43話 師匠は選べる?
選べるんですかねえ? まあ選ぼうと思ったことはないけれど。
冒険者ギルドを後にした。
「第6条東第2通りですか」
「ああ」
冒険者ギルドの掲示に書かれていた武道団体だ。催しを連携しているくらいだ、有名なのだろう。
「では、3筋北で1筋西ですね。結構近いですよ」
なるほど条が南北、通りが東西か。
「じゃあ、行こう」
「はい」
意気揚々と俺とエマは歩き始めたが、リザはゆっくり付いてくる。文句を言わないだけマシか。
確かに近かった。15分程で着いた。1筋というのは、大きな道で区切られた間隔で、おおよそ200m弱。ああ、多分0.1フェールトだ。これが基準で、その間をまたいくつかに区切る狭い道も場合もあるようだ。
「えーと。たぶんこの辺りかと」
そうだな。
俺の放浪者スキルによる感覚とも一致している。
ポリトン会本部。右を向くと看板が出ていた。
「あそこだ」
赤いレンガ建ての大きい建物で、正面はアーチがいくつか連なった壁があって、扉が開いている。
入っていくと、小さいホールがあって、木の机が置いてあった。そこに髪が五分刈りぐらいになった、若い男が座っている。門弟かな?
「入門希望者ですか?」
話しかけられた。
「ああ、はい。希望者は俺です」
「では、こちらへぞうぞ」
小さい部屋に通され、師範代を呼んできますと言って、受付の男が出ていった。
木の椅子に腰掛ける。
「立派な建物ね」
「ポリトン会は、結構門弟が多い団体と聞いています」
「そうなのか」
しばらくして、30歳ぐらいの男が入って来た。
立ち上がる。
「当会の師範代です。入門希望者と聞きましたが。その髪、転移者ですかな?」
「はい」
少し笑みを浮かべた。
「掛けられよ」
座って、向かい合う。
師範代も髪を五分刈りにしており、精悍な面持ちだ。
「転移者となると期待できますな。それで、剣を扱うようだが」
レダには剣になって貰っている。
「剣と槍については、少々」
「なるほど。当会は一昨年門弟千人を数え、剣士育成には定評があるが……誰でも入会させるというわけではない」
「はあ」
「そうだな、まずは天職を訊かせて貰おう」
「天職……」
「ああ、剣士かね、槍士かね?」
むう。
「天職は持っていない」
「何?」
「天職は持っていないんだ」
片眉が持ち上がる
「ふふふ。これでも、忙しいのだがねえ。冗談を聞いている暇はない。天職は?」
「ない」
「ほぉぉ。ポリトン会を愚弄するのかね? はぁぁ、黒髪の入門希望者が来たからと聞いて、転移者だから即戦力と期待したが、時間の無駄だった。ああ、入門は認めない。お帰り願おう」
即戦力、何の?
師範代は、ふんと鼻を鳴らすと、立ち上がって部屋を出て行った。
「感じ悪い」
「次に行こう」
しかし、次に行ったベルル会でも同じように天職を訊かれ、ないと答えると入会を認められなかった。
疲れた。
外に出て通りを、当て所なく歩く。
だめか。どうやら、武道団体は天職で人の能力を評価するようだ。アイですらそう思っていたのだから、仕方ないのかも知れないが。
能力に難があるから、教えを請いたいのだが。
「ねえ、ケント」
「なんだ」
「会った2人とも感じ悪かったけれども。ケントも頑なに天職はないって言わなくてもいいんじゃない?」
「ううむ」
「だって、剣士だって、あんなに強いじゃない。だから」
「剣を教わる立場なのに、嘘を吐く訳にはいかない」
「いや、確かに本当じゃないけれど、もう少し言い訳しないと……」
『珍しくリザと同じ意見になってしまいました』
アイもか。もちろん2人の言うことは分かるが。
「そうでしょうか?」
ん? エマだ。
「古来、兄弟子を選ぶことはできないが、師匠を選ぶことはできると申します」
むっ。
日本にも同じ言葉があるな、順番は逆だが。
「あのように、持って生まれたものだけで、人間を分別する者達に、教えを請うのは却って誤りというもの」
「じゃあ、どうすれば良いのよ! ケントは教わりたいのよ」
「変な師に教われば、よくない結果を招きます」
「ああ、わかったわかった。そうだ、俺の用は後にしよう。まだ昼まで時間がある、エマの用の方を先にしよう」
「では、修道会へ?」
「ああ、行こう」
†
「はぁ、はぁ……やっと登り切ったわ」
町を北に抜け、だらだらと続く丘陵の坂を登りきった。
リザが立ち止まって肩で息をしている。愚痴をこぼしながら登り始めたが、最後の方はほとんど喋らなかった。
あぁ、もう。リザの前に立ち塞がる。前屈したら、たわわな谷間があからさまになりすぎるんだよ。
「リザはもう少し体力を付けないとだめですね」
「魔法士はこれでいいのよ!」
軽口を返せる位だ、まだ大丈夫だろう。
「まあ、でも。これじゃ、ケントについていけないわ。ああ。ケント、マントを広げてくれる」
ん?
