42話 アウェー感覚
観光以外で見知らぬ土地へ行くと感じることがありますが、大体思い過ごしなんですよねえ。
次回から、土曜日のみに投稿する予定です。
「お風呂がなかった」
この世界には、インターネットがない。
だからホテルにどんな設備があるのかなど検索なんかはできないし、夜が迫っていたので、それなりのランクの宿を取った。しかし、シャワーしか付いていなかった。
それで、リザががっかりしているのだ。相当気に入ったようだ。
「そうだな。落ち着いたら、風呂があるところを探そう。ほれ」
鶏の丸焼きを切り分けて、リザの前に置く。ホテル近くのレストランに今は居る。エマの勧めで選んだメニューだ。
「ありがとう、ケント」
「私がしますのに……」
「ああ、任せてくれ、エマ」
2股のでかいフォークと、包丁並のナイフを振るう。さらに切り分けて、エマの前に置く。
「ありがとうございます」
そして、自分の分も切り分けた。
「さあ、食べよう」
「はい」
「はい。今日の糧に感謝申し上げます」
ふうん、そう言っていたのか。
エマは食事前にいつも祈っているが、その言葉が初めて聞こえた。司祭だっただけのことはある。そうだな、確かに俺もこの世界に生かされているところがある。
「いただきます」
「へっ?」
「なんでもない」
つい、口にしていた。衣食足りて礼節を知るってヤツだ。
「いただきます」
リザがニッと笑う。かわいいヤツだ。
小さいフォークとナイフに持ち替えて、口に運ぶ。
むう。
「美味いな、これ」
切り分ける時も感じたが皮がパリッとしていて、ピリ辛味が溢れてくる肉汁と相まって、かなり美味い。
「うん、おいし」
「この鶏の丸焼きは、王都の名物なのです。修道会では食べたことはありませんでしたが」
「そうなのか? えっ、肉食が禁忌なのか?」
いや、肉串喰っていたよな。
「ああ、いえ。そういう教義ではなく。ただ清貧を旨としていましたので……」
経済的な問題か。エマの貯金も少なかったしな。
「そうか。で、その修道会ってのはどこにあるんだ?」
「はい。この北町を抜けて、3km程北に行った、丘の上にございます」
「丘の上か……じゃあ、明日冒険者ギルドの王都支部に行った後に、行くか」
「はい。ありがとうございます」
†
朝練のあと、揃って冒険者ギルドに行く。北町の東地区まで歩いていく。
城の北端に面した建物は、レンガをモルタルで固めた、横浜の港で見たようなそこそこ立派な建物だった。しかし、そこから100mも北に入った東西の通りに面した建物は、レンガも黄色い日干しレンガの建物が多い。昨日、ちらっと見えた城内の建物は石造りだったから、こことは格差があからさまだ。
「なあ、エマ。この辺りは地震がないのか」
「ジシン……ああ地震ですね。話には聞いたことはあります」
要するに体験はしたことがないと。
まあ、あんなものはないに越したことはない。日本で育った者としては、左右の建物を見て大丈夫かなあと思わず思うが、耐震性は不要な地勢なのだろう。
「あそこです」
「ああ」
ギルドカードに現れた猛獣の意匠の看板が見えた。正面まで歩いて、建物を眺める。レンガ積みの3階建でディース支部と額が飾ってある。
「デカっ!」
リザの言う通り、グラナード支部とは倍以上の規模がある。王都だしな。
「行くぞ」
明け放れたエントランスを抜けると、広々としたホールだ。
やっぱり銀行みたいなところだな。窓口がたくさん並んでいる。
グラナードは信用金庫ぐらいだったが、ここは大手都市銀行の基幹店位の差がある。どこへ行けば良いのかなとキョロキョロと見回すと、天井から総合案内と書かれた木のパネルが掛かっている。
パネルの下の窓口に寄っていくと、中年の女性が座って居た。
訊いた話では、冒険者の寡婦というか未亡人を積極的に雇用しているそうだ。いい話だと感心もしたし、冒険者はやはり危険な職業だとも思えた話だ。
