33話 単独行動
やはり、男には1人で過ごす時間が必要です! ……などと言ってみたい。
「はぁ。武術を指南してくれる人、ですか?」
ギルマスが時間を取ってくれたので、相談を持ちかけている。リザとエマも付いてくるかと思ったが、別行動になった。他に用もあるので、昼に合流することにした。
「ああ。どこかに居ないか?」
「剣の腕が立つ人は、何人か代官所に詰めている駐留軍に居ますが。軍に入らなければ訓練を受けることは」
やっぱりそうか。
「しかし……」
秘書のアデルさんだ。
「……そもそもケント様が教わる必要があるのでしょうか? 今でも十分腕が立つのでは? 昨日も一番換金額が多かったですし」
換金額は関係なくないか?
「いや、俺は力任せに剣や槍をぶつけているだけで、ちゃんとした武術になっていない」
「ちゃんとした武術ですか……それでも魔鉱獣を斃せているのであれば、よろしくないですか?」
「アデル君、言葉が過ぎるぞ。要不要は、ご自身しか分からないところだろう。ただ、剣士レベル29の方に教えるのは、このグラナートでは無理です」
いや、それは登録の時で、今はレベル55だが。
「この町で駄目なら、どこか別の町に居ないか? エマに訊いたのだが、王都というところが、比較的近い所にあるようだが」
「エマと仰いますと?」
「昨日、登録されました方です」
アデルさんが答えてくれた。
「そういえば、クランを作られたそうですな。順調そうでなによりです」
良い人だな、この人も。
「ありがとう。ここのギルドのお陰だ」
「ああいえ。メンバーは何人ですか?」
「俺を含めて3人と、従魔が1頭だ」
「ほう。3人ですか。転生者だけに増員はなかなか難しいかと思っていましたが、意外ですな。それはともかく、王都ですか……確かにあそこなら、冒険者も多く、その方々のために剣術を指南してくれる団体がありますね」
「団体か」
これは期待が持てるな。
「王都へ向かわれますか?」
「時期を見てだな。クランの皆が迷宮に行きたがっているから、まずはそっちに行こうと思うが」
「分かりました。王都に向かわれる前には、是非ご一報下さい。ギルドのディース支部に便宜を図ってもらうよう紹介状を書きますので」
「ありがたい。その時はお願いする」
「お任せ下さい。それと、迷宮に入られるのであれば……」
†
「ここだ」
看板にタロス商会と書いてある。
ギルマスに紹介して貰った店だ。
窓から中を覗く。こぢんまりした店で、40歳ぐらいの渋いおっさん店員が1人で居た。うーむ、ここは衣料品店じゃないだろ。見えるところに一切服が置かれてない。
しかし、看板は間違いない。
確認してみるか。扉を開けて中に入る。
「いらっしゃいませ!」
お辞儀をして数秒間すると、何やら、眼を剥いてこちらをじっと見ている。やはり転移者は珍しいのだろう。
しかし、ここは……店の中を見渡す。
「ああいや、ここは衣料品店だと冒険者ギルドの所長に聞いてきたのだが」
「はい。ここは紳士用品のタロス商会でございます」
そう答えたが、ずっと俺のことを値踏みするように見ている。主に下半身を。
「それにしては、商品が見当たらないが?」
「お客様。こちらでは採寸の上、ご注文に基づいてお仕立てをしてお納め致しますので、商品は置いてございません。主な服地はそちらに出してありますが」
指された方をみると、壁の前に服地が何種類か掲げてあった。
「ああ、オーダーメイドか」
お高いやつ。
「はい。お仕立ての店です」
ああ、お仕立てね。
「そうか。できれば、コートと穿いているチノパン……いやズボンと、破れてしまったがシャツと同じようなものが欲しいのだが」
幸い日本に居た頃のジャージとスエット上下2セットが保管庫から出てきたので、宿の中ではそれで良い。
ただ、町で着ていればかなり目立つ。黒髪で目立つから、いまさらかも知れないが、そっちは帽子という手もある。
あとは、戦闘には良いかもしれないが、移動にあのタンクトップの革鎧は向いていない。
「あのう、失礼ですが。お客様は転移者様でいらっしゃいますよね?」
「ああ、そうだが」
店員が奥から出て、近くに寄ってきた。
「ズボンと仰いますと、来ていらっしゃるものと同じようなものを、ご用命でしょうか?」
「ああ、まあそれに越したことはないが」
「やはり。このズボンの生地は綿のようですが、目が詰まっていて厚い、見たこともない布地です。もしかして異世界の」
