表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/82

51話 契約と入居

まあ、面倒臭いですよね、契約ごとは。

「では。最初の方の家を、ご契約ということで」

 集落入口から少し下ったところにある店の一角に場所を移して、ソーラさんと商談中だ。売り物のパンの香ばしい匂いが漂ってくる。


 あれから、3人ぐらい一緒に入れる湯船を持つ浴室を気に入ったリザが、ここに住みたいと言い出した。それを、まあまあとなだめ、他の各部屋を案内して貰った。2階にも5部屋の個室があったので、都合7LDK+書斎+浴室+土間+地下室という、巨大な間取りだ。


 もう一軒の空き家も案内して貰ったが、間取りは同じだった。

 エマもやや町から離れているが、逆に迷宮には近いので異存なしとの意見となった。


「それで、住まわれる方は、クラン・ミュラーズの方々4人とあの従魔1頭でよろしいですね」


 “あの”というのは、店先で寝そべっているレダのことだ。今は、リザが背中を()でて機嫌を取っている。それから4人というのは、リザとリーザを同一人物にしておくと、面倒そうなので2人として申し出た。


「とりあえずは、その人数だ。これから増えるかも知れないが」

「分かりました。あの物件は、冒険者パーティのギルド推奨人数6人で問題ない間取りになって居りますので、安心して下さい。6人より増える場合は、お知らせ下さい」

「了解だ」

 7人以上が継続的に住む場合は、家賃が割り増しになる。まあ無制限に、住まわれても困るからな。


 ちなみに冒険者の中短期入居用途想定で集落を開き、建物を建てたそうだ。しかし、温泉が好評を得て、今では集落の半分位の入居者はリタイヤした高年齢者らしい。こちらに来る時に、擦れ違った夫婦もそうだった。だが、ずっと住んでいるわけではなく、別荘としての使用が多いらしい。


「それでは、先程申し上げましたように、3ヶ月契約で1ヶ月3ヴァズと、加えて保証金5ヴァズが必要です。もちろん、退去時に部屋が破損、汚損していなければ保証金をそのまま返金します。つきましては、8ヴァズをお支払い戴ければ、今日からでもご入居戴けます」


 1泊10セルク、千円見当だ。昨日泊まったホテルの1割未満だ。まあ、ここは結構な多少辺鄙(へんぴ)ではあるが、あれだけの広さに温泉まで引いてある。それを考えれば格安だと思ったが、エマはそんなものでしょうと言っていた。確かに水道はあるが、電気とガスはないしな。俺は、金銭感覚がおかしくなっているかも知れない。相場が特殊な首都圏で一人暮らしをしていたし、こっちに来たら来たで儲かっているからなあ。


「了解だ」

 俺としては、高コストだが雑事がないホテルでも良いとは思った。が、マルコ会にも近いし、どうしようか考えていたら、リザにうるうるした目で見られたので、ここに来る段階で住むことにした。

 こんなにすぐ決めてもよいのかとは思うが、まあ賃貸だ。気に入らないことが強くなれば、引っ越せばよい。


 小金貨8枚を保管庫(ストレージ)から取りだして、テーブルの上に置く。


「これを支払おう」

「まあ。ルーちゃんが書いていた通りだわ」

「はっ?」

 何と書いてあったのか気になるな。


「では、当方も皆様の入居に同意致します。よろしければ、こちらに署名をお願いします」

 賃貸契約書を受け取る。

 少し待っていると、文字がぱらぱらと日本語文に訳されたので読んでいく。


『ご主人様。特に問題はないと思いますが』

『そうだろうとは思うが、クランの拠点にするんだ。クラマスとしては読んでおかないとな』


 退去時の原状復帰で争う場合という文言の所は少し気になったが、こんなものだろう。

 ペンを取る。最近、自分の名前だけは自力で書けるようになった。


「これで良いか?」

 2通の契約書に署名して渡した。

「はい。結構です。では、契約書1通と、玄関と勝手口共用の鍵3本をお渡し致します。極力合鍵は増やさないで戴くと防犯上助かります」

 肯いて受け取り、保管庫に入れる。

 ソーラさんは、支払った小金貨を(かばん)に仕舞っている。


「これで契約手続きは終わりました。では、この店の主で共同大家を紹介します。叔父さん!」

「おお!」


 店の奥、厨房(ちゅうぼう)から、大柄な中年男が出てきた。厚手の前掛け(エプロン)をしている。半袖シャツから突き出ている肩の筋肉が厳つい。


「契約は終わったかね?」

「はい。滞りなく」

「そうか。俺はオリビエだ、よろしく」

「ケント・ミュラーだ。こちらこそ、よろしく頼む。それから立っているのはエマ、従魔のレダと、一緒に居るのはリザだ」


「ふーん。随分腕が良さそうだな。それに、ふたりとも別嬪さんだし。歓迎するぞ」


「ウロロロ……」

「おっと、従魔も大人しくて賢そうだ。ははは……。さっきは立ち会えなくて悪かったな。仕込みのキリが悪くてというのあるが。正直、俺は数字やら契約やらは苦手でな。難しいことは、みんな、ソーラに任せている。だが、普段のことなら任せておいてくれ。何か困ったことあるあったらここに来てくれ」

