34話 ダンジョンに来た
いやあ、鍾乳洞には入ったことがあるんですが。
5日後。皆の装備が整った。
夕べ。宿へ帰ると、ギルドで別れたリザが先に戻っていた。
「おおう」
「どう? 似合う?」
「似合う! かっこいい!」
魔絹だったか、青黒い布地で仕立てられたローブを身に着けている。
今まで着ていた生成りのヤツとは違って高級感があるし、なんだか強そうに見える。
魔法使いぽい。
「ああ。でも襟は締められるじゃないのか?」
「ええぇ、留めたら暑いし。ケントもおっぱい見たいでしょう」
「ああ、見たい……じゃなくて」
へへへと笑っている。
「まあいい。好きにしろ」
「はぁい」
そんなやりとりがあった。
後は。
リザは誂えたローブと柊の木で出来た杖を買って、使いやすいように調整加工して貰った。
エマはプレートメイルの胴と肩当てを流用し、その間を中古の革鎧で繋げた物だ。宿に押し掛けてきた状態では、ダンジョンに入る装備としては騒々しかったからな。それともう司祭ではないと、胴の修道会の紋章を研磨して塗り直しており、覚悟が窺える。
後は槍と盾を持たせている。
最後に俺だが。ヒュージブルが落とした硬革の鎧が、そこそこ良い物と分かったので流用。ただ袖なし形態なので肩当てを付け、さらにマントを羽織っている。下は中古の革鎧を穿いている。
チノパンの方が着心地は良いが、防御力は皆無だからな。
今日は、皆が楽しみにしていた町から5km離れたダンジョンにやって来た。
昨日までは、町周辺の草原や林で狩りをしてきたが、段々レベルアップが遅くなってきたのだ。
王都近郊にもダンジョンが有ると聞いたので、正直そっちに行った方が良いかなと迷ったが、装備も新しくなったから、早く使いたかったというのも大きい。
レダは、獣相で付いてきている。
「へえ。ここが入口か、結構な人出ね」
露天だが10を越える店が出ていて、道の両横に市ができている。食料品に薬品、武具、防具の店が大半だ。昨日、色々グラナードの町で買い込んだが、ここで買っても良かったな。
人集りが有るが、歩くのに邪魔になる程でもない。まるで縁日のようだ。
ただ、そこに居るのは当然ながら浴衣姿ではなく、様々な武具、防具を持ったむさ苦しい男達だ。
おっ、ムシロを売っている。昨日探したのに見つからなかったんだよな。
などと思っていると、リザに腕を引っ張られた。
不快そうな顔をして、あちこちに顔を向けている。
ああ、男達が無遠慮な視線を向けて来ているからか。無論俺にではなく、リザとエマにだ。
2人とも強烈なプロポーションだし、リザに至っては挑発的にローブを着崩して胸元が顕わだからな。
エマは、そいつらを全く無視。リザは、時々ウザっと口走っている。後尾に居る獣相になったレダが威嚇している。俺もむかつくが、彼らの気持ちもわからないでもない。
ムシロ購入を見送り、人波を通り向けると、こんもりとした丘が見えてきた。
「あら、列ができているわ」
ダンジョンに入るのを待っているのだろう、20人位並んでいる。確認するか。えーと威厳、威厳と。
「ああ、この列はダンジョンへの入場待ちの列か?」
「あぁぁん? そんなことも知らな……い」
厳つい感じの男だったが、振り返ると言い淀んだ。彼の右頬が引き攣っている。
「へっ、へえ。その通りでさあ。あっ、あのう、俺達の前に並びますか?」
気のせいか怯えているように見えるな。
「いや。それには及ばない」
「へえ」
何だかかなあ。やはりこの黒髪の所為か。アイが顕現しているわけでもないのに、少し凹む。
「ダンジョンの入場待ち行列で間違いないそうだ」
リザは肯き、エマはそうでしたかと応えた。
どれだけ待たされるかと気を揉んだが、意外と列の進行は速く、10分余りで小さい丸太小屋の前に来た。デッキがあって、机と椅子が置いてあり、濃紺の袖なしジャケットを着ている。ギルド関係者だな。
「ああ、あんたが、噂の転移者様か」
噂? どんな噂だ。
「ここは冒険者ギルドの管轄でな。俺は嘱託の受付職員だ」
この人、なんとなく体育会系の感じだが、嘱託か。
「まあいい。えーと。パーティメンバーは3人と1頭……従魔持ちか。それぞれはギルドには登録してあるか?」
「ああ。登録してある」
「では、順番にギルド紋章を見せてくれ」
右手甲を見せて念じると、うっすら光の紋章が浮かび上がる。
「D級と。はい、次の人」
リザ、エマの順で見せ、最後にレダのも見せた。
「おい、ちょっと変わってくれ」
奥に居た者と受付を代わり、小屋から出てきた。
「さて、ダンジョンは初めてということなので、少し助言だ。えーと。エマだっけ? その槍は長いんじゃないか? ダンジョンの中は幅がおおよそ3mから4mってとこだ。悪いことは言わん。もう少し短い方が良いぞ」
親切だな。
「わかった。長さ違いをいくつか持って居るから試してみる」
「そうか……わかった」
どうやら、俺達の誰かが保管庫持ちと気が付いたようだ。
「では入場料だが、1回限定なら1人10セルク、のべ12回分一括なら1ヴァズだ。飼い主同行の場合、従魔は無料だ。転層石は、持っているか?」
およそ1回1000円見当だな。
「ああ。転層石は、ギルドで買った。とりあえず、3人分をそれぞれ1回で頼む」
30セルク、大銀貨3枚を支払う。
転層石は、拳大の魔導具だ。転層スポットという場所で使うと、迷宮内で過去に行ったことがある層にある転層スポット周辺に、ショートカットすることができる。
5ヴァズもした、結構高価だ。
「ところで、リターダは持っているか?」
「いや」
英語なら遅延……させる、何を?
