44話 修道会
いやあ、師走ですねえ。
オーキッド修道会、北の丘修道院と書かれている門を通り、中へ入る。
生垣と綺麗に整備された花壇の進むと金柵に前を阻まれた。左右にずっと続いている。
その手前に順路と書かれた立て看板が有って、左を示している。そちらを向くと、礼拝堂だろう石作りの結構立派な建物が見える。入り口には、俺達より先を歩いていた人達が列を作っている。
「ケント様。こちらです」
「ああ」
エマは右側を指した。礼拝堂の反対側だ。
その先には、古ぼけた建物が3棟ばかりある。ぱっと見では、倉庫に見えるんだが。
とはいえ、ここに居たエマが間違うわけはないので、付いていく。
さっきの金柵は建屋の脇まで続いている。何だか隔離しているようだ。
通路のどん詰まりは少し開けていて、そこに出入り口があった。幅が3m程あって、人間用と言うよりは貨物用だな。
両開きの扉は開け放たれているので、エマはそこへ入っていく。
中は土間だ。差し渡し20m位の広い空間なのだが、奥行きの半分程に、やはり太い木の格子状の柵が土間の右から左まで横断しており、手前と奥を隔てている。
どう見ても、奥へ人が入るのを阻む意思が伝わってくる。どうやら、防犯というよりは、聖俗を隔絶させているらしい。
柵の向こうには、白い布の頭巾というかベールを被った神職が2人居る。少し目を凝らすと中年の女性達と分かる。彼女達は古い小学校にあったような、木の机に向かって座って、帳簿付けか事務作業をしている。
それにしてもなんだろう。尼僧っていうのは、世界が変わっても頭というか髪を隠すものらしい。まあ、仏教でもキリスト教でも隠して居るからな。なぜかは知らないけれど。
『諸説ありますが、髪は女性の象徴だから、神職を含め男を刺激しないようにという説が有力です』
へえ。でも、髪ぐらいで刺激されるものかなぁ。
『ご主人様は、欲求を逐次解消されていらっしゃるから……』
悪かったな。
「まあ、エマ! エマじゃない。帰ってきた……の……」
柵の向こうで、神職が1人立ち上がったが、エマの横に居る俺を見て言葉が止まった。
「ご覧の通りです。管長がいらっしゃれば、お手数ですがお呼び戴けますか。もう私は、そちら側へはいけませんので」
「管長は、いらっしゃいます。少しそこで待っていて」
「お願いします」
よく分からないが、神職にはエマの意思が伝わったようだ。そのままどこかへ通じる通路の奥へ消えていった。
1人残った神職は俺の頭をじっと見ていたが、目が合うと視線を逸らした。
まあ見るよな。ここに来る道すがらでも、黒髪の人間を見ていない。王都には何人か転移者が居るらしいが、ばったり会う確率は相当低そうだ。
10分程待たされた後、さっき出て行った尼僧の後に続いて、やや年配のやはり尼僧が柵の前にやって来た。なかなかに肥満体型だ。
「エマ。久しぶりね」
「管長」
柵が2重枠になった内側が、手前に開いてこちら側へ出てこられた。
管長と呼ばれた尼僧が会釈されたので、こちらは深めに頭を下げる。
「そこの小部屋で話しましょう」
土間の右端に扉があるが、そこらしい。中には、やはり木製の机と椅子が置いてある。質素だなあ。
「どうぞ、お座り下さい」
管長とエマが向かい合ったので、俺はその隣に腰掛ける。
「あなたもどうぞ」
もう一つ椅子はあるが、リーザは俺の後ろを動かない。
「いえ、私はここで」
リザだと勧められる前に座って居るだろうけど。どちらもそれぞれのキャラに合っていて好ましい。
「そう。それで? エマ。今日は、この方達を連れてきた。そしてお一人は黒髪。夢のお告げは、正しかったということね」
しげしげと俺を見ている。
「はい。そう確信しております。ご紹介致します。転移者のケント・ミュラー様です」
自分でも名乗っておくか。
「三浦賢人です。よろしく」
「エマが言った名前といささか違うようですが……」
おっ。
「当修道院を預かります、管長のイリーナです」
40歳くらいか。丸顔で、生活力のありそうな大きな顎。って、俺は人相見か。
「それで、そちらは?」
眼が鋭くなった。
「俺の相棒だ。自分で名乗ると良い」
「はっ、はい。リーザと申します」
ふむ。リーザのことを結構気にしているというか、微妙に警戒している。
「転移者に忍び寄る、黒い影というのは?」
エマはそこまで話していたのか。
「それが……」
「そのようには全く見えませんね。それとも、調伏したのですか?」
やはり影がリーザだったと思ったわけだ。
「ああ、あの。彼女には強固な呪いの首輪が掛けられていたのですが……」
「呪い?!」
「ですが、私が到着する前にケント様が呪いを解いていまして……えっ」
むっ!
イリーナ管長は掌を俺に翳していた。
いつ腕を動かしたんだ?!
