49話 コネクション
子供の頃、コネがコネクションの略とは知らず、日本語と思っていた小生。
「あっ、ああ。娘が済まんな」
やはり、師範の娘か。
「いえ。よろしくお願いします」
他流派の門弟になるなんてどうかと思うが、一度三浦流から離れた身だしな。それに、ここには爺様も居ない。
「うむ。さっきの話の続きだ。引き続きケント君と呼ばせて貰おう」
「はい」
「私は、ジェフリーだ」
「えっ? ミルコさんではなく?」
「それは、会の創始者である祖父の名だ」
なるほど。
「ところで、修行をやめていた期間はどのくらいかね?」
「ええと、11歳で止めたので、8年間やっていませんでした」
「おおぅ、8年もか? ふむぅ」
師範は、顎を摘まんで考える風だ。
「えっ、ちょっと待って! ケントは19歳なの?」
師範代が大きく目を開いている。
「はあ……そうですが」
その向こうで、リザがふくれっ面になっている、なぜだ?
「年上!? てっきり年下だと思っていたわ」
やっぱり日本人は幼く見られるんだなあ。ってことは、師範代は何歳なんだ? しかし、俺より若くて師範代なのか。強いし、凄いな。少し尊敬した。
「ふむ、8年もやっていなかったら、もっと酷いはずなんだが……」
そう言われてもな。自分にしてみれば、十分まずい状態だ。
「それはともかく。君は、さっき言ったように自分の身体状態と感覚が不一致なんだ。だから、何をやっても……それこそ、以前より強くなっていても、こんなはずじゃない。前はこんなものではなかったって思えるんだろ?」
「うっ! はい」
なんで分かるんだ?
「8年の間に身体能力は上がっただろうし、この世界に転移してきてから筋力が伸びたと言っていてたじゃないか。確かにさっきの壁を蹴って跳んできたときの動きも尋常ではなかった」
「そうよ。あれは、びっくりしたわ。私の薙ぎが入ると思ったのに姿が消えていて、次の瞬間には壁から突っ込んできたから……んんん? 最初突きが来たと思ったのに、私が受けた時は剣先が立っていたのって」
まずい。
「それは、角度的にマリナの顔に剣先が入りそうだったから、ケント君が剣を引いたんだよな?」
「むぅぅ、そうなの?!」
うぅわ。眦が逆立った!
「もう! 突きなら突きで、ちゃんと受けられるわよ、馬鹿にしないで!」
ああ、怒らせてしまったか。逆の立場なら、俺も怒るしな。でも、さすがに防具なしの女子に突きはなあ、駄目でしょ。
「まあ親としては、万が一もある。未婚の娘だからな感謝したいが」
「はぁ」
「それより、師範! 状況は納得したようだし、対策を教えて上げてよ」
「対策なあ。そっちは結構難しいんだ。結局本人の心の問題だからな」
俺に心の問題か。
「まあ。ルーシアが言った通り、言葉だけでは分からないというか。傍でどうこう言っても、結局自分で腑に落ちないと解決しない。とはいえ、結論から言えば、前はよかったなんてのは、幻想だ」
「幻想?」
「ああ。そうであって欲しいという、願望でもある。君は、今の君しかない」
「うううむ」
「昔はどうだったと求めても、徒労に終わる。今を高めていく方が、余程建設的だ。そうだな。まずは、ケント君が今の自分は何者であるか。それを知ることに注力することが良いんじゃないかな。例えば、しばらく剣を握らず、鍛錬をやってみるとかね」
「わかりました」
「うん。素直なのは良いことだ。立ち直りが早くなるからね。じゃあ、また会おう」
「ありがとうございました」
師範も、練武場を去っていった。
あれ、なにやら微かに。
「師範は、右脚が不自由なのですか?」
「ふぅん。よくわかったわね。毒矢を受けたのよ」
「毒矢!」
「ああ、私が言ったということは内緒にしてね」
「はい。それは最近のことですか?」
「いやいや、私がまだ幼い頃でね。お姉ちゃんはともかく、私は良く憶えていないのだけれど」
「そうですか」
「毒が回って、死にかけたんだけれど。何とか魔法治療で事なきを得たそうよ。それでも1ヶ月以上動けなかったって聞いているわ。だから、ほぼ治っているけれど、今でも少しね。そうか。ケントのことを分かるのも、その時のことが教訓になっているのじゃかしら?」
原因は違うけれど、状況的には合致するところがあるのか。
「あっ! 私も学校へ行かなきゃ! ああ、ケント! あそこの箱に掃除道具が入っているから、あれを消しておくこと! じゃあね」
「はい」
お辞儀をして見送る。
あれ……壁をみると、両の足跡がくっきりと付いていた。
†
「では、本日から1月分のお月謝領収書をお渡しします」
マルコ会事務所と看板が出ていた部屋は、ざっと8畳くらいの部屋だ。
ルーシアという事務員さんから、小さい紙を受け取る。マリナさんは学校と言っていたが、彼女は見た目通り高校生相当だとして。その姉というこの人は、一体何歳なのだろう?
