丈夫です。リザが無理矢理変態しそうだったんです」
5秒ぐらいで、震えが止まった。
「もしかして、リザは2階に行きたがったのか?」
「そうなんです。杖が欲しいって。こんな人目があるところで変態しようとするなんて。今回は魔灯用の魔石を買いに来たっていうのに!」
「杖か。じゃあ、ここは最後にして、他が終わったら2階も見ることにしたらどうだ?」
「よろしいのですか?」
「杖を買うのは約束だからな。まだ、昼過ぎだし。いいんじゃないか」
「はい」
リーザは、あまり表情に出ないが目を細めて笑っている。かわいいなあ。
「ということで、エマ。悪いが他のところから案内してくれるか?」
「はぁ……はい」
エマは、踵を返して歩き始めた。
なんだか、そこはかとなく不満そう見える。俺がリーザに甘いなあと思っているのか? 考えすぎかな?
†
「やったぁ! 流石は王都ね。品揃えが良いわ」
リザがスキップしている。
大きな鍋や洗濯用の大タライを買って、ドゥーム魔法具店に戻った。1階で魔灯と魔石を買ったあと2階に移って、魔法の杖を物色し始めた。そして、トネリコの杖といくつかの魔法の術式が書かれた巻物を買った。
リザの後に付いて、エマと歩く。
「ああ。杖の代金は、俺個人の財布から出すから」
84ヴァズ55セルク。もう軽自動車なら新車が買えそうな値段だ。
「はい。ケント様を信用していますので」
リザは余程嬉しかったのか、杖を箱から出して手に持っている。
おいおい、気を付けろよ。人に向けるなよ。
杖と言っても、長さは30cm弱の太めの指揮棒みたいな物で、先端は1cm角ぐらいある。
おっ?
横の小路から子供が飛び出して、あっと思ったときにはリザとぶつかった。
「おい。大丈夫か?」
リザが、道にへたり込んでいる。
「なあ。君も大丈夫か……えっ?」
ぶつかった子供が、立ち上がってばっと離れた。
「あっ! 杖! 杖がない、盗られた!」
確かにリザは何も持っていない。
「さっきの子供か?!」
振り向いたら、子供はもう10m先──
脱兎の如く駆け出している。
ちょっと先には人波があり、あそこに逃げ込まれると捕まえるのは!
チィ!
舌打ちと共に揮った右腕から、黒い何かが飛び出す。
鞭の如くしなった黒い綱は、恐るべき勢いで伸び、疾駆する子供の下肢に巻き付いた。
びたんと、擬音が聞こえそうな感じで、つっぷして転んだ。
アイタァ……いや、俺がやったのだが、あれは痛い。
そこに、リザとエマが駆け寄っていく。
「返して貰うわよ!」
地面に転がった杖を、リザが拾い上げた。壊れていないか、目の前で見つめている。
「イタタ」
子供の方は、エマが引き起こし、背中に右腕を捻り上げている。ああ、いいけど怪我させるなよ。
「お見事な鞭捌きです。ケント様」
解けた鞭は短くなっていき。やがて俺の手甲に戻った。
「いや、これは……」
形を変えていたレダだ。
鞭のように変形して飛んでいった。
俺はイメージしたが、実際の手柄は彼女のものだ。
『そこは、私ではないですか?』
『ああ、そうだった』
レダの微妙な制御は、アイの領分だ。
獣相で飛び掛からせることも、一瞬頭を過ぎったが、物騒過ぎて騒ぎになると思い鞭にした……いや、十分騒ぎになっていた。気が付いたら、回りに人垣ができている。
「はぁぁ。壊れていなかった。よかった」
「よかった、じゃない! 杖を見せびらかせていた、リザも悪いんだぞ!」
「うう。ごめんなさい」
うむ。素直でよろしい。
「で、この子はどうするの?」
「窃盗は、立派な犯罪です。憲兵に突き出しましょう!」
えっ?
いや、子供だぞ。
ぱっと見、顔が黒く汚れていて、良くわからないが。日焼けした、小学生から中学生位の線の細い子だ。着ている物は、薄汚れたシャツと半ズボン。いや、裾のほつれ具合から見て、元は長ズボンだったかも知れない。いずれにしてもダメージ加工の域を遙かに超えてぼろぼろだ。
「それは、また……」
捕まえておいてなんだが、少し可哀想になってきた。
「放せ、放せ!」
とはいえ、ここで放免すると、いかにも再犯しそうな感じでジタバタしている。逃げ切られていれば、結構な損害だしなあ。まあ仕方ないか。
「なんだ、何があった! ここを通せ!」
その声に人垣が割れ、下腹が出っ張った男が出て来た。暗紺の制服に制帽、軍靴を履き、それになにより白い腕章。憲兵だ。
デカい門の前や、警邏で時々姿を見掛ける。
エマによると、この国には警察組織はないので、行政および司法警察の役割を軍の一部分である憲兵隊が負っているそうだ
「あの子供が……」
野次馬の1人が、こっちを指差した。
「子供? その餓鬼が、何をした?」
「ああ。このリザが持っていた杖を、この子供が引ったくったのだが、捕まえた」
「どうだ? 今この男が言ったことは間違いないか?」
皆は黙っている。
「どうなんだ? ああん?」
中々居丈高だな。
「つ、杖を盗んだかどうかは分からないが。その子供が、あの女にぶつかって逃げた。そして、その黒髪の男が捕まえたのは間違いない」
「ふん。わかった。その餓鬼は憲兵隊で預かる!」
訂正履歴
2023/02/18(誤字、僅かに加筆)
2023/09/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)
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ブクマもありがとうございます。
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