「それは、助かる」

 無骨そうだが、感じが良いおっさんだ。


「まあ、相談するなら俺よりは……あれ? どこ行った」

 さっき、姿が見えた女の人のことかな。


「叔母さんは、そのうち戻って来られるでしょう。それより、叔父さん。お店の紹介もされたらどうですか?」

「ああ、そうだな。このレリック屋は、何でも屋だ。料理も出すし、夕方からは、バーとして酒も出している」

「叔父さんの作る肉料理は評判なんです。迷宮帰りに毎回寄る冒険者達もいるくらいで」

「へえ」


「ああ、俺は5年前まで傭兵をやっていたのでな、客の何割かは、その時の仲間や知り合いだ。あぁ傭兵が料理って思っただろう。そういう顔をしたろ」

 してない、してない。顔を振る。


「そうか? 傭兵てのは、外に出たら何でもやらないと駄目でなあ。貴族様が連れて来た専属コックに仕込んで貰ったんだ。野蛮そうに見えるだろうが、そこらの店とはちょっと違うぞ」

 おぉぉ。あれだ、ミリ(タリー)メシってやつ。


「まあ、それで、ここに来る馴染みの客は俺を団長と呼んでいるが。あんたらは、まあ好きに呼んでくれ。それから、あっちの一角は朝から夕方までしかやっていないが、日用品と毎日焼いているパンも売る」


 おお、焼きたてのパンは良いな。

 さっきから、香ばしい薫りが漂っている。


「おおう、来た来た。連れ合いのイレーネだ。あいつと、配送に行って今は居ないが3男が焼く作るパンは旨いぞ。それとすぐに住むなら、シーツやら日用品が必要だろう。買うなら、イレーネに言ってくれ」


 奥さんがにっこり笑って、会釈してきたのでこちらも返す。

 エマとリザがそっちへ寄っていった。


     †


 ベッドのマットレスの大きさをイレーネさんが把握していたので、シーツやらリネン類と食器類など、日用品を買って新居に戻った。


「美味いな、これ」


 団長さん(オリビエ)が言っていた通りだ。

 今朝焼いたという黒パンは、少し酸っぱくもあるが、うまい。15mm厚に切ったものに、(あぶ)ったベーコンとチーズをのっけて、(かじ)っている。

 のっけた物は、修道院の物販コーナーで買って来た物だ。


「そうですね」

「はい」


 リーザとエマの返事にわだかまりが残っている。

 要するに昼食中なのだが、和やかな雰囲気ではない。


 新居に入って、まず初めにやることは。決まっている。各自がどの部屋を自分の部屋にするかだ。つまり、部屋割りだ。


 1階の主寝室が俺。それはすんなり決まった。問題はそこからだ。

 2人が揉めた。その時はまだリザの姿だったが。


『アタシは、ケントと一緒の部屋で良いわ』

『何を言っているのです! ここは、誰かの家ではありません、クランハウスです。駄目に決まっているでしょ! こんなに部屋が沢山あるのです。別の部屋が妥当です』


 おお、正論だ。


『ええぇ、ケントもアタシと一緒が良いよねえ?!』

『いや、別にしておこう。ここはクランハウスだ』

『えぇぇ。じゃあ、アタシは、その隣の部屋にする』

『なぜ、リザが決めるのですか!? 私が隣に入ります』


 と、まあ(つか)み合い寸前まで行った。

 結局、エマがそういう存在と思われることがないよう、俺の隣の部屋には、リーザ/リサの部屋にすると、俺が決めた。


『そういう存在でも、一向に構わないのですが』

 エマはそう言っていたが、聞かなかったことにした。


 その後、リザは引っ込んでリーザと変わったので、エマも少し落ち着いてきているが。話題を変えないとな。


「じゃあ、これから、レリック屋で買える物は別にして、ここで暮らすには、あと何が必要なんだ?」

「んん」

 リーザが水で流し込んだ


「はい。レリック屋で、道具類もそこそこ揃ったんですが。大きな鍋と桶がいくつか。それに少しお値段は張りますが、魔灯を」


 主に使われる照明器具は、蝋燭(ろうそく)、ランプ、魔灯がある。だが、蝋燭は裸火で気を使う。ランプは油の精製が不十分なので、3日も使うと(すす)で汚れるガラスのカバーを掃除しないと駄目で面倒だ。というわけで、少々お高いが魔灯を使えと言い渡した。魔灯は道具屋で売っている魔石が燃料相当になる。


「あとは、洗濯用に大きいタライも欲しいですね」

「ああ、そうでした」

「じゃあ、少し食休みをしてから、町へ買いに行こう」

訂正履歴

2023/02/11 微少に訂正

2023/09/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)


お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/04/09 誤字訂正 (あまこさん ありがとうございます)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