中学生位にしか見えないのだが。
「何か、ご不明な点でも?」
しげしげと、彼女を見ていたようだ。
「いえ、特に」
「ええと、それからお風呂のある住むところでしたね?」
「そうなのよ、心当たりはない?」
話に食い付いて来たリザに、やや眉を顰める。
「つまり、今のところ、王都には住むところがないということですね」
おっと、まずい方向へ話が向いたか?
「当会としては、門弟の私生活に干渉は致しませんが、流石に犯罪者は困ります。もちろんミュラーさんの身形や受け答えから察するにそうではないでしょうけれども、住所不定というのは微妙ですね。今はホテルに泊まっているのですか?」
「そうそう」
「では、なかなか宿泊費も馬鹿になりませんね」
「そうなのよ」
リザが、人懐こく食い込む。
「温泉付きの賃貸住宅なら心当たりがあります」
「温泉!」
今度は俺が食い付いた。
「ええ。ここから、迷宮へ向かう間にありまして。傷ついた冒険者達には好評ですよ。一般の賃貸住宅に比べれば多少割高になりますが、ホテルに比べれば逆に安くなります」
日々のメンテやら、消耗品がないからそうなるな。
「温泉はいいな」
「そうですか。そこは、レリック商会というところで斡旋してくれます。よろしければ、紹介状を書きますが」
この国は、人の縁が重要だ。
「お願いします……こちらは、ほんの心付けです」
「まあ。ありがとうございます」
大銀貨を1枚渡す。
うーむ。笑顔がリーザより幼く見えるな。ルーシアさんは、便箋を取り出して、紹介状を書き始めた。
「ねえねえ、ケント。オンセンって何?」
ルーシアさんから離れたら、リザに訊かれた。
「はっ?」
それで、食い付きが弱かったのか。
「温泉というのは、地熱によって温められて地表に戻って来た地下水だ。もしくは、井戸で汲み出したものでな、風呂として使えるらしい」
日本だと、源泉での水温25℃以上が温泉だったかな。成分によっても変わったんだったけか? まあ、細かいことはいいか。どうせ、この世界の定義とは違うだろうし。
「わぁ、お風呂のことなの」
やや大声になったので、ルーシアさんに少し睨まれた。
「いいじゃん! お風呂、お風呂! ところで、チネツって?」
「ああ……エマ、この国に火山はあるのか?」
「ええ、この辺にはありませんが。南の方にありますね」
ふむ。やはり、ここは地球によく似た岩石型惑星と考えて良さそうだ。
「そうか。火山というのは地下奥深くから岩石やそれが溶けたマグマが噴き出てできた山だ。そのマグマやある程度冷えた岩石の熱が地熱だ。あとは、火山が関係なくても、地下……地面の下は、下へ行く程暖かくなるから、その熱だな」
「へえぇぇ」
「ミュラーさんは、物知りなんですね。それとも、転移者は皆さんそうなのですか?」
紹介状を書きながら、ルーシアさんが訊いてきた。
「ああ、いや。他の転移者には会ったことがない」
「そうなんですね」
「ふふん! ケントはね、転移する前は学士だったのよ」
リザが、なぜか誇らしそうにしている。
「なるほど、学士様だったのですか。すると元の世界では貴族だったのですか?」
「ああいや。一般……こっちでいえば平民、庶民だ。俺の国では、多くの者が大学に行っていた」
「まあ! でも学士様のありがたみが減りますねえ……できました」
ありがたみか。
紹介状を受け取り、レリック商会の住所を聞いて、ミルコ会を後にした。
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訂正履歴
2023/01/28 少々加筆
2023/02/11 名前間違い(レダ→リザ)




