45話 耳寄りな情報
年末年始につき、恐縮ながら次週はお休みを戴きます。新年は7日から投稿を再開する予定です。
麓で、タコスぽ……い、あれ? トルティーア……どっちだっけ?
まあ、どっちでもいいや。
それっぽい物を露店で買って食べた。薄く焼いた生地を半分に折って、結構太めのソーセージと目玉焼きを折り込んだ物だ。
『ご主人様。粉を溶いて焼いた生地がトルティーアで、それを折って具を入れた物がタコスです』
『アイはすごいな。地球のことまでよく知っている』
『いえ。ご主人様の記憶から持って来ただけです。記憶があるのに、曖昧にしか思い出せないのですね』
むぅ。悪かったな! それが、人間なんだよ!
『どうでも良いけど、俺の脳に負担掛けてないよな?!』
おい! 返事をしろよ。
ともかくも結構美味かった。大きいので、皆1つ食べて腹一杯になったし。
6個買い足して、保管庫に入れた。他人からは盗まれないし、重くても持って運ばなくて良い。その上、冷たい物や熱いものは、時間が経ってから出しても、分かる程には温度が変わらない。
なんという便利なスキルだろう。
試しにデカい岩を入れて出してみたけど、まだまだ入りそうだったし、運輸業でも始めるべきか? 金に困ったら考えてみるのも悪くない。
†
食休みの後。それでも約束の15時半まで、まだ2時間余り有ったので、リザが聞き込んできたホテルへ行った。
修道院の物販コーナーで居合わせたお婆さんに、しきりに何を話しかけているのだろうと思っていたのだが。昨夜のホテルが気にいらなかったようで、どこに泊まった? お風呂はあった? みたいなことを訊き回っていたらしい。
絞り込んだホテルは、聞き込んだ通り複数人が泊まれるスイート風呂付の部屋が有ったので、今夜はそこに泊まることにした。
そこで、1時間程休み、再び冒険者ギルドの王都支部へやって来た。
15時を少し過ぎていたが、受付で到着を告げると、10分も経たない間に呼び出されて、10畳程の応接室に通された。部屋の壁は、赤い木目が美しい板張りだ。豪華だが、品が良い。金が掛かって居るな。
そこに、痩せた男が1人で待っていた。
「当支部長のアガトです」
立ち上がった。
リザと同じように、細い耳が横に張り出している。エルフだ。
ギルマスなのに若いな。いや、長命種だから若く見えるのかな? 結構男前だしな。そういえば男のエルフを見るのは初めてだ。
「ケント・ミュラーだ」
「グラナードのギルマスからの手紙にあったように、転移者ですな」
「ああ」
「不躾ながら、ケント殿のギルドカードを見せて戴けますかな?」
肯いて念じると、手の甲に扇形の表示が出た。腕を突き出して、ギルマスに見せる。
しばらく凝視したあと。
「ありがとうございました。どうぞ、お掛け下さい」
ソファを勧められたので応じると、すかさず横にリザが座った。エマは俺の後に立ったままだ。
「なにやら、その髪が似合っていますな。今まで会った転移者の皆さんには、何やら違和感がありましたが」
やはり、王都は、大都市だけあって転移者もそれなりに居るのだろう。俺以外の転移者に会ってみたい気もするが、アイの以前の主人は、2人とも地球人ではなかったそうだ。そうなると微妙だ。神の学術事業では、条件をある程度合わせるために、同じ星の人間を複数人転移させる可能性が高いとも言っていたけれど。
「この世界に来る前から、黒い髪だった。今よりは少し明るい色だったが」
「そういうことですか。他のおふたりは?」
「クランメンバーだ」
ギルマスの視線が、俺の上の方を見た。
「失礼ながら、後に立っているのは、オーキッド修道会の騎士だった方では?」
知っているのか? もしかして、エマは有名なのか?
