48話 剣なのに太刀合いとはこれ如何に
刀を持っても剣士と呼ぶが如し……てな感じで。
(本作品では片刃を刀、両刃を剣と表記しています)
ケント様の太刀合いが始まった。
瞬間、女の師範代が飛び込んでいく。
速い!
上段から振り下ろしをケント様が受け止めるが、一合の後に剣を絡めるように、さらに踏み込まれていく。
まずい。
剣を絡め取られる───
そうはならなかった。ケント様が大きく剣を弾いたのだ。しかし、それも師範代の想定の内らしい。体勢が崩された。
蹴りが来る! ………やはり!
だが、師範代の渾身の蹴りは紙一重で空を切り、ケント様が身を翻した。
私、この流れを、この流派をどこかで見たことがある。
「ほう。あれを捌くとはね、だが……」
師範と呼ばれた男が、低くつぶやいた。
その言葉通り、体勢を崩されたケント様に、途切れることなく、師範代の剣が振り下ろされ、薙ぎが入る。
「ねえ、エマ。あの女、強くない? ケントは負けないよね」
「それは……」
師範代は、若いにもかかわらず強い。それもかなり。私なら多分負けている。
ん?
「リザ、さん?」
私の腕をつかんでいた。ぎゅっと力が籠もってくる。リザでも心配するのね。
連続攻撃に、ケント様は防戦一方だ。徐々に壁近くまで追い込まれる。
「ふむふむ。大体分かってきたな……そろそろ」
まるで、私に聞かせるような師範のつぶやき。
その刹那、師範代の剣がケント様の剣をカチ上げた。
やられる!
がら空きとなった、胴に薙ぎ一閃!
「なっ!」
「おおっ!」
薙ぎは、胴を捉えたかに見えたが、空を切った。
そして、ケント様が視界から消えた。
ダン!
打撃音の源。
遙か後ろの上空にケント様が居た。
壁に両足を突くと、恐るべき速度で反発───
矢のように師範代へ飛び込んでいく。
突き?
その渾身の反撃も、女師範代は数歩も後ろに滑りつつ受け止めた。
それにしても、途中まで突きに見えたが、なぜかケント様は、剣を立てていた。
「はい。やめやめ。そこまで」
「えっ?」
隣に居たはずの師範は、いつの間にか二人の間に割って入った。
「ちょっと、お父さん。まだ勝負は付いていないわ!!」
「そうだな、師範代。だが、太刀合いの目的は勝負を付けることじゃない。それと、私のことは師範な」
「むう」
ケント様は眉根を寄せていたが、無表情に戻ると剣を引いて、頭を下げた。
「ふぅぅ……」
リザは、息を呑んでいたが、安心したように長く吐いた。
†
「ケントだっけ?」
師範代は、興奮が静まったようで、俺に話し掛けてきた。
「はい」
「なかなかやるわね。それにしても、最後のは何なの? まさかあれを空振りするとは思わなかったわ! サピエン族とは違う速さというかバネ? 転移者っていうのは、みんなそうなの?」
「さあ。他の転移者には会ったことがないので。この世界に来て、急に筋力が伸びたのは事実です」
「ふうん」
「それはそれとして」
師範だ。
「はい」
「剣に迷いがあると言っていたね。分かる気がするよ!」
おっ!
「本当ですか!?」
「ああ。推測だが、君は以前剣術を学んでいたが、少し前までやっていなかったんじゃないのかね?」
「おお! その通りです。分かりますか?」
「分かるさ。これでも他人に剣術を教える身だからね」
そんなものか? いや、そんなことはないと思うが。
「そっ、それで?」
思わずどもる。
「簡単なことだ。自分の身体状態と感覚が不一致なんだ。だから……」
図星だ!
だからなんだ!
「お待ち下さい!」
出入口の方から声が掛かった。
「なんだ? ルーシア」
さっき庭先を掃いていた少女だ。
「そんな大事なことを、門弟でもない人にペラペラと教えるものではありません」
「しかしだな」
「そうよ、彼は困っているの。人助けよ、お姉ちゃん」
えっ、お姉ちゃん? どう見ても師範代の方が年上に見えるのだが。
「人助け大いに結構。ところで、私の方は何時助けてもらえますかね。師範と師範代に商売っ気がないので、やりくりするのに大層困っているのですが」
「「うっ!」」
ふむ、この団体の財務は、このルーシアという年齢不詳の女性が取り仕切っているようだ。家庭内の力関係が垣間見える。
「それに、そちらの方だって、答えを言葉だけで聞いても、うまく行くでしょうか? 師範はいつも頭だけで考えるな、身体で憶えろ。そう仰っているじゃないですか」
「あのう」
「何でしょう?」
「俺としても、無償で教わる気はありません。よろしければ、ミルコ会へ入門させて戴きたく」
少女は、目を輝かせた。
「まあ! 転移者と言えば、無頼の者が多いと聞きますが、あなたは道理を弁えた方のようで助かります。ミルコ会はお月謝制で、大人の門弟はおひとり当たり80セルクです」
「おい、ルーシア、勝手に話を進めるな!」
「ええ? この方を門弟に取らないと仰るのですか」
「いや、身体もできているし筋も悪くない。こちらとしては不足はないが」
「ならば、あとは経済力ですね。入門されるのは、何人ですか?」
「ああ、俺だけだ。じゃあ、これ」
大銀貨8枚を渡す。
「お一人で残念ではありますが。ありがとうございます。お名前は?」
「ケント・ミュラーだ」
「そうですか。お帰りの際に、事務所……門を入ってすぐ左にあります。そこにお寄り下さい。領収書を渡します。では、私はこれで」
すたすたと去っていった。
用語補足
薙ぎ(薙ぎ払う):水平の軌跡で刀剣を振るうこと。多くの草の背丈を揃えるような斬り方。
訂正履歴
2023/01/21 誤字、表現変え
2023/09/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya




