40話 決断(2章最終話)
見切り千両……私の好きな言葉です。
町に入ると、宿へ直行した。
「ギルドへ行かなくていいの?」
毎回、そうしていたから、そう思うよな。
「このあと行くが、その前に2人に相談がある」
そう言って、離れに入った。
武装を解いた状態に着替えて、居間のソファーセットに集まる。
「アタシ達に相談って?」
リザが早速切り出した。
「ああ。王都へ行こうと思う。みんなの同意が得られれば、できるだけ早くだ」
「王都……理由を訊かせて貰っても?」
リザだが、反対という感じではなさそうだ。
「もちろんだ。理由は2つある。ひとつめは、実は薄々皆気が付いていると思うが、俺は剣術があまりうまく行っていない」
2人は軽く肯いた。これまでも何回か、違和感があると言ってあるからな。
「なので、王都に行って剣術について教えを請いたいと思っている」
「王都で師事される方に、お心当たりがあるのでしょうか?」
エマだ。
「いや。特にはないが、この町のギルマスに王都のギルドへ紹介状を書いて貰えることになっている」
「そうですか」
何やら思案顔だ。
「もうひとつの理由は。今日、迷宮に入ってみて、斥候役が必要だと思ったからだ。仲間になってくれる人を探すつもりだ」
「そりゃあ、居てくれた方が良いとは思うけど……」
リザとしては、まだ大丈夫だと思っているのだろう。
「おそらく迷宮の奥に行けば行く程、斥候役が必要になってくる。だが、ギルマスの話では、ここに居ては見つかるとは思えない。できるだけ早くというのは、こちらの理由の方が大きい」
リザは、ふうむと唸った。ある程度得心が行ったのだろう、細かく肯いている。
「エマの意見は?」
「ああ、はい。ケント様は先を見て計画を立てられるようで、少し感心しました。実は、私も一度戻りたい件が有りまして、王都へ向かうのは賛成です」
「そうなのか? そういうことがあれば、これからは遠慮なく言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
「エマが行きたいのは、なんで?」
リザが気安く訊く。打ち解けてきたなあ。
「それが……」
なぜか、声が小さくなった。いや、なんだか身体も縮んだように見える。
「ケント様に、私の親代わりである修道会の管長に会っていただきたく」
はっ?
何だ、そのイベントは!? 両親へ彼氏紹介みたいな。考えすぎか。
いや。隣でリザもやや眉根を寄せている。
「まっ、まあ。エマを預かって居るからな。王都に行ったら、みんなで伺おう。リザはそれでいいか?」
彼女を見ると、一瞬ぱあと明るい顔になって、少し視線を逸らした。
「アッ、アタシの居場所は、ケントの横だから。ケントが王都へ行くって言うなら、アタシも行くわ。リーザも同意見だって。まあ、あの迷宮を今日だけにするのは残念だけど。王都へ行ったら、良い杖や巻物も売っているだろうし」
巻物とは、魔法を憶えるための物だそうだ。
「わかった。皆の賛同も得られたので、時期を……最終的にはギルマスが今日紹介状を書いてくれるかどうかで決めよう、よければ明日にでも」
「えっ、明日? また突然ね」
「明日には王都行きの駅馬車が出るらしい」
「へぇぇ」
3日に1度、北門から朝7時の鐘と共に出発すると訊いている。それが明日だ。
「そうですね。紹介状に時間が掛かったら、歩いて向かいましょう」
「はっ?」
「私は、徒歩でここまで来ましたし、高々80km程ですし」
ああ、そういうものか。80kmで徒歩の発想は無かった。
「そういえば、そうか」
「えぇぇ……馬車で行こうよ。ねえ。お・ね・が・い!」
リザが、しなをつくった。
†
「そうですか。思ったより早くなりましたな」
ギルマスは、彼の執務室であっさり会ってくれた。机の引き出しを引くと、中から紙を取りだした。
「えっ?」
紙に書かれた文字が、日本語に変わると冒頭がヴァーデン王国冒険者ギルド、ディース支部支部長殿と書いてある。
「ああ。近いうちには、こうなると予感がありましたので、概ね書いておきました。では今日の日付と署名を……書いてと。アデル君!」
アデルさんは、金色の小さな器具を持って、壁際の燭台がある方へ行った。杓だ。それを、灯火の上で焙っている。
ギルマスは紹介状を折りたたむと封筒に入れ、戻って来たアデルさんが小さな金杓から封筒に近付け傾ける。何か液体が垂れてきた。蝋か?