「はい」
「やはり、そうですか。どこかでお見かけしたことがあるかと思っていましたが」
「今は還俗して、ケント様のクランメンバーになりました」
「ほう。それはまた、興味深い。お隣のエルフの方、出身はどちらかな?」
「孤児なので、良く憶えていません」
横目で見るに、リザは結構キッという表情で返した。
「名前は、リーザだ」
とりあえず、ギルドへの登録名を伝えておく。
「承知しました。では、用件に移りましょう」
転移者に慣れているのか、グラナードのギルマス程は謙らない。まあこちらの方が気楽で良いが。
「手紙に拠りますと……」
ちゃんと事前に読んでくれたようだ。
「……剣術あるいは武術の指導者を紹介して欲しい。あとは、斥候職を斡旋して欲しい。ご用件はその2つですな?」
「そうだ」
「指導者の紹介は、それ程ではありませんが。斥候職は結構難儀ですな」
やはりな。
「指導者の方は、ポリトン会とベルル会には当たったが断られた」
切れ長の目が大きく開いた。
「それは、なんとも。いずれかを紹介しようかと考えていましたが……まさかと思いますが、天職のことを?」
「ああ、天職を持っていないことを申告したら、入門を断られた」
天職がないと聞いてあまり驚かないところを見ると、手紙に書いてあったに違いない。
「ククク……ああ、失礼。天職がないことも特異なこととは思いますが、性格も変わっていらっしゃいますな」
とても愉快そうだ。
「よく言われる」
「なるほど、剣士のレベルのことは?」
そこまで書いてあるのか。
「言っていない。天職を持っていないことが分かると、それからはこちらの言うことも聞いてくれなくなった」
「そうですか、困った物ですな。2ヶ月後に行われる王都武術大会の戦力のことで頭がいっぱいなのでしょう」
「武術大会?」
「ご存じないですか。ご興味は?」
「興味はあるが、出場したいとは思っていない。どのみち、今は満足な成績など得られそうにないからな」
「そうですか。一応説明しておきますと、王宮主催の大会で2年に1度開催されます。成績優秀者は賞金の他、王国軍に高い階級から入隊できる特典が与えられます。さらに大貴族が引き抜くこともありますな。武道団体の方は、入賞者を多く出すと名声が上がり、その後に門弟が増えます。ただ、入賞者は次回、次々回と出場できませんので、武道団体は別の者を次々用意する必要があるわけです」
ああ。なるほど。
ポリトン会の師範代が即戦力と言った、理由はそこか。
まるで、学習塾の特待生みたいなものだな。
塾代はタダで、模試で好成績だと、お小遣いが出るとか出ないとか言っていたヤツが、高校の同級生に居た。
「大会のことは分かったが、不参加の気持ちは変わらない」
「わかりました。話を戻しましょう。門弟の数は、先の2団体に比べると少ないものの、どちらかというと武術大会に消極的な団体があります。ミルコ会というところです。そちらを紹介致しましょう。明日の朝までに、紹介状を認めますので、お手数ですが受付で受け取って下さい」
「感謝する」
「あとは斥候職ですか。正直厳しいと言わざるを得ません。私共に依頼されるぐらいですからご存じでしょうが、腕の良い斥候職は人数が少なくてですな」
「ああ、腕の方は……贅沢は言わない。俺達もD級のパーティだ」
「それが、ダンジョン狩りを想定されていることでしょうが、低級パーティに低級斥候職の組み合わせは、生存確率が下がります。よって、ギルドとしては推奨致しかねます」
つまり斡旋して欲しければ、級を上げて来いと言うことか。
「わかった。そっちは自力で探す」
残念だが、このギルマスの言ったことは正論だ。斥候職より俺達を優遇しろとは言えない。
「ところで、王都近くのオラント迷宮には、日雇いの斥候職が居ます」
おっ!
「本当か?」
「ええ、あそこは入るパーティも多く、貴族が深層挑戦をされる場合もありますので。ただ、賃金は最低1日3ヴァズからと結構高い上……」
結構高いのか、1日3ヴァズは。
「……パーティには加わらず、戦闘には参加しません。また旗色が悪くなれば、依頼者を放置して逃げ帰ります。後は荷役も協力しません」
ふむ。一般的にはうんざりする条件なのだろうけれど、逃げ帰る以外は俺達にとってはそうでもない。
『ご主人様。経験値の件はともかく。レダの秘密がありますので、関係の薄い者を迷宮へ同行させるのは、問題があるかと』
ふむ。アイの懸念ももっともではある。まあ、武器か獣相のまま変化させなければ良いような気もするが。
「なるほど。雇うかどうかは、一考の価値があるようだ」
「そうですか。日雇い斥候職にも、ギルド公認と未公認の場合がありますので、できれば前者を選ばれる方が、トラブルが少ないでしょう。公認の服務既定に依頼者の情報を漏らさないことがありますから、皆さんの場合は何かと都合が良いかと思います」
うっ。
「わかった」
顔に出さないように答える。さて、用は済んだな。ギルマスも忙しそうだから、そろそろ……。
「あっ、あのう」
リザだ。
「なんでしょう?」
「王都では、ホテルに滞在していますが、その他の宿泊するところはありますか?」
めずらしく、丁寧な聞き方だな。相手がエルフだからか?
「いくつかありますね。東地区には賃貸集合住宅もありますし、丘陵まで行けば、家をクランで借り上げる方々もいます。町に出るには少々不便かも知れませんが、逆にオラント迷宮には近いので、都合が良いらしいですね。いずれの場合も斡旋業務をしていますので、下の窓口で訊いて戴けますかな」
「はい」
エマを振り返ったが、特に言いたいことはなさそうだ。
「時間を取って貰って感謝する」
「いいえ。何かありましたら、またお越し下さい」
俺とリザが立ち上がると、ギルマスも立ち上がった。
「失礼する」
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訂正履歴
2022/12/24 誤字訂正
2023/09/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)