「ああ、まあ。転移前に買った物だ」
安物のチノパンだが。
「それにしても、すばらしく均質な布ですなぁ。どうやって織ったのやら。それに均一にどうやって染めたのか。しかも縫製が人間業とは思えません」
そりゃあ、工業用ミシンで縫ったのだろうしな。
それは良いけど、そんな近くにしゃがんで食い入るようにズボンを、主に股辺りを観察するのは止めて欲しい。
「店員さんは、過去に転移者に会ったことがあるのか?」
「私のことはタロスとお呼び下さい。ちなみにこちらの主でございます。転移者様にお目に掛かるのは初めてでございますが、別の所に現れた転移者様は、服地も縫製もそれはそれは素晴らしい服を着ていらしゃったと噂で聞いておりまして」
「そうか」
店主だった。
「再現させて戴くには、分析が必要です。奥へ。奥へ入って戴けませんか?」
「分析?」
「はい」
何やら身の危険を感じるほどの食い付きぶりだ。ずっと人の股間を見ているような男を相手にする趣味はないのだが。
ああ、股間じゃなくてズボンか。
「かっ、構わないが……」
とはいえ、服は欲しい。
「ありがとうございます」
逃さないという態で、奥へ連れ込まれる。
倉庫ぽい所を通り越すと、小さな工場だった。多くの職人ぽい男達が居る。
「みんな、手を止めてこっちへ来てくれ!」
「転移者様が、タロス商会にお越しになった」
おぉぉーと歓声が上がる。
えっ、人気?
「皆々分かって居るように、転移者様は着ていらっしゃる服が希少だ! しばらく手を止めて、見せて貰おう、こんな機会は10年に1度もないぞ!」
再び歓声が上がった。
まあそういうことだよね。うん。知っていた。
その後、チノパンを脱がされ、皆が群がる。
うわっと思ったら放置された。
ああでもない、こうでもない議論を始めた。単糸で織った布だ、すごいなどと言っている。
いや、それより。ボクサーパンツ丸出しなのだが。もうそれを返してくれないか?
ああ……なんか、そんな雰囲気じゃないな。
この股の金具はなんだと叫んだ男が居て、皆がこっちを睨んだ。
「お客様、この……申し訳ありません。少々興奮して、こちらでも」
ようやく俺の状況に思い当たったようだ。
タロスが、でかい布を差し出す。これを腰に巻いておけと? チノパンやはり返してはくれないらしい。
「それで、この金具なのですが」
股の前を指差している。
「ああ、それか。ファスナーと言って……その小さい板を摘まんで、そうそう。それを上げ下げするとな……」
おおぅと歓声が上がる。
「ああ……まだ掛かるかな?」
「ああ、誰か! お客様にお茶を」
「ああいや、水、水を出してくれ!」
そういう請求じゃない。そもそも、あんな甘汁は2度とごめんだ。
一番若そうな男が、離れていくと、議論が白熱してきた。この縫い目を解いて型を取ってとか、こんなに均質に縫えないぞとか、物騒な言葉が聞こえてくる。
少し待つのは我慢するから、原形のまま戻してくれよ。
それから出して貰った水を飲みつつ、時々質問に答えて待った。
30分ほど経って、ようやくチノパンを返して貰えた。
「ありがとうございます。目の保養になりました」
皆、かなり喜んでいるようだ。
「それはなにより」
嫌味を込めて見たが、伝わっていないようだ。
随分感心しているが、それって、50セルク(5000円)もしないぞとは言えなかった。まあ、希少さが価値を変えるからな。
その後ようやく俺の用件を聞いて貰い、身体各部の採寸をして貰って、この世界のデザインのズボンとコートとシャツも仕立てて貰うことにした。
それから、下着だ。ヴァーテン王国の男は、ふんどしぽいものを穿くらしいので、別の店では買わなかった。
まあ当面は、バッグから出てきたボクサーパンツでいいかと思っていたが。折角面識ができたので、店主に相談したところ、下請けの縫い物屋さんに頼めるらしい。割高だが腰部分をゴムにもできるそうだ。それでも、単価が安いので量をと言われたので、10着仕立てて貰うことにした。
タロス商会を出ると、別途紹介して貰った靴屋に寄って、足型を取り靴を誂えた。
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訂正履歴
2022/11/02 少々表現変え
2025/05/25 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