なぜかと思ったが、聞いた通りにしてやる……おわっ。
急に変身して、リザがリーザになった。
辺りを見回してみたが、誰も気付いては居ないようだ。
まあ、胸は小さくなって、肌の色が少し白くなったが、背丈は変わらないしな。
「ありがとうございます。ケント様」
「それはいいけど。なんで替わったんだ?」
ん? 替わったら、普通にしているな。疲れが取れるのか?
「ああ、私に坂を……」
「坂を?」
「いいえ、何でもないです」
ぎごちなく笑った。
ああ、そうか。リーザに坂を登らせるのが忍びなかったのか。2人ともステータスを自分で割り振ったわけじゃないけれど、MNT極振りになっていて、VITが低いからな。
「そろそろ参りましょう」
「なあ、エマ」
「はい。なんでしょう」
「麓から北の丘修道院順路という看板が出ているが。もしかして、この前後を歩く人達って?」
前も後ろも、年配の人達がぱらぱらと歩いている。
「はい。修道院にて礼拝される方々ですね」
「へえ。じゃあ、エマが居た修道会? 修道院は随分民心を集めているんだな」
エマは微妙な顔をした。
「ちなみに修道会は会派の名前、修道院は場所の名前です。民心ですか。ある意味そうなのですが。宗教的というよりは、どちらかというと世俗的……」
「世俗的?」
「ざっくり申しますと、恥ずかしながら観光地化しておりまして」
「いや、全然恥ずかしくないだろう。俺が居た国も、そういうところが多かったぞ」
日本の神社仏閣なんかはそうだよな。
「ちなみに、観光というとどんな集客力があるんだ? 聖堂に歴史と伝統があるのか?」
「オーキッド修道会のミルク・キャンディ」
「おっ、なんだ。リーザは知っているのか?」
「有名だものね」
「えっ、ええ。この丘の北斜面は、修道会の牧場になっておりまして、牛と山羊を数多く飼育しております。それで、チーズ、バター、ヨーグルトなどの乳製品や、リザが言った菓子なども製造販売しております」
「へえ。名物があるんだな」
褒めたつもりだったが、エマの肩が落ちた。
「あのう。ケント様はそういう修道会を、どう思われますか?」
「ん? どうとは?」
「うっ、そのう。信教を司る聖職が為すべきではないとはお考えになりませんか?」
んん?
そう訊くということは、エマ自身がそういう引け目を感じているか、あるいは誰かに言われたか。
「いや、別に何とも思わないな。俺が居た日本という国は、宗教に寛容でな。俺自身も信心深くはない。その国では聖職者が商売や経営をしていた。違法なことをしていないならば、お金はどう儲けたかより、どう使ったかの方が大事だと思うぞ」
エマは、2、3度瞬いてから、表情が明るくなった。
「私が主人と決めた御方。ひと味違うことを仰います」
いや。主従じゃないぞ。
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訂正履歴
2022/12/10 少々表現変え
2023/09/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)
2023/09/23 誤字訂正(ID:2582126さん ありがとうございます)