「いらっしゃいませ。ご案内が必要ですか?」
そう言いながら、いつものように髪を見られている。
「ああ。ギルマスに会いたいのだが。こちらはグラナードのギルマスの紹介状だ。俺はケント・ミュラーと言う」
ギルドカードと念じて右手の甲を見せる。
流されて、そう名乗るようになった。ギルドカードにも、そう記録されているしな。
「ミュラー様。ご面会のお約束はありますか?」
受付女史は、何かメモを始めた。
「いや、ない。昨日の夕方王都に着いたばかりだからな」
「そうですか。差し支えがなければ、どういったご用件かお聞かせ願いたいのですが?」
やはり、これだけの規模、その組織の長だ。そう簡単には会えると期待しない方が良いようだ。
「紹介状の中に書いてあるが、武道を教えてくれる人物、あるいは団体か場所があれば紹介して貰いたいのだが」
「承りました。取り次いで見ます」
そう言って、振り返ると別の職員に言付けたようで、その人が奥へ消えていった。
「少々お待ち下さい」
「わかった」
時間が掛かりそうなので、窓口を離れ、並んでいるベンチに座る。
「あれ? 時間掛かりそう?」
「そうだな」
「アイちゃんに出て貰えば話が早いけど、そういうのケントは嫌いなのよね」
にっこり笑って肯く。
ワガママぽく見えるリザだが、それなりに気が使える。俺のことも、段々分かってきた気がする。
そのまま10分程待った。
「ミュラー様。お待たせ致しました」
「ああ」
窓口に寄る。
「ミュラー様。支部長はあいにく立て込んでおりまして。今日ですと15時30分からであれば、面談できます。それ以外であれば、後日となります」
今は、まだ9時前なのだが。まあ、仕方ない。
「では、15時30分にまた来る」
王都では、毎時どこかの鐘が鳴る。30分には短めの間隔で3点鐘が聞こえてくるから、時刻がわかりやすい。
「承りました。ああ、それから8番窓口で聞いていただければ、ギルドと提携している武道団体がいくつかご案内できます。今のところ、ギルドからの紹介状は出せませんが、情報だけであれば」
「武道団体……わかった。感謝する」
もうちょっと待っていてくれとリーザ達に言って、8番窓口へ行く。5人ぐらいが並んでいる。15分程待って、やっと俺の番になった。
「武道団体を、教えて貰いたいのだが」
こっちは中年の男の職員だ。
「あんた字は読めるか?」
「ああ」
俺は読めないけど、アイが訳してくれるので何とか……とは言わない。
「では、後ろの掲示板の左端に、定期訓練のお知らせがある。そこにいくつか団体の拠点の名前と、住所が書いてあるから読んでくれ。では、次」
ふむ。あっさり、次の番になってしまった。中々にお役所仕事だな。
人が多くなると、まあこうなるよな。
言われた通り、窓口とは反対側の壁沿いまで歩く。
『ご主人様、右から3つ目の掲示です』
目敏いな。
そもそも俺は、訳して貰わないと読めないし、アイにおんぶに抱っこだ。
「んんん、何々? 定期訓練のお知らせ。来たる9月より、低ランク冒険者向け、定期訓練を実施します。Cランク以下、もしくは職員より別途お知らせした方は、訓練受講を強く推奨します」
ふむふむ。適当に読み飛ばして……訓練委託先と所在地。これだこれだ。
剣士、槍士……職能別らしい。第1期、ポリトン会、北町第6条第東2通り。なるほど。碁盤の目のような町だから、京都っぽい住所表示だ。
第2期……。
よし、憶えた。
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訂正履歴
2022/12/03 誤字、文章の乱れの修正、少々加筆
2023/09/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)