『ご主人様。この者は、高位魔法士の魔導師です。しかも攻防神聖……望めば賢者にも成れるかも知れません。先程の鑑定魔法が攻撃魔法ならば……』
殺気をまるで感じなかったが、その気になれば、俺は殺されていたかも知れないということか。確かに人間のレベルを見るなとは言った。言ったが、生死が懸かるなら話は別だろう。
管長は、首を捻って手を引っ込めた。
「ケント殿は、神聖魔術は持っていないようですが、どのように解呪を?」
聞いていた話から大体分かっていたが、エマの表情から見ても、この管長という人物に全幅の信頼を置いているようだ。
それに敬意を表して、素直に答えておくとしよう。
「首輪に手を掛けて、引き千切った」
「ふふふ……それはまた原始的な」
うっ。結構口が悪いようだ。
「とはいえ、呪いの効果が現れず、解呪ができているのであれば、なんら問題ありません」
おかげで、俺は死に掛けたけどな。
「エマ。状況は理解しました」
「はい」
「お告げが示唆した使命は一応果たしたようですが。修道院に帰ってきますか?」
「いいえ。私は、生涯懸けて、ケント様に仕えると誓ったのです。そもそも、還俗した身ですから」
いや、ぽっと出の俺に生涯を懸けるなよ。
「見たところ、ケント殿にそこまでの覚悟はないようですが? 主従の契りは結んだのですか?」
「いや……」
「ケント様ではなく、私の問題です」
そうか。主従となりたかったのは、この管長を説得するためでもあったのか。無意識だったのかも知れないが。
「いいえ。私が訊きたいのは、エマの意見ではありません。ケント殿の考えです」
むうぅ。
「エマとの付き合いは短いが。人格、能力共に得難い人物と考えている。無論長く仲間として付き合っていきたいが、主従となるのはまだ微妙だ」
エマが嬉しそうな悲しそうな表情を浮かべた。仕方ない。この場を取り繕っても、この人には見透かされる。
「ふふふ。エマの人物、有能さは、言われるまでもありません。仲間ですか、一見良い言葉に聞こえますが……」
ん?
「逆に言えば、そのエマに仕えてもらう程の価値が自分にあるとは思っていない。つまり自信がないと言うことですね」
自信か……。
「かっ……」
「失礼なことを仰らないで下さい」
リーザ? 遮られた、エマは目を剥いて反駁の主を見た。
「管長という立場がどれだけ偉いのか、私は知りません。だからといってケント様を侮辱することは許せません」
「許せなければ、どうだというですか?」
「ケント様は、私の呪いを解くために命を懸けて下さいました。私も命を……」
「リーザ。もう良い!」
「しかし……」
「いいんだ。この管長さんの言う通りだ。エマに仕えて貰う程の価値が俺にあるなどとは思っては居ない」
「「ケント様!!」」
エマとリーザがハモる。
「だが、他人が自分に仕えて当然など考える自信は、まやかしだ。つまりは傲慢の為せる技、そう俺は思っている。それと管長さん」
「なんでしょう」
「俺を試すのが目的なのだろうが、リーザまで挑発するのはやめてくれないか」
「ふふふ……選民意識が凝り固まった典型的な転移者が来たら、エマを取り上げて叩き出そうと思っていましたが。残念ながら、少なくとも、その類いではないようですね」
なかなかに、人の悪そうな笑い方だ。
「管長!」
「そうね。もしそうであれば、エマが、連れて来るわけはなかったわね。ケント殿、そして、リーザ殿。お目に掛かれて良かったわ。これからエマが、あなたたちに同行することに反対はしません。今のところはね」
「それはなにより」
「ところで。エマがここを発つ時、ほとんど話ができなかったから。少し時間を貰えるかしら?」
「わかった。礼拝堂でも見物している。終わったら来てくれ」
「ケント様、すみません」
「いや。またあとでな」
倉庫なのか、何かの事務所なのかよく分からない建屋を後にして、順路を戻り礼拝堂へ向かった。
†
30分程して、礼拝堂の隣の物販コーナーで物色しているところに、エマが追い付いてきた。
「もういいのか?」
「はい。ケント様。色々申し訳ありませんでした」
「いや、どうということはない。それで管長はなんか言っていたか?」
「ああ、はい。意に染まぬことになれば、いつでも帰ってきなさい、だそうです」
「ほう」
「しかし、私はありがたいお言葉ですが、そのような事にならぬように精進します。そう答えました」
「俺も、精進しよう」
「あっ、エマ」
「なぜ、あなたが」
礼拝堂に向かう途中で、リーザからリザに変わった。
「ああ、リーザは勇気を振り絞ったから、気合いが抜けたんだって」
そう言うリザは、飴やらビスケットの袋を、両手に一杯抱えている。それらを買って、俺達は、オーキッド修道会を後にした。
「リーザは怒っていたけど、アタシはあの管長の気持ちが分からなくもないわ」
ほう。
「あなたに管長の何が分かるのかしら?」
「そうね。娘を持つ親代わりなら、あれぐらい当たり前よね」
「親ですか」
「リーザは、子供みたいな存在だわ。同い年だけどね」
「そうだよな。親からしてみれば、転移者なんて言っても、どこの馬の骨か分かったものじゃないからな」
「馬の骨?」
通じないようだ。
「腹が減った、麓に戻って食事にしよう」
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訂正履歴
2022/12/17 少々加筆
訂正履歴
2022/12/24 誤字訂正
2023/09/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)




