46話 仮定の話
本年もよろしくお願い申し上げます。
王都に来る前から予定していた、冒険者ギルド支部長の面談が終わった。主目的としていた指導者の手掛かりは得られたが、紹介状は明日の朝に貰えることになったので、それまではやることがなくなった。まだ3時台で夕食にも早い。
そこで、ギルドの1階で調べ物をすることにした。日雇いの斥候職の話が気になったからだ。ついでに、近くにあるオラント迷宮も情報を得られるのではと思ったからだ。
だが、ギルマスが教えてくれた以上には、欲しい情報は得られなかった。時間帯か冒険者も余り居らず閑散としていたので、暇そうなギルド職員に聞き込みしたところ、迷宮内の衛生環境がここ1、2年で大幅に改善したとか、そこに蔓延る窃盗団を一掃して治安改善したとか、余り興味のない話を多く聞かされた。
それは、エマも知っていたので、そこそこ有名な話らしい。今後利用を考えている俺たちにもいい話ではあるのだが、そもそも以前のことを知らないので、あまり興味が持てなかった。
とはいえ総合すると、あのギルマスはかなりのやり手ということだ。4年前に就任したそうだが、ギルド内の薬物密売などの腐敗勢力を一掃し、資金状況を大幅に改善。建物や施設を新しくして、ギルド員つまり冒険者の福祉のために活躍しているとのことだった。
まあ、日雇いの斥候職の件は、現地に行ってみないとわからないな。
そう判断して、冒険者ギルドを出た。
途中で夕食を摂ったので、居間で寛ぐ。
今日は、狩りをしていないから身体は大して使っていないけれど、気疲れした。
そういえば。
「なあ。リーザ」
「はい。ケント様」
ホテル備え付けのメモ紙に、何事か書き物をしていたが、手を止めてこちらを見上げた。
「ギルマスに、住居のことを聞いていたし、そのあと1階でも調べていたようだけど。ホテルに泊まるのは嫌なのか?」
彼女というか変態前のリザは、調べ物をしていた俺達とは別行動だった。
「嫌ではありませんが、お金が掛かります。リザがいつも贅沢なことをお願いしまして申し訳ありません」
まあ泊まるホテルを、ここに決めたのはリザだ。
部屋も少しずつ広い。リザが、何を気に入ったか知らないけれど、風呂風呂というので、明日ミルコ会というところへ行った状況によっては、またここに泊まっても良いと思う。
「それほど、贅沢でもないと思うが」
昨日は一泊80セルクだったが、ここは1ヴァズ15セルクだ。月当たり34ヴァズ50セルクになる。日本円で34万5千円相当と考えると結構な額だが、町中だし2ダブルベッドルームと1リビングルームだから、物価差を考えてもそんなに高くはないような気がする。そんなことを言えるのも、今のところ金回りがよいからだが。
「調べたところ、賃貸住宅に入居すれば節約ができます」
「ああ、賃貸な。でも、余り環境が良いとは思えないが」
あくまで日本の経験基準だが。防音面は大体厳しい。
「はい。なので、一軒家の賃貸住宅がお奨めです」
「一軒家」
借家ってやつだな。しかし、現時点で一軒家に住む発想はなかった。建物の形態としては、グラナードで泊まっていた離れ、あれもそうなのかも知れないけれど、あれは“住む”ではなく、“泊まる”だ。
「はい。ケント様が、どの程度の期間を王都に滞在されるお積もりかは分かりませんが、10日単位で一軒家を借り上げることが可能です」
「おお、そうなのか? ただ、やるべき家事が増えてしまうじゃないか」
ホテルなら金は掛かるが、住環境の維持は従業員任せにできる。金回りが良い内は、ホテルで良い気がするけどなあ。そのうち、王都周辺でも狩りをして稼げば良いし。迷宮はまああれだが、川向こうでも良い狩り場があるそうだ。リザがギルドで調べている間、俺は俺で、そっちを調べていた。
「それは、私が。色々家事の面でお役に立てると思いますので」
「いやぁ。今は中断しているが、狩りもやることになる。加えて家事もだと大変だろう?」
「はぁ……」
あれ? リーザが微妙な表情になった。
「ケント様」
「ん?」
「私達を労って戴く気持ちはありがたいことです。前にいらっしゃった世界のことは分かりません。こちらの常識では、この部屋は相当高級ですから、もっと待遇を落として戴いて大丈夫です。それに、リーザさんは、ケント様のためにもっと働きたいのだと思います」
むぅぅ。
「そうなのか?」
「……はい。リザに比べると、私はあまりお役に立てていないです。エマさんの仰った通り、私はもっと……」
「待て待て! 俺はリーザもリザも尊重する。ただ、2人同時には居られないんだ。だから、リーザとリザを分けて考えたことはない」
だから、これはリーザの貢献、あれはリザの手柄なんて発想はなかった。
「まとめてよく……やってくれている」
尽くしてくれていると言いかけてやめた。
「お言葉は、ありがたいのですが」
まだ、わだかまりが晴れないか。ここは直球では効果はないな。
「いや、礼を言われる話じゃない……まあ、確かに、一軒家だったら落ち着けるかもな、そういう意味では良いかも知れない」
リーザが自己肯定できるようにしないとなあ。ただ、それが一軒家なのだろうか?