ああ、封蝋ってやつだ。素早くギルマスが、そこへ印を押し当てて封がされた。
「どうぞ」
差し出された紹介状を受け取る。
封蝋には、ギルド紋章が押されていた。
「もしかして、明日立たれるお積もりですかな?」
「はい」
「そうですか。いやあ。ケント様は、片田舎で燻っている方ではないと思います。ご活躍を祈っております。またお目に掛かりましょう」
穏やかな表情で肯いた。
「はい。グラナードは居心地が良かった。いつかまた来たいと思う。ギルマス。いや、ネレウスさん。何から何までお世話になりました。ありがとうございます」
頭を深く下げた。
「アデルさんも世話になった」
「ああ、はい。下にリーザちゃんも居るでしょう。一緒に行きましょう」
下に行くと、リーザの姿で待っていた。
「聞いたわ。リーザちゃん。淋しくなるわねえ」
「うん」
ふたりで抱き合った。
「私にお姉さんが居たら、きっとアデルさんみたいだと思ってた」
「まあ!」
リーザの目が光っている。
同じエルフ族というのもあるだろうが、親身になって助けてくれた。
「ケントさん」
「はい」
「私の妹を悲しませたら、承知しませんからね」
「努力します」
なんか嫁に貰う時のようだ。
†
次の朝。宿を引き払い、グラナードの北門の外に来た。
広場になっていて、その端に2頭立ての馬車が停まっている。王都行きの駅馬車だ。
駅馬車は、客も乗せるがあくまでおまけで、手紙や軽い荷物を運ぶことが主目的だそうだ。
馭者に前金を払って、後ろから開いている客車をのぞき込む。
「うわぁ……」
「どうかしましたか? ケント様」
客車には幌が張られており、両脇に進行方向と並列に2列椅子並んでいる。ただ、椅子はソファーでも布張りでもなく、単なるベンチ。座面が木の板が剥き出しの長椅子なのだ。
行程だが、夕方に到着予定と聞いている。途中で馬替えの休憩があるらしいが、大凡8時間位はこれに座ることになる。
「ここに座るんだよな? 尻が壊れるぞ、これ」
「確かに痛くはなりますね」
そこまで考えが及んでいなかった。もう出発時刻は近いので乗り込む。
「アタシ、ケントの膝の上に座る」
にっこりとリザが笑う。
「おやめなさい。はしたない」
「えぇ! いいよねえ?」
少しの間なら嬉しいけれど。
「俺の横な」
「ちぇっ。リーザに変わろうかなあ……」
リザを無視しつつ座ってみると、革鎧のズボンを穿いていても、やはり固い。
揺れるだろうしなあ。これは先が思いやられる。
「あっ! そうだ。ケント、あれを出して」
「あれとは?」
「昨日、迷宮で食事する時に敷いた絨毯よ」
「ああ、リザ賢い!」
絨毯を広げず、4重に折りたたんで長椅子の上に置く。そして座ってみる。昨日はふかふかで微妙だったが、今日は良い感じだ。
ただそうなると、3人並んで座ることになり、客車の片側に重量が偏る。
別の乗客がいればバランスが取れるが、今のところ、乗客は俺達3人だ。ちなみにレダは手甲になって貰って居る。
「お客さん、そろそろ出発しますが……悪いが、左右にばらけて座って貰えませんかねえ」
だよな。
立ち上がる。
「2人とも立って」
「えぇぇ」
「まあ、立って立って」
そして絨毯を3つ折りにして、長椅子の間の床に置いた。
「馭者殿、これならいいだろう?」
「そこに座るんですか? それなら、良いですが」
「よし。ここに座ろう。土禁は止めて、靴のままで良いぞ」
うん。悪くない。
「えへへ」
リザは俺に密着して座り直し、反対側にエマも座った。これなら固まってはいるが、バランスは取れるはずだ。するとちょうど鐘が鳴り、7時となった。
「じゃあ、出発しますぜ」
パシッと鞭が鳴って、蹄が石畳を叩き始めた。
徐々に遠ざかっていく、城壁を見つめる
「良い町だったね」
「そうだな」
この世界に来て良かったことは、全部この町の中で起こったことだ。
「いつかまた来よう」
「うん」
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訂正履歴
2022/11/26 少々表現変え




