27話 実地試験
大人に成って余り試験を受けることはなくなりましたが、日々評価に曝されているということですかね?
「おはよう。エマ」
寝室から居間に出ると、エマがソファに座っていた。
「おっ、おはようございます」
挨拶は返って来たが、何か違和感がある。顔をじっと観察しようとしたら、エマはゆっくりと横を向いて視線を逸らせた。
違和感は、どこから来ているのか? 顔が紅くなっているが、その前から感じていた。
「エマ。目の下にクマができているぞ」
「えっ! いや、それはその」
手で顔を覆って隠した。
「ああ、今日は実地試験をやるって言ったから、緊張して、よく眠れなかったのか? 悪かったな」
「いっ、いいえ」
『ご主人様』
『ん? 何だ、アイ』
『昨夜エマは、ソファーで耳を押さえて、悶えまくっていましたが』
耳? あっ! 俺達というか、リザの声か。むぅぅ、住環境は大事だな。
「さっ、さて。朝食摂ったら、森に行くぞ」
俺までドモってしまった。
†
城壁を出て、連日来ている街道を進む。
「エマ。手を出してくれ」
「えっ? あっ、はい」
朝からモジモジとした態度が続いている。それが気に入らないのだろう。リザがむっとしている。
「ああいや。パーティ編制だ。他意は無い」
「そうですか……」
「ステータスも見せて貰っていいか?」
「すていたすとは……? ケント様が見ていただけるものであれば、なんでもご覧下さい。私に隠すことはありません」
「ああ、そうか」
心意気はうれしいけど、少し重い。
『ご主人様、ステータスは私の機能です』
だから、そういうことは先に言っておけよ!
『パーティにエマを加えました。獲得経験値逓倍はいかが致しましよう?』
『とりあえずMINで』
『承りました。エマのステータスを表示します』
AGI(敏捷比): 173
VIT(体力比): 786
MNT(精神比):1565
STR(筋力比): 765
DEX(技巧比): 545
LUC(幸運比): 75
ほう。流石は上級職。VITとMNTが高い。
俺のと比べてみるか。
≪ステータス!≫
AGI(敏捷比): 753
VIT(体力比): 955
MNT(精神比): 651
STR(筋力比): 853
DEX(技巧比): 882
LUC(幸運比):9999
しばらく見ていなかったが、結構ステータスが伸びたな。
『ご主人様は複数の職能が全て加算されますから』
筋力の伸びは、朝練や戦闘で実感できてはいる。
それはともかく。俺と比べると、AGIがもうひとつだが、やはりMNTが高い。司祭というだけのことはある。
『エマは、守備力が高いですね。私の目に狂いはありませんでした。仲間にしましょう』
『言いたいことは分かるが、結論を出すのは早い』
「ちょっとぅ! いつまで手を繋いでるのよ!」
「おっと、すまん」
「いえ。いつでもどう……あっ」
すかさずリザが俺の隣に来て、ゆっくりと手を出す。
強気な癖に、かわいいところがある。
がっちり握ってやると、機嫌が直ってきた。
†
小一時間で、最近狩り場にしている辺りまで来た。
初めて1人で入った時は結構緊張したが、数日経った今となっては、お手軽な魔鉱獣との遭遇頻度が多い狩り場と化した。緊張感を失わないように気合いが必要だ。
早く自分たちの戦力を充実させて、ダンジョンを狩り場へ追加したいところだ。
「2人とも訊いてくれ、これから狩りを始める。繰り返しになるが。エマとリザはそれぞれ独断専行しないようにな。それから落ちた青銀は俺が預かっておく。後でちゃんと分けるからな。とりあえず狩りに専念してくれ」
「了解です」
「わかってるわ」
互いに肯いて、街道脇から草叢に分け入る。昨日は向かって右に分け入っていたから、今日は左側だ。
小物は無視しつつ15分程進むと、やや大きい個体のグループを見付けた。
「止まれ。猪だ」
「えっ、どこ?」
「この方角。100m位先に木立があるだろう。あの中だ、3頭居る。」
濃茶の体色、下顎から生える鋭利な牙が長い。頭頂部より出ている。
『牙猪ですね』
サーベルタイガー的なネーミングだな。
「あぁぁ。あの辺か。ケント、よく見えるわね」
リザが目を細めている。
「私も見えました」
エマも肯いた。
確かに俺の視力。徐々に上がって来たから、余り意識していなかったが、改めて考えると半端ない。今ならマ○イ族もびっくりだろう。
「じゃあ、あれは……リザとエマと2人で狩ってみてくれ」
「2人でですか?」
「ケントは?」
「俺は、邪魔にならないところで見ている」
「それが試験なのね。わかったわ。見てて!」
肯いて別れる。
2人は右に回り込んでいった。風下か。猪系は犬系程ではないが鼻が利くらしいからな。悪くない判断だ。
俺も移動して、木立まで辿り着く。見上げると4、5m程上に、太い枝が見える。あの上なら良いだろう。木登りは得意だからな。
何だか届きそうなそうな気がしたので、膝を中程まで曲げて脚を伸ばすと、音もなく宙に浮いた。
地面は自分の背丈の数倍以上離れ、手で捕まえられると思った枝は、驚くことに足下まで来ていた。前へ踏み出すようにしてなんなく降り立つ。
人間の跳躍力を遙かに超えている。
オリンピアンどころか、背面跳びなんかしなくても高飛びの世界記録も確実だ。
これは感覚じゃなくて、一度きちんと身体能力を把握しないとな。おっと、今は、俺より彼女達の方だ。
枝から枝へ移り、見下ろす。
猪たちはあそこ。
何だか微妙に興奮している感じだ。首を動かして少し鼻息が荒そうだ。
それで、リザ達は?
居た。猪から20m位離れた位置に、2人とも屈んでいる。
リザの口が動いているから、既に詠唱しているのだろう。
リザが立ち上がって、魔法が発動。
猪たちは、それを察したのか挙動が変わる。
遅い!
衝撃波が走って着弾、辺りが白くなって1頭が吹っ飛んだ。だが、2頭は敏捷に回避した。
あの距離で詠唱に手間取ると、魔力上昇で感知されてしまうか。
おっ。逃げると思った猪が、ものすごい勢いで、リザ達に向かっていく。
1頭が俺の足下を通過した。
やばいか?
距離を詰められると機動力の面でピンチだ。
俺は、枝から枝に飛び移り、2人に近付いていく。
ガルヴォルンを、短剣に変えて備える。
右から回り込んだ1頭がつっこんだ。
おおっ!
エマが、リザの前に立ちはだかって、盾を横っ面から突き出して猪を弾き飛ばした。
凄い膂力だ。
猪の牙が刺さったらと、一瞬怖気が走ったが問題なかった。
それでも、怯ます向かってくる猪を槍で串刺しにした。これが騎士の強さか。
しかし。そこへ最後の1頭が横合いから突進──
まずい!
宙へ踏み出した刹那。
リザが光った。
手近な枝を掴んで、ぶら下がる。
猪が火だるまになって逸れ、木にぶつかって倒れた。
間抜けな破裂音がして、猪たちが次々煙となって消えた。
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訂正履歴
2022/10/15 文章順変更,少々加筆
2023/09/15 誤字脱字訂正(ID:1576011さん ありがとうございます)