「では、ケント様ご自身は、ホテルじゃなければ嫌と言うわけではないのですね?」
「ああ、この世界に来る前は1人住まいだった。完璧には程遠いが、それなりに家事もやっていた」
所詮男の一人暮らしの家事だ。コンビニもスーパーも、それに家電製品があったからな、大したことじゃない。
「へえ。そうなのですね」
リーザも肯いている。
「ならば……」
ん?
「リーザさん。さっき節約になると言われましたけど、どの程度ですか?」
「はい。10日ではさほど変わりませんが、それ以降は割安になって、場所にも依りますが、1ヶ月ならば少なくとも5割、それより長い期間の場合はさらに節約になります」
「へえ。いいですね。それにしてもリーザさんは、算術も結構できるのですね」
算術?
そういえば、メモ紙を時々指で突いている。
さっきまで、何を書いているかと思ったら、計算していたのか。
「10歳頃に仕込まれました」
珍しくリーザが得意そうだ。
「と、言っても足し算引き算と掛け算はまあ何とかという感じです。でも割り算はあんまり……」
えっ?
「凄いじゃない。私も修道院で教わったけれど、計算苦手なのよ」
あっ、うん。
『ご主人様。この世界の教育事情はこんなものです。四則演算ができれば、重宝される人材なのですよ。褒めて差し上げた方がよろしいのでは?』
『そうなのか?』
確かに。地球、しかも日本の教育水準を基準に置くのは誤りだな。
「そうか。算術ができるのは、良いことだ」
「あっ、いえ。もちろんケント様程では」
「いや、見直した! そうだなあ。計算ができると、色々と正しい判断がしやすくなる。もっと伸ばした方が良い。時間がある時にでも、教えようか?」
「はい。是非!」
やっとにっこり笑ってくれた。
「ああ! 私にも、教えて下さい」
「エマもか?」
「はい」
「別に構わないけれど。ノートやペンをどこかで買ってからだな。ホテルのメモ紙じゃな。それと、節約ができるのは悪くない。そういう提案は助かる」
クランの財産は、俺だけの物ではないからな。
「はい」
「よし! 先のことが少し見えてきたら、一軒家……クランハウスも考えてみよう」
「「クランハウス!」」
「そこには、わっ、私も住んでよろしいんですか?」
「もちろんだ、エマ。クランの家だからな。もちろん手に入れたらの……」
「リーザさん!」
「エマさん!」
えっ?
リーザとエマが、手を握り合った。
「やりましょう!」
「ええ!」
ええと。考えようという仮定の話だったんだが。
全く覆せるような雰囲気ではなくなっていた。
†
翌日。
朝起きて、24時間営業のギルドに行って戻ってくると、居間にリザとエマが居た。
「おはよう」
「おはようございます。あのう、私達もご一緒しても良いですか?」
昨日、ギルマスから聞いた、別の武術団体に行くとは言ってあった。
「ああ、良いけれど。また門前払いされるかも知れないぞ?」
「その時は、このおっぱいで……」
「おっぱいはともかく、私達も何か助言できるかも知れません」
「そうか。じゃあ、一緒に行こう」
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訂正履歴
2023/01/07 細々修正。