振り返ると、リザは知らないって感じで首を傾げている。
「ああ……」
エマは知っているようだ。
「それって、な……」
聞き出す前に、エマの顔が紅くなった。
えっ? 訊いたら、まずいことなのか?
『そうですね。買っておくべきでした』
『だから、リターダって何だよ?』
『それは……』
「ああ、ちょっと」
俺か。アイの説明を聞こうとしたところで。受付職員に手招きされた。
「ああ、リターダってのは、そのう……大小便を催さないように、遅らせる薬だ」
小声だ。
「迷宮には、まとなトイレが少ないからな。男はともかく……」
ああ、エマはそれで赤くなったのか。
「なるほど……でも、そんな薬、副作用はないのか?」
「フクサヨウってのは、よくわからないが。大体のヤツが飲んでいる。効くのはおよそ24時間だ。出せる状況になったら、キャンセラーを飲めば、しばらくしたら催す。持っていないなら両方とも隣のテントで売っているぞ」
ふむ。キャンセラーね。要するに止瀉剤と下剤のセットか。
『次回からそのように訳します』
『いや。憶えたから、今まで通りで良い』
「それと、これは初回サービスの10階層までの地図だ」
質の良くない紙に、転写されたらしき地図を受け取る。印刷? 版画?
「ありがとう。助かる」
職員に答える。
「ふむ。転移者だし、実力はありそうだが、今日は5階層位にした方が良いぞ! それと、5階の終わりにボス部屋があって、その後に転層ポイントがあるからな。それまでに手こずるようなら、間違いなく引き返した方が良い」
「わかった」
隣のテントで3人分の薬を買い、それぞれに渡す。
「何、これ?」
「ああぁ私から説明しておきます」
エマが少し離れたところにリザを連れていった。肯いているので理解したようだ。戻って来た。
錠剤で、丸い方がリターダで、角張った方がキャンセラーらしいので、前者を飲んだ。
門を潜り、レンガ貼りの階段を降りていく。降りきったところが第1階層だ。ここは人間が整備した場所のようで、レンガで蔽われた地下洞になっている。
魔灯が10m弱の間隔で掲げられており、そこそこ明るい。
「あのう。ケント様。私の入場料と薬代ですが……」
エマだ。
「ああ。両方とも経費だから、パーティで持つ」
「そうなのですね。了解です」
数日間の付き合いだが、エマはなかなか生真面目なようだ。
「そうだ。人気が少ない内に。槍を振ってみてくれ」
「はい」
突きを何回か、振り回しを何度か繰り返した。
「うーむ。以前、別のダンジョンに入った時は片手剣だったので、気にならなかったのですが。槍だと考える必要がありますね。係の者が言っていたように、もう少し短い方が良さそうです。これだと切っ先が壁やら天井に当たらないように気を遣わないとなりません」
「そうか」
今までより50cm位短い槍を出庫して、試して貰う。
「さっきより使いやすくなりました。ありがとうございます」
「じゃあ、しばらくそれで行こう」
ん?
リザが少し不機嫌そうだ。ああ、なるほど。
「リザ。寒くないか?」
わかりやすく表情が明るくなる。
「大丈夫よ」
「じゃあ、下へ下へと行くからな、寒くなってきたら言うんだぞ、肩掛けを出してやるからな」
「ケントってば優しい」
機嫌が直ったな。
「じゃあ、行こう。とりあえず俺とレダで先行する」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2022/11/05 名前間違え(レダ→リザ)、少々表現変え
2023/09/23 誤字訂正(ID:2582126さん ありがとうございます)